293話「遊戯」
「ガーネ」
「…はい」
「今日はずっと忙しそうだったな」
「…毎日忙しいですけどね」
「そ、そういえば、昨日スメイラたちに持たせたクッキーは食べたか」
「…いただきました」
「……辺境伯は遊戯も用意しておると申しておったな。どんなものがあるのか妾は少しだけ楽しみじゃ」
「…さようでございますか」
「……ガーネは、どういうものが得意じゃ」
「…特には、一通りルールはなぞって嗜む程度です」
「…え、えん……じゃなくて、えーと、そうじゃ、今度は特務の男連中も茶会に呼んでやろう」
「…私はご遠慮します、仕事がございますので。ウチの部下なら、よろこんで参加すると思いますので機会があれば誘ってやってください」
夜、王都内の辺境伯邸宅に向かう馬車の中で、ディアマントが必死に話題を振ってくる。
それを見た隣のヘルソニアがやや笑いを堪えているが、ガーネ本人はそれどころではない。
近侍護衛につくということは、女王の馬車に同乗しなければならないということである。
とにかく『乗り物』に弱いガーネは、まさか女王の前で酔って吐くわけにもいかないと、必死に窓の外の景色に目を凝らして遠くを見つめている。よって、ディアマントとは一層目が合わないどころか、本人がそれどころではないせいでいつも以上に素っ気ない。
そしてガーネが機嫌があまりよくないもうひとつの理由は、ディアマントのドレスであった。
いくら『夜会』とは言え、肩や胸元や腕を出しているドレス姿が非常に気に入らなかった。
ガーネはものすごく小さく舌打ちを漏らし、約15分程度の道程で酔わないように必死に遠くを見つめるばかりであった。
辺境伯王都内邸宅へと到着し、近衛と衛兵が外周を固め特務が馬車を降りたのを確認してから、馬車寄せで出迎えるように立っている辺境伯を窓越しに一瞥した。
そのまま馬車を降りたガーネは、腰の剣の位置を正して周辺や足場の安全確認をしてドア側に回り手を差し出した。
ディアマントは差し出された手に自らの手を重ね、濃紺のドレスの裾を押さえながら馬車を降りた。
「女王陛下、ようこそお越しくださいました。お待ちしておりました」
「うむ。妾も楽しみにしておった」
形式的な挨拶と共に邸宅内へと促される。
特務には事前に配置を伝えてはあるが、さすがに辺境伯邸宅の間取りまでは把握出来ていない。ガーネはディアマントの一歩後ろの位置をキープしながら広間へと進むと、先の開庭招宴で見覚えのある所謂『ゲルブ辺境伯派』、端的に言ってしまえば軍事系の派閥の貴族が揃い踏みであった。ガーネはその光景を見て右手をそっと上げ、指先でスメイラを呼び付けた。
「……事前に指示した配置を変える。全員、ひとかたまりで付かず離れず俺の後ろにいろ。ただし、見た目の護衛の体勢は崩すな。適度に間隔は空けろ」
「了解」
「……ヘルソニア様。貴族たち、奥方や令嬢子息を伴っている家もあるとはいえ…随分と『派閥』のやつらのみ集めているようですね」
「そのようだな、さすがに『こんなところ』で何かをしでかすような真似はしないとは思うが、しっかり見張れ」
「もちろんです」
ヘルソニアとガーネが小さくやり取りをしながら、次々に女王へと挨拶に来る貴族を見張りつつ周辺に視線を凝らす。
そこそこに広い空間に、辺境伯が宣言していた通りの遊戯の類がいくつかとバーカウンター、軽食の立ち並ぶテーブルに、ご丁寧にディーラーまで用意したトランプ台。
ガーネは辺境伯の『目的』を探るように周辺を警戒しつつ、時折後ろの特務へと視線を投げる。
事前にガーネが何を懸念し何を警戒しているかは共有しているため、異変や違和感があれば拾うだろうというつもりではある。しかし、向こうもそう簡単に尻尾を出すほど馬鹿ではないと踏んでいる。
ディアマントと貴族たちの形式的な挨拶が終わると、給仕が飲み物を持って近寄って来た。
ガーネは後ろのサイフィルへとちらりと視線を投げ、『問題ない』と頷くのを確認してからディアマントへと半歩近寄った。
「陛下、何お飲みになりますか」
「なんでもよい」
「…白。軽いものを」
「かしこまりました」
給仕がグラスに白ワインを注ぐ一挙手一投足まで目を凝らし、グラスを受ける。ガーネがグラスを受けて色味や沈殿物、香りを確認してからディアマントへと差し出し、ディアマントはそのままグラスに口を付けて一口含んで喉に流した。
