289話「爆弾投下」
「…夜会?」
「夜会っつーかなんつーか。お前らもなし崩し的に連れて行かなきゃいけなくなった。行儀よくしろよ、俺に恥かかせんな」
特務室に戻ったガーネは、全員に辺境伯の王都内邸宅での夜会についていかにも嫌々といった顔で溜息交じりに共有した。
「ああ、それと」
剣を腰から外したガーネが思い出したように振り返り、先程とは打って変わって真面目な顔で全員を見た。
「俺や女王の食事に何かするとは思わんが、お前らを呼んだ理由がわからん。絶対あの野郎の用意した飲食物に口を付けるな、水も我慢しろ。────…それとスメイラ」
「なに?」
「あの男について、調べられる範囲で調べろ。ただし深追いはしなくていい」
「わかった」
「とりあえず腹減った、飯食ってくる」
ガーネが一般食堂で申し訳程度に端の方でオムライスを頬張っていると、見知った顔に声を掛けられる。
「よ、ガーネお前高位職者のくせにこんなとこで飯食ってんなよ。みんな萎縮すんだろ」
「…だから気ィ使って端の方にいるんでしょ」
衛兵二番隊長がガーネの隣にどっかりと腰を下ろし、無言でオムライスを食べ進めるガーネを見つめた。
「…なんすか先輩。食いづらいんだけど」
「いや、お前変わったなーって」
「そうですかね。どの辺がそう思います?」
「うーん、ちょっと人間らしくなったかな」
「……なんだそれ。つーか、先輩こそなにしてんのこんなとこで。サボり?」
「お前と一緒にすんな。俺は衛兵総監と待ち合わせがてらおやつだよ」
「それはサボりじゃねーのか」
食べ終わった皿の上にスプーンを雑に置いて、一息ついてから立ち上がる。そうしたところで、不意に肩を組まれたガーネは深々と溜息を漏らした。
「教官、アンタんとこの部下の1人食堂でサボってますよ」
「どーせ食堂の見習い侍女の子目当てだろ。ほら、あの子」
衛兵総監が指を差した先にいるガーネと同じか少し若いかくらいの可愛らしい女性があくせくと忙しそうに働く姿を見て、ガーネは小さく頷いた。
「はー、成程。先輩ああいう感じの子昔から好きですもんね」
「うるせーな!」
「じゃあ先輩これ下げてきてください」
「俺お前の先輩だけどな?」
「やだな、気ィ使ってるんでしょ。あの子と話す機会じゃないですか先輩。総監命令ってことで」
ブツブツと文句を言いながらもまんざらでも無さそうな様子でガーネの食べた食器を下げに行った二番隊長の背中を見て、ガーネは小さく息を漏らした。
「俺、先輩に『人間らしくなった』って言われました」
「あー、ヴィオリーも似たようなこと言ってたぞ。今度家遊びに来いってさ」
「好き嫌いしたらぶん殴られるじゃん、やだよおっかねーし。あ、でもヴィオリーさんの作ったアレは食いたいかも」
「アレ?」
「ま、機会があればな」
食器を下げがてら目当ての侍女見習いの娘と数分雑談をし、ホクホク顔で戻って来た二番隊長を見てガーネは食堂を出て、回廊を目指して歩き出した。
衛兵総監エーリックと二番隊長も、行く目的地の方向は同じだったようで結局3人並んで歩いていたところに、ガーネの目的の人物であった近衛総監の姿を少し先に見つけて声を掛けた。
「ジェレイド」
「ガーネ。どうした」
「お前に用事があって」
「…?全員揃って、か?」
「いや、俺だけ。たまたまそこで一緒になっただけ」
呼ばれて振り向いたジェレイドが首を傾げながらガーネたちの元に歩み寄る。
「見て、『王城四壁』が揃ってる!」
ガーネの要件としてはこの場で話す内容ではなかったため、近衛総監室にでも行こうと促そうとしたところで、周辺から聞こえた声に思わず首を傾げた。
「……王城四壁ってなに」
「…さぁ?」
ガーネがジェレイドに小声で尋ねるも、同じように小さく首を傾げられた。
「知らねーのか」
二番隊長がやや得意げな顔で腕を組み、周辺を見回した。回廊でギャラリーがわりと多く、少し遠くの方から黄色い声が聞こえた。
「近衛総監、衛兵総監、特務総監、そんで俺!」
「が、なんだって聞いてんだよ」
「ま、要は城の『イケメン四壁』だな」
「フーン、くだらね」
興味が無さそうにばっさりと斬り捨てたガーネに二番隊長は食い下がった。
「チヤホヤされたいじゃん!いい気分じゃん!俺は少しいい気分だけど!」
「別に俺、自分の顔面がどうとかあんまり気にしたことないし」
「そりゃお前の顔面が整ってるからだろ!」
「普通だろ、なぁ?」
「私に聞くのかそれを。君は相当整っている方だと思うぞ。凶悪な面構えではあるが」
「いいんだよ別に。優男顔だと警備上舐められんだろ。まあそんなことはどうでもいい、ジェレイドちょっと込み入った話がしたい」
「なら、場所を移すか」
ややお調子者気質な二番隊長を押しやりガーネがジェレイドに声をかけ直し、近衛総監室の方向へと足を向けた。
「あ、ちょうど良かった!特務総監様!」
聞き覚えのある甘ったるい喋り方の声がガーネを呼び止め、ガーネは隠すこともなく盛大過ぎる溜息を漏らして一応立ち止まった。
「……なんの用だローウェン文官補」
「なんの用事ってこともないんですけど、姿が見えたので」
「俺は忙しい、用が無いなら職務に戻れ」
「あら、そんなこと言って良いんですか?」
ファルが、ガーネにとって覚えのある少し嫌味の含んだ顔で笑いながら距離を詰めてガーネの官服を引いて耳打ちした。
「ハルマニーエのおうちって、律衡家グリーチェウトの筆頭分家らしいですわね。お父様に聞いちゃった」
「…それがどうした」
「そのハルマニーエのおうちから、ガーネ様になんのご用事かしらって」
「…いい加減にしろ。仕事の要件以外で話しかけるな」
ファルの程度の低い揺さぶりにも動じた様子もなく、ピシャリと強めに言い放ったガーネの声は回廊に低く響いた。
────ガーネがそうやって、私を冷たくあしらうのなんか所詮今だけよ。今に私を否定できなくなって、私のこと雑に扱えなくなるんだから。
人前で『恥をかかされた』ファルが、少しばかり涙目になってガーネを睨みつけた。
「…なによ」
「は?」
「なによ!昔はあんなに、私のこと『可愛い』って言って、あんなにキスだってしたじゃない!!私のこと、何度も可愛いって言ってたじゃない!!あんなに何度も私のこと、抱いたくせに!!」
ファルの声が周辺に響き渡り、一気にしんと静まり返った。




