287話「マウント」
翌日の近侍朝伺にて、ディアマントが満面の笑みで宣言をした。
「今日は城内散策に行く。通達も出しておる」
「……私は聞いていませんけど」
呆れたような声で返答したガーネとは、本日も絶妙に視線が合わない。口調もずっと硬く、『あの時』のようだとディアマントは思いはするものの、敢えてそれには触れないように立ち上がった。
「今伝えた!」
事前に通達を出せと言ったガーネの言葉を先回りして、ディアマントが動いていたのは些か計算違いではあった。
「私も忙しいんですが」
「だめじゃ、絶対行く。断ることは許さぬ!命令じゃ!」
「……10分だけですよ」
ガーネが折れたとはいえ了承すると、ディアマントはぱっと顔を明るくして嬉しそうに笑った。目線は頑なに合わせはしなかったものの、表情は見える。やはり『可愛い』と思ってしまい、あからさまに顔を背けてしまった。
それを見てディアマントもなんとも言えない顔をしたが、先導してドアを開けたガーネを追いかけるように少し早歩きで歩み寄り、ごく控え目にガーネの服の裾を掴んだ。
振り払ったりなどは同然しないしするつもりはないものの、ガーネはものすごく困った顔で少し遠くを見てしまう。
それを見たディアマントは、無言で手を離してガーネより数歩先を歩いた。
「…陛下、今日はどちらに行かれるのですか」
「総務じゃ」
「……総務?なんでそんなところ」
ディアマントのことだから、衛兵詰所か近衛詰所、もしくは厨房や迎賓庭園以外の庭等に出たがるとばかり思っていたガーネは、『総務』という場所に彼女が何を目的にしているのかわからず首を傾げ、何か知っているかと確認するように後ろを歩く侍女長と女官長へと視線を向けた。しかし、彼女たちも聞いてはいないらしく、首を振ってそのまま傾げる様子を見てますます訳がわからなそうにガーネは正面を見た。
「陛下、階段です。お手を」
「……うむ」
数歩先を歩くディアマントが階段に差し掛かると、ガーネは歩幅を変えてディアマントに追いつき半歩先に出て手を差し出した。ディアマントは左手でドレスの裾を持ち、右手を差し出されたガーネの手に添えて階段を降りた。
やはり相変わらず、視線は噛み合わないまま、ディアマントとガーネは総務へと進んだ。
一頻り形式的な『激励』のようなもので臣下たちを労い、仕事内容や困り事などを聞いて回り『女王として』ただの道楽でやっているわけではなさそうな姿を見たガーネは、少しだけ安心したように小さく息を漏らした。
それから、恐らく『敢えて最後に』やって来た文書統制係へと足を進めると、他と同じように全員が立ち上がり頭を下げて出迎えた。
「女王陛下、このような場所までわざわざお越しいただき光栄にございます」
「うむ、苦しゅうない。妾のことは気にせず、お前たちはいつも通り職務を邁進せよ。責任者は誰じゃ」
「は、私でございます。文書統制係の係長を任せていただいております」
「なにか困りごとはないか」
「いえ、部下も全員良く働いております」
「そうか」
ディアマントがぐるりと室内を見回し、ファルと視線が合う。ファルは一応立ち上がって流麗なカーテシーで笑顔を振りまくと、わかりやすく周辺の男性陣はファルに見惚れている。そして肝心のファルの視線は、ディアマントを見ているようで背後で近侍護衛をしているガーネに向けられていた。
「今後も励め。なにか困り事や要望があれば上申せよ。ガーネ、参るぞ」
「はい陛下」
ディアマントは『女王としての顔』から一変して表情を変えファルを見ると、通路がそこまで広くないのを逆手に取ってガーネの腕に当たり前のように抱きついた。
「少し狭いな」
「仕方がないですね。ドレス、裾気を付けてください」
ガーネも当然この場で腕を取ることを彼女に対して指摘したりすることは無く、むしろ通路の狭さから少し引き寄せるようにして歩きドアを開け、文書統制係を後にした。
「………なにあの女。マウントのつもり?」
女王たち一行が立ち去った後、ファルは小さく舌打ちを漏らした。
「……陛下、昨日の『聞いてました』ね」
「なんのことじゃ」
「文書統制係のあの女が俺の元交際相手だって話ですよ」
「ほう、そうだったのか。妾はそんなことちっとも知らなんだ。まあ、妾には劣るが見目は愛らしい娘なのでは無いか」
「…そうですね」
あっさりとファルの容姿の良さを肯定したガーネにディアマントはむっとした。しかし、自分に対してわかりやすく「そんなことないですよ、貴女が一番です」などというおべっかを言う男ではないことはディアマントが一番わかっていたために何も返せなくなった。
「あの娘、いくつじゃ」
「20か21じゃないですかね、たしか」
「『年上』か」
「…?何が言いたいんですか」
「ふん、なんでもない」
「……そうですか。では、これで本日は失礼いたします」
無事に執務室まで送り届け、そっぽを向いたディアマントに一礼してガーネは退室した。
その日の夕方前、特務室の扉が叩かれた。
「特務総監殿」
「なんだ」
「来客です。宝石商のシューマック氏が、特務総監にお目通りをと。話は通っているはずだと仰せでして」
「通せ。…カルセ、茶の用意でもしろ」
「はい」
数分後、門衛に案内された中年の男が帽子を脱いで一礼し入室した。
入口側ではなく、奥側の応接スペースに通したガーネは正面に座って互いに形式的に挨拶を躱し、シューマックは重厚なケースに鍵を差し込み蓋を開いた。
「…まあ、綺麗」
ガーネの言いつけどおり紅茶を入れて持って来たカルセが、ケースに入った宝石を見て小さく呟いた。
「さすが、王室御用達の出入り宝石商なだけあるな。品質の方は間違いなさそうだ」
白手を嵌めて一粒宝石を手に取って眺めたガーネが小さく呟くと、シューマックの方もどこか値踏みするようにガーネを見た。
「侍女長のミモゼ様より、特務総監殿は大層なお目利きでいらっしゃると伺っております。こちらはいかがですか」
「宝石はな、多少」
シューマックに示された宝石を手にして、窓の外の光に翳す。太陽光に照らされた宝石は深い青緑色に輝き、それを確認してからガーネはポケットからライターを取り出し炎に翳した。
ガーネの手の中で宝石の色味が青緑から赤紫に変わるのを見たカルセは目を輝かせた。
「わ、素敵!」
「……アレキサンドライトか、本物だな」
「成程、お目利きの良さも間違いないようですね」
「俺が欲しいのは調達出来るのか」
「石によっては難しいかもしれませんが、ご用意いたしましょう」
「ルビーだ。ピジョンブラッド、最高級のものを探せ」
「かしこまりました。ご予算は?」
「『最低』2000万。上限は口止め料も込みで問わん、その代わり質の良いものを用意しろ」
「かしこまりました。ご用意出来次第、改めてお持ちします」
「…ガーネ」
「なんだラズリ。どれか欲しかったのか」
「そうじゃないわよ。アンタ、最近金遣い荒くない?大丈夫なの?」
「……そうか?そんなに使ってる?」
「だって、少なくともアタシとスメイラでアンタの私費2000万引き出してんのよ。何に使ってるのか知らないけど。それであの宝石も、最低2000万でしょ。お金大丈夫なの?」
「そんなことか。心配すんな、そんな端金。全て必要経費だ」
白手を外し、自席に戻ったガーネは再び書類仕事に取り掛かり始めた。
それを見て特務一同は何も言えず、彼が何をしようとしているのかも見えずに少しだけ不安そうに眉を寄せていた。




