291話「女王のお茶会」
女王の執務室横の広いバルコニーに、テーブルセットとアフタヌーンティーの用意が施されていた。
天気も良く、風もそよぐ程度で心地良い昼下がり。
スメイラはやや緊張した顔、カルセは慣れているのかにこにこと楽しげな顔、ラズリは面倒そうな顔でそれぞれ案内されるままに着席していた。
「お前たち、今日は遠慮することはない。好きなものを申し付けよ」
「じゃ、アタシはアッサムでミルク」
遠慮も容赦も無くラズリが注文し、スメイラは顔が引きつった。
「構わぬ。スメイラとカルセはなにがよい」
「では、わたくしもラズリさんと同じものをいただいてもよろしいでしょうか」
「……じゃ、私もそれで」
「なら妾もそれにする。侍女長頼む」
「かしこまりました」
しばらく無言で、侍女長の茶器を扱う音が静かに響く。
カルセが少しだけ周囲を見回してからディアマントへと目を向けた。
「今日はわたくしたちだけなんですのね、陛下。でもこうして陛下と『お茶会』だなんて何年ぶりかしら。わたくしが聖女に任じられて以来でしょうか」
「そうかもしれぬな。……最近、特務はどうじゃ。忙しいか」
「忙しいに決まってるでしょ」
相変わらずラズリは女王が嫌いらしく素っ気ない態度で雑に返しながら、スコーンを手にして一口大に割いて口に頬張った。
「せ、先輩…!勘弁して…!」
スメイラの必死の訴えに、ディアマントの方が苦笑いをして肩を竦めた。
「よい。本日この場は公的な場ではない。この娘も、『公的な場では弁えて』おる故構わぬ。それに、ラズリが妾を嫌いなのは昔からじゃ。妾が美しく愛らしいのが気に入らぬらしい」
「そ、そ、そうですか」
ディアマントが少しだけ視線を泳がせ、わざとらしく咳払いをしてからテーブルに肘をついて『適当な話題を振ってみた』ようなポーズを取りながら、ガーネのことを問いかけた。
「…特務は……あの、えーと、そうじゃな、…ガーネはよく働いておるのか」
なんとも歯切れの悪いディアマントの話の切り出し方に、特務女子は『ディアマントが突然催した茶会の目的』を察した。
あまりにも下手くそな話の振り方に一同『そういう事か』と互いに目配せをした時に、ふと侍女長とも視線が絡む。侍女長も小さく頷き、茶の用意をして女王から順にミルクティーを置いた。
「……ガーネくん、あ、いえ。えっと……特務総監は、まあそうですね。働いております」
「…そんなに緊張せずともよい、妾はありのままを知りたいだけじゃ」
「まあ、そうですわね。最近ですとわたくしたちにも言わずになにか秘密裏に動いていらっしゃるようですが、お話し下さらないのでその辺は存じ上げませんわ。ですが通常業務でもご多忙なのは特務総監になる前から相変わらずですわね」
「ま、強いて言うなら『特務総監』になってからアタシらにも仕事下ろすようになったくらいじゃない?それであの子の仕事量がどれだけ減ってるのかはわかんないけど。睡眠時間もそんなに取ってない、相変わらずご飯は言われなきゃ食べない雑な生活してるけど」
ディアマントはちらちらと侍女長を気にするように視線を投げながらティーカップを持ち、こくりと一口ミルクティーを飲んだ。
小さく息を漏らして再度侍女長に目配せをし、侍女長も何度目か分からない頷きを返したところでディアマントは再び口を開いた。
「……ガーネの、勤務態度はどうじゃ。部下のお前たちから見て、なにか問題は無いか」
「…勤務態度、ですか?」
スメイラが少しだけ視線を泳がせた。
おそらく、『例の噂』のことも含めて彼を図りたいのだろうと想像がつくが、その返答に目の前の女王は何を求めているのかと図りかねた。
「勤務態度はこれと言って問題ないです。強いて言うなら、休まなすぎです。寝る時間も食事の時間も削って働いています。公休も、まともに一日休んでいるのを見たことがありません」
「そ、そうか……そんなに忙しいのかあの男」
あまり休んでいるような様子が無いのは知ってはいたが、一番近い部下からそれを改めて聞くと少しだけ驚いたように目を丸くした。まさかそこまで本当に休んでいないとは思いもよらなかったが、考えてみれば呼べばいつでも来るし、自分のところに顔を出さないのは諸般の事情で外出をしている時くらいなものだった。
