290話「ゴシップ」
「…………はぁー…」
周辺からの刺すような視線の中心で、深々としたガーネの溜息がしんとした回廊に静かに響いた。
「…ローウェン文官補。…お前、それは『職務』に関係のある話なのか」
「……え」
「大体お前は何年昔の話をしているんだ。どうせ、俺の立場が変わって多少偉くなったからあわよくば程度に思ってんだろうけど、俺は『お前だけは絶対に有り得ない』。いい加減弁えろ。……ジェレイド、行くぞ」
「あ、…ああ」
衛兵総監と二番隊長も、敢えて関わらないようにその場を離れ目的の部署へと足を向けた。
ファルの想定とは全く真逆の態度を取られ、ファルは回廊にぽつんと取り残された。
「は?えっ、な、なに…ひどい、酷い…!」
ファルの涙ながらの訴えが悲痛に響き、ガーネはそれを遠くに聞いて再び溜息を漏らした。
近衛総監室へと通されたガーネは、断りもなくどっかりと近くのソファに腰を下ろした。
「……あの文官補、少し噂にはなっていたが…とんだ爆弾を投下したものだな」
「いつかやられるとは思ってたけどな。あそこであのタイミングとはほんと性格の悪い女。多分、無いこと無いこと触れ回って味方付け始めるぞ」
「…交際関係にあったのは事実なのか」
「否定はしねぇ、事実だ」
ガーネは面倒そうな顔で足を組み、何度目かわからない深すぎる溜息を漏らした。
「……それで?君の話というのは」
ガーネの正面に腰を下ろしたジェレイドが話題を切って、本来の目的である自身への要件について口を開いた。
目の前のガーネは少しだけ何かを悩んだようにごく一瞬視線を漂わせてから、まっすぐにジェレイドへと目を向け直した。
「まさしくあの女の言ってた、グリーチェウトの筆頭分家の件だ。まだどう転がすかわからねぇが、案件内容によっては偏りがあると思われても困る、よって王城内だけで済ませられない場合が想定される」
「…ふむ」
「まだ確定じゃない。だが、そうなった時に『信頼出来る貴族』が必要だ。王権擁護派の中立な立場の、伯爵以上。必要になった時に頼むことは出来るか。……お前の実家の名前と顔を借りたい」
「…父は恐らく、君の頼みならば聞くと思う。一応、話は通しておこう」
「助かる。必要になったら俺から改めて挨拶に行く」
ガーネは近衛総監室を出ると、ある意味ではファルの目論見通りの視線を浴びながらもそれを無視して特務室へと戻った。
「……ガーネ、結構な噂になってるけど…」
サイフィルが言いにくそうな顔でガーネに声を掛けるも、どうでもいいとばかりに鼻で笑ってあしらった。
「フン、どんな噂だ。想像はつくが一応聞いてやろうか」
「ガーネがファルちゃん弄んだとか、ヤり捨てたとか」
「おーおー、この短時間で随分な広がり方してんな。さすが馬鹿女」
「……放っておいていいの?」
「ほっとけ。事実無根だし、物理的にそんな暇があるわけねーのはお前らも近衛も衛兵もわかってるだろ。それに、こういうのは男側の方があーだこーだ言う方が火に油注ぐんだよ」
心配そうなサイフィルに妙に落ち着き払った様子で言い返したガーネを見て、スメイラは肩を竦めて小さく呟いた。
「さすが、経験者」
「うるせーよ。大体、週1で全員の勤怠とか出動記録提出してんだから突合すりゃ誰が話盛ってんのか一目瞭然だろうが」
「……まあ、確かに?」
同じ頃合い、女官長が女王の執務室のドアを叩いた。
「陛下、よろしいでしょうか」
「どうした」
「陛下宛に、正式な縁談上申が来ておりまして」
「……妾に?見せてみよ」
ディアマントは女官長から受け取った書状や釣書に目を通して、あからさまに目を細めた。
「…いかがなさいますか」
「一度、妾が預かる。まだ言うな」
「かしこまりました」
「……それと」
「はい」
「ガーネと『噂』になっておる文官補。噂はどこまで本当なのじゃ」
「後からついた噂の方は完全に尾ひれがついておりますね。しかし、身辺調査の結果でも彼女と彼が2年半前に実際に交際関係にあったのは事実のようですわ。期間は3ヶ月未満と」
「……そうか。女官長、少し良いか」
「はい、なんでしょう」
夜20時過ぎ、特務室の扉が静かに叩かれた。
「はい、……あら、女官長様」
対応に出たカルセが首を傾げた。ガーネに用事だろうかと反射的に振り返るも、女官長はそれを止めた。
「いえ、特務総監様ではなく聖女様に。…明日、ご予定はございますか?」
「明日、ですか?ええ……特には」
「陛下が茶会を催したいと仰せでして。聖女様と、出来れば補佐官と医官のお二方も来て欲しいとご要望されております」
「まあ、わたくしたちが?……少々お待ちくださいませ。ガーネ様」
話しが聞こえていたガーネは少しだけ考えた。
緊急の案件が入った時にスメイラがいないと自分は好きに動くことはできないとは思うものの、城内であれば別にいいかと思い直し小さく頷いた。
「スメイラさん、ラズリさんもよろしいでしょうか?」
「…別にアタシらはいいけど」
ラズリとスメイラはちらりとガーネを振り返り顔を見た。
「……行ってこい。付き合ってやれ」
「…だ、そうです。よろこんでお伺いいたしますわ」
「良かったですわ。陛下もお喜びになります」
ガーネは怪訝そうな顔で、入口の女官長に視線を向けてから手元の書類に視線を落とし直した。




