294話「ナインボール・ポケット」
「…陛下、勝たせるんでご一緒してもいいですか」
「わ、妾は構わぬが」
「アメジ、ちょっと来い。これ持ってろ」
ガーネは腰に佩いた剣を外し、トーパスと同じように官服を脱いで近くにいたアメジに持たせた。
官服の下に装備していた銃は敢えてそのままに、その間にトーパスが球を撞く手元に揺れるブレスレットを睨みつけた。
ディアマントとガーネの順番になると、ガーネはディアマントの手からキューを借り、前に垂れるネクタイを雑に肩に掛けた。
「…さて陛下。今この配置だとどこ狙ったらいいと思いますか」
一応、ゲームの主役であるディアマントを立てるようにガーネが声をかけると、ディアマントは台の周りをうろついて球の配置を確認した。
「…次は7か?」
「そうです」
「無理じゃ、だってこの白いの、どこを狙っても違うのに当たってしまう」
ディアマントが眉を下げ、まさかキューをガーネに託した瞬間に失敗してしまうのかと少し不安と申し訳なさが滲んだような顔を向けた。ディアマント自身の負けず嫌いもあるが、それ以上にガーネの負けず嫌いとプライドの高さはディアマントがよく知っていたからこそであった。
「まあ、…『まっすぐ』撞いたらそうでしょうね。一発で落とせますよ、こんなの」
ガーネが勝ち気な顔で台の上を見つめているのを見て、素人ながらにディアマントもどう考えても難しいだろうと首を振った。
「無理じゃ」
「俺が嘘ついたことありますか、陛下」
「…ない」
「なら、俺が『一発で落とせる』と言ったら落とせるんですよ」
「…随分な自信だな、特務総監」
あまりの自信過剰な物言いに、さすがのトーパスもまだガーネの人となりがわかっていないためか、やや引きつったような顔をした。周辺のギャラリーである貴族も似たような顔をしている中、これでこの辺境伯が懲りるはずはないだろうなと思いつつもガーネはディアマントの傍に歩み寄った。
「だから言ってるでしょ。俺ビリヤードとかこういうスポーツはわりと得意なんですって。あ、でもラシャ張り替えたばっかですかね。すみませんちょっと傷むかもしれないです。そんな下手くそじゃ無いんで穴は開けないですけど」
全く悪びれた様子もなくガーネが宣言をしてキューを垂直に構え、一気に手球に向けてキューを撞き落とした。
白い手球は軌跡を描いて大きくカーブし、狙った7番ボールに当たり、その球に弾かれた9番ボールがガコンと音を立ててポケットに落ちていった。
周辺がしんと静まり返った。宣言通り『一発で落とした』ガーネを、辺境伯だけでなく周囲の貴族も特務も無言で見つめていた。
「はい、俺の勝ち」
たったの一手であっさりと『勝ち』を宣言したガーネに、ルールが今ひとつわかっていないディアマントは小さく首を傾げた。
「…?順番に当てて落とすのではないのか」
「手球はあくまで順番ですよ。次に当てる7に当たって9が落ちたから俺の勝ちです」
「なにかよくわからぬがすごい、今のはなんじゃ!」
「マッセです。陛下には無理です」
「……、な、なるほど。得意というのは本当だったようだな、特務総監殿」
「言ったじゃないですか。恥かかせるのは本意じゃないんでやめといたほうがいいですよって」
勝ち誇ったような顔でトーパスを一瞥し、アメジから官服を受け取り羽織り直す。
「ガーネすごい!妾もう一回やりたい!」
「勘弁してくれますか、帰ってからにしてください」
「じゃあ妾次はあれをやる!トランプなら妾、近衛総監に勝ったこともある!」
「アレ、神経衰弱じゃないんですけど」
トランプ台の方に小走りで行ってしまったもはや完全に『外の世界に舞い上がった小娘』と化したディアマントを追いかけ移動し、トーパスもまだガーネを打ち負かす算段はあるのか懲りずに同じ台に移動して来た。
「なら、陛下、特務総監。今度はトランプで私と勝負していただけませんか」
「私もですか」
「はは、『負け』が怖いのでしたらそうやって陛下の後ろに控えていても構いませんよ」
そう言って挑発的に笑ったトーパスは、ディアマントとガーネの後ろの特務の面々へと視線を投げた。
「…チップは」
「まあ、遊びなのでね。あとでお返ししますよ」
「いらんわそんな端金。ま、とは言え俺が根こそぎ持っていくことになるんでしょうけど。スメイラ、さっき預けた金出せ」
「え、はい」
呼びつけたスメイラが手に持ったハンドバッグから札束を一つガーネに差し出すために傍に寄り、スメイラに向かって小さく何かを耳打ちしてから金を受け取ったガーネはそれをディーラーへと渡した。
「陛下の分と俺の分」
「…ガーネ、その金は」
ヘルソニアが一応確認するように声を掛けると、ガーネは小さく肩を竦めてヘルソニアを見た。
「俺のポケットマネーなんで、『問題ない』です」
「そうか」
「ところで陛下、ポーカーなんてルール知ってるんですか」
「役を揃えればいいのだろう。妾だってそのくらい知っておる」
ガーネの背後の特務の面々が少し警戒するような顔で見守る中、ディーラーによってカードが配布されていく。
最初のうちこそガーネはディアマントを勝たせようとしてわざと適当に負けを挟んでいたものの、途中トーパスが明確に勝負を持ちかけてきた。
「特務総監殿」
「なんでしょうか、ゲルブ辺境伯閣下」
「賭け事でもしませんか、負けるのがお怖いようでしたら断っていただいても構いませんが」
「……何をお賭けになるつもりですか。負けるつもりはありませんが道理に反するものはナシですよ、さすがに」
「くく、わかっているとも。そうだな……なら、俺が勝ったら……特務総監、お前の隣の女に求婚する許諾でも貰おうか」
ガーネの隣の女と言えば、ディアマントしかいない。ガーネは『そう来たか』と明確に苛立つのを感じながら一気に頭の奥が冷えていくのを感じた。
「……お言葉ですが辺境伯。求婚したとてそれを受けるかどうかは女の判断ですよ」
「そんなことはわかっている。ただ、お前は面白くないだろう?なぁ、どうするんだ特務総監」
「いい度胸だ。なら、俺が勝った場合は俺の『お願いごと』を一つ聞いてもらうとするかな」
「『そんなこと』でいいのか?まぁ、勝てない勝負であまりデカイことを吐かして恥をかきたくないもんな?特務総監よ」
「スメイラ。…チップを追加する。金を出せ、もう一本だ」
「えっ、ガーネくん本気?」
「売られた喧嘩を買うまでだ」
「……ガーネ、…」
ディアマントも何かを言いたそうにするも、やや期待を孕んだ目とそうではない何かが半々といった複雑そうな顔をしてガーネの官服の袖を軽く引いた。
「……陛下が『前向き』なら、勝負降りますが」
完全に冷えた声で返答されたディアマントは、大人しく手を離して手元のトランプを見つめた。
「……ガーネ、女王として命ずる。妾の臣下が、トランプごときで負ける脆弱な犬だと思われては敵わぬ。負けは許さぬ」
「御意に、陛下……ということだ辺境伯閣下。飼い主の許可も出たことだ、『ここからは本気』でやらせてもらう」
「勝てるといいな、女王陛下の犬っころが」