その顔を見てスメイラが、いい機会だとばかりに補足するようにディアマントへと言葉を続けた。
「忙しいのもありますが、業務上特殊なので仕事が途切れないのも大きいですね。それと権限的に彼しか処理できないものも多数ありますし、何より特務は人が少ないので。……それよりも、多分あの子は…陛下もご存知かと思いますが、役割依存のきらいが強すぎます。『仕事をしていない自分は役立たず』だと思って拭えないんでしょうね」
「……お前たちは、特務に人員を増やすべきと思うか」
ディアマントが足を組んで少しだけ真面目な顔をして問いかけると、全員少し悩みつつもすぐに小さく首を振った。
「ガーネも言ってたけど、まずあの子自身が『信頼できない人間は要らない』って判断だし。アタシもそれは賛成。ガーネ的には『使えない人間よりも信頼出来ない人間の方が邪魔』らしいから」
「わたくしも同意見ですわ」
「私も…何よりもガーネくん中心に動いている部署なので、彼が是としないものは否ですね」
「ふむ、そうか。……お前たちから見てその…ガーネはどういう男じゃ」
「……率直に、申し上げてよろしいのでしょうか」
「構わぬ。……別にお前たちから何かを聞いたからと、これであの男を罰したりなどはするつもりはない」
「上官としても、現場指揮官としても…彼以上の働きを出来る人材は、そうそういないと思います。頭の回転の良さ、地頭の良さ、知識、判断力、統率力、機動力、戦闘力、何を取っても右に出るものはなかなかいないのではないでしょうか」
「…他は?」
スメイラの言葉に、ディアマントは自分の目利きで彼を自分の騎士に据え権限も役職も与えた判断は間違えていなかったと納得する。しかし、今日の彼女が求めている答えは『それ』ではなかった。
「……アンタがガーネの何知りたいのか当ててあげましょうか。ガーネがいかに女の子にモテるか、どれだけ『そういう目で見られてるか』知りたいんでしょ」
ズバリと言ったラズリの言葉に、ディアマントは分かりやすくギクリと肩を僅かに揺らした。
「そ、そうではないが。……まぁ、ほら。なんというか……『妾の犬』が、よそでどういう評価なのかは、飼い主として……把握しておくべき事案かと思っておる」
「言っとくけど、ガーネめちゃくちゃモテるわよ。なにせ顔は良いし、仕事も出来るし頭もいい。強い。背も高い。金もある。肩書きも役職もある。女の子には普通に可愛いとか綺麗とか自然に言うし、良くも悪くも嘘はつかない」
「そうですわね。お口と性格と態度に難はかなりございますが、打ち解けた内輪相手ですとただの可愛い坊やのようですし、遠巻きにご覧になったお嬢さん方がそういうギャップにときめいてしまうのはあるかもしれません」
「そ………そうか、モテるのか…、…ミモゼ」
「陛下、大丈夫ですから」
妙にしおらしい声で縋るように侍女長を呼んだディアマントの様子に、スメイラはガーネが彼女を『可愛い』という理由がなんとなくわかった気がした。『女王』としての顔しかまともに見たことがなかったが、まるでただの小娘のようであった。
「……最近……ガーネの様子が、おかしいとは思わぬか」
どこか泣きそうな声でティーカップを両手で握り締めたディアマントが、ぽつりと呟いた。
どう考えなくても、スメイラたちが突っ込んだせいで本格的に発動してしまった好き避け以外原因は思い当たらない。しかし、それを自分たちの口から軽々しく言うものでもないと少しだけ考えるようにスメイラはミルクティーを飲んだ。
「……陛下は、ガーネくんがどう変わったとお思いなんですか」
「目を合わせない!……言葉もよそよそしい、だが別に明確に距離を取られるわけではないが、少し触ると困った顔をされた…!」
「んんっ、そ、そうですか」
スメイラが思わず吹き出しそうになるのを咳払いで誤魔化し、再度ミルクティーを飲んで笑いたくなるのを耐えた。ラズリはあからさまに半笑いになっており、カルセに至ってはわかっているのかいないのか小さく首を傾げていた。どこをどうとっても、『好き』だと自覚してしまったが故のガーネの好き避けに他ならない。本当にそういうところだけは年相応以下だなと笑いそうになった。