「陛下、いかがですか。せっかくなので何かゲームでもしませんか」
トーパスがディアマントに近寄り声を掛けながら、ちらりとガーネに視線を投げた。ディアマントは行ってもいいのかと確認するように後ろに控えるガーネとヘルソニアに視線を向け、2人でそれを了承するように小さく頷くとディアマントはあまりこういう場に来ないためか一気に顔を明るくした。
少し周辺を見回し、ダーツやビリヤード、トランプなどがあり、ディアマントは一番近くにあったビリヤードを指差した。
「妾、あれがやりたい!」
「では陛下、お相手いただけますか」
トーパスがガーネに視線を向けながらディアマントへとわざと距離を詰めると、割って入るようにガーネはトーパスとディアマントの間に入った。
「陛下、やったことあるんですか」
「ない」
「………ないのにやりたがったんですか」
ガーネがやや呆れたように呟くと、ディアマントは受け取ったキューを物珍しそうに眺め、隣の台で遊戯している貴族を見て見様見真似で持ってみる。
「陛下、もし良ければお教えしましょうか」
トーパスがディアマントに近寄るも、ガーネは身体を割り入れてあからさまに視線で辺境伯を牽制した。
その様子を見てトーパスは楽しそうに笑みを浮かべながら目を細めてガーネを見つめた。
「…いい『忠犬』ですね、陛下」
「陛下。ルールはご存知なんですか」
「よく知らぬ」
「…辺境伯閣下、ナインボールでいいですかね」
「私はなんでも構いませんよ」
トーパスの合図で傍にいた男爵が台の上にラックを組み、その間にガーネが簡単にディアマントにルールを説明する。
「…ふむ、ではあの白い球を妾がこの棒で撞けばいいのか」
「ただ撞くだけじゃ駄目ですよ。1から順に当てて落としていくんです。9を落とした方が勝ち」
「簡単じゃ!」
滅多に触らない遊戯に純粋に目を輝かせているディアマントをよそに、ガーネは軽く手を上げて特務の配置を都度細かく変更の指示を出した。
「…陛下。それじゃバランス取れなくてブレるでしょ」
「難しい」
「さっき『簡単じゃ!』って言ってませんでしたか」
ガーネが軽くディアマントの腕に触れてキューの構え方を修正してやりながら、なんだかんだと楽しそうに遊ぶディアマントの傍で辺境伯を始めとした貴族たちへと警戒と牽制の視線を向けた。
「ガーネ」
「なんですか」
「どこから狙っても次の4の球に当てられぬ」
「……こんなん、入射角と反射角の応用みたいなもんなんですから。まっすぐここのクッションに向かって打てば弾かれてここに来るでしょ」
「うーん」
ディアマントの体格的に無理な姿勢を必死に取りながらガーネの指差した箇所を狙おうと画策するも、台に乗り上げて足がついていない様子を見てガーネは思わず『可愛い』と口から出そうになるのを必死に飲み込んだ。そのまま、その可愛い姿を見せないためか誰かに対してのある意味の見せつけのためか、ディアマントの腰を掴んで姿勢を直してやりながら先ほどから妙に女王へと近寄ろうとするトーパスへ明確な牽制の目を向けた。
「ふ、はは。特務総監殿。もしよければ陛下と一緒になさってはどうですか」
「2対1?冗談でしょう」
ガーネはあしらうように肩を竦めながら腕を組み、自分の傍らで小動物のように必死に手球を撞いている女王を一瞥した。
「ほう、特務総監ともあろう男が、2対1でも私に勝てないのが見えているのかな。勝てない勝負は受けないのもまた『正しい選択』でしょうな」
それを聞いた周囲の貴族も同調するように小さく笑い、ガーネも薄く笑みを浮かべたまま肩を竦めた。
「なるほど」
どうやら、トーパスはとにかく『ガーネに恥をかかせたい』のかという『目的』が見えたところで、少しだけ興にのってやることにして口を開いた。
「確かに、2対1のハンデを与えた『振り』でもしないとまともに勝てないとあっては、致し方ないかも知れませんね、辺境伯閣下」
「…ほう?なかなか言うな、特務総監」
「言っておきますが、俺ビリヤードはそこそこ上手いですよ。俺に勝てなくて恥かかせたくないので、やめておいた方が無難じゃないですかね」
そこまで言われたトーパスは上着を脱いで側近に投げ渡すと、シャツの袖を捲った。キューの先端のタップにチョークを塗り込むトーパスのその手元を見つめて、ガーネは一層目を細めた。