「お、お前たち。不躾なことを聞いても構わぬか」
「アンタが不躾なのは今に始まったことじゃないでしょ。何よ」
「……お前たちは、その、男性経験というのはあるのか」
女王の口から聞かれるとは思ってもみなかった質問に、思わず一同は手が止まった。
「……は?」
「あるのかないのか!はっきり申せ!」
どういう感情なのか双眸に薄らと涙のような潤みを滲ませたディアマントが声を上げ、ラズリは面倒そうに息を漏らして肩を竦めた。
「アタシはアンタと同じように、実年齢よりも見た目は若く繕ってるけど。それでも実年齢は32だしそういう経験も無くはないわよ、一応ね」
「……私は元ですけど結婚経験もあるので、まぁ」
「わたくしはまあ……無くはないですわ。だって聖女ですもの」
「そ、そうか…」
「何よ何聞きたいのよ」
ラズリの問いかけに、ディアマントはいよいよもって本題の核心に触れているらしくやや俯きながらドレスの裾をもじもじと握りながら、何時だったかガーネが瀕死でラズリに縋った時と同じように泣きそうに声を震わせながら小さく声を絞り出した。
「……お、男というのは…『初めて』の相手に引いたり、『重い』と思うものなのか、やはり」
「…え?」
「昔の女と比べることはあるのか!」
「…男が、っていうか、……陛下のその質問は『ガーネくんならどうなのか』ということでよろしいですか」
ディアマントは少しだけ視線を漂わせてから観念したように小さく頷き、スメイラは思わず両手で顔を覆った。
そして小さく息を漏らしてから、両手を下ろしてまっすぐにディアマントを見つめた。
「陛下、私が見たガーネくんの人物像にはなりますが、付き合いはそれなりにありますしあの子はああ見えてかなり『わかりやすい』部類です。それを踏まえてお話ししますがよろしいですか」
「……う、うむ」
「まず、彼は別に俗に言う処女厨じゃないと思いますので、『初めて』の女性に対して幻想を抱くようなタイプではないですね。どちらかというと『初めてかよめんどくせーな』と思うタイプです」
「……そ、……そうか」
想定通りショックを受けたような顔をしたディアマントに、スメイラは容赦なく畳み掛ける。
「ですがいいですか陛下。彼は死ぬほど独占欲が強いです。所有欲も支配欲も人並み以上ですしプライドもアホみたいに高いです。ご存知ですよね」
「……知っておる」
「そんな男が、自分以外の男を知らないとなったら……多分ですけど『とことん教えこんで愉悦に浸る』タイプですよ」
「ま、ついでに言わせてもらうとあの子は『昔の女と今の女』を比較するほど狭量じゃないわよ。……変な心配して意地張ってたり、『あの時』みたいにわけのわからない言葉でガーネのこと殴ったらもう二度と本当に『目を向けてくれなくなる』わよ、あの子はそういう子だもん。線引きしたら一気に身を引くの、アンタが一番わかってるんでしょ。…女王陛下」
『恙無く』お茶会は終わり、3人は特務室へと戻って行った。
「……なんか、私ガーネくんの気持ちちょっとわかったかもしれない」
「なによスメイラ」
「…こんなこと言ったらなんだけど、『可愛い』わアレは。陛下、見た目は可愛いって言うより綺麗に振り切ってるじゃない、まぁ可愛いとも思うけど。そうじゃない。…アレは可愛い」
「陛下はお可愛いですわよ、ちょっと世間知らずなお嬢さんみたいなところがまた庇護欲そそりますわよね」
「そお?アタシは別にどうとも思わない」
「先輩のそれは『同族嫌悪』だと思うな私……」
「あの女と一緒にしないで」
特務室のドアを開け、教会から押収した帳簿や領収書の写しを睨み、別の書類と照らし合わせている先程渦中の人として話題に上がっていた男が視界に入る。
「…おかえり、楽しかったか」
ガーネは書類から顔も上げずに声を掛けたが、どんな話題だったのか知っているのだろうか。スメイラたちは小さく肩を竦めて「まぁね」とだけ返し、ガーネの机に可愛らしいペーパーナプキンに包まれたクッキーを置いた。
「……なにこれ」
「陛下から、ガーネくんに差し入れ」
「ふーん。……カルセ、茶ァ入れて」
「ふふ、はい。お待ちください」




