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断罪ディストーション  作者: 梦月みい
第二十九章『掌握』

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286話「コードネーム」

ガーネが女王と目を合わせなくなってから、3日目の早朝。

同じように警察官の制服を纏い、同じ場所で同じように新聞を広げ立っていたガーネの傍に、男が歩み寄った。

「ほらよ、『ライゼイ』さん」

ライゼイ、と呼ばれたガーネが新聞で隠すように手を差し出して男から一枚の紙を受け取り、新聞で隠しながら中を確認した。

「……フーン?まじか、……へぇ」

思わず肩を揺らして笑ったガーネを横目で見ながら、男は煙草を咥えて火を付けた。ふ、と吐き出した煙が空中で消えるのを見届けてから、ガーネは男に完了報酬として札束を一つ手渡した。

「『ルージ』、もう少し引っ張れるか」

ルージと呼ばれた男は改めてガーネを横目で見た。

「いくら出すかによるな、ライゼイ」

「いくらで『俺の望む仕事』ができるんだ」

「そうだなぁ…前金は3、完了後に3を一週間でどうだ」

「ははは、馬鹿か貴様。前後それぞれ5、合計で10本出してやる。3日だ、出来るだろ」

ガーネはそのまま懐から追加で札束を5つ、数日前と同じように新聞紙とともに差し出した。

「…いいぜ。さすが、羽振りいいね」

「必要経費だ。こういうところでケチったって仕方ないだろうが」

「しかし3日か。アンタ鬼か?」

「出来るだろ、眠らなきゃ良いだけの話だ。俺が満足したらもう少し色つけてやる」



先日よりは少し早い時間に王城に戻ったガーネは、私室に寄りいつもの官服に着替えてから特務室へと向かった。

「スメイラ、アメジ、サイフィル。お前ら悪いが、こないだの押収した帳簿関係を教会に返しに行ってくれるか」

「うん、いいけど…もう大丈夫なの?」

「写しは全部取った。問題ない。…それとラズリは俺の私費を引き出しに財務に行って欲しい」

「また?今度はアタシ?いくら」

ガーネはその場で委任状にサインをして手渡し、机から個人印章を取り出してからラズリの机の上に財布ごと預けた。

「一千万でいい」

「…そ。用途は?こないだスメイラに言ってたのと同じでいいの?」

「それでいい。近侍朝伺行ってくる。カルセ部屋頼む」

「かしこまりました」



「文書統制係宛です」

「はぁい、お疲れ様です」

文書統制係でファルが、十数通の郵便を受取りそれぞれ仕分けをしていた。

「…ん?」

「ファルちゃん、どうしたの?」

「いえ、『他部署宛』が混ざっていたので、後で持っていきますわ」

「いつも悪いねファルちゃん」

ファルの手には、宛名は『異界対策特務局特務総監ガーネ・ディーム・ロット様』と記載された一通の封書。裏面の差出人を確認すると、『スターク・エージイズ・ハルマニーエ』とあった。

────ハルマニーエ家って、確か開庭招宴で陛下とガーネと最後に喋ってた『貴族でもなんでもない家』よね。その家が、ガーネ個人宛になに?


ファルは封蝋を上手く開こうかと画策するも、迂闊にすると割れてしまいそうになりさすがにそれを断念した。

「お父様にお願いしなくっちゃ」

小さく笑みを零しながら、ファルは時計を確認して『ガーネが近侍朝伺から戻りそうな時間』を見計らって動くことにして、手紙を自分の引き出しにそっとしまった。



同じ頃、女王の執務室にて。いつも通りの近侍朝伺だったが、今日はいつもと多少様子が異なった。

「ガーネ。3日後の午後、急だが空けておけ」

「かしこまりました。調整いたします。…どのようなご予定でしょうか」

ディアマントと絶妙に視線を合わせないまま、珍しく突発的な予定を捩じ込まれる。調整可能な範囲であるためにそのまま了承し、ディアマントではなく傍に控えていたヘルソニアに視線を向けた。

「…ゲルブ辺境伯が来る。ガーネ、其方は陛下の近侍護衛として同席するように」

「………かしこまりました」

あからさま過ぎる程に嫌そうな顔をしたガーネに、ヘルソニアも小さく肩を竦めた。

「気持ちはわからないでもない」

「まあ、いいです。どうせ先日の欠席のお詫びかなんかですよね」

「そんなところだと思うぞ」

「とにかく、3日後午後ですね。かしこまりました。では本日はこれで下がります」

「うむ」

一礼してから部屋を出たガーネの後ろ姿をぼんやりと眺め、ドアが閉まるとディアマントは小さく溜息を漏らした。


「…陛下」

「なんじゃ」

「貴女、ガーネに『また』余計なこと言ってないでしょうね」

「またとはなんじゃ、またとは」

ヘルソニアは呆れたように肩を竦めながら、ガーネも退室して2人になった部屋で小さく溜息を漏らした。

「貴女のことだから、また小娘のように言わなくて良いことをあの男に言ったのではないかと思ったまでです」

「い、言ってないもん」

「どうだか。貴女すぐ感情的になってクビ宣告するんですから」

「あれは言葉の綾じゃ!」

「いいですか陛下。貴女も小娘ですが、あの男も大概子供です。貴女の方がほんの少しだけ『お姉さん』なんですから、少しお考えなさい。4000年以上生きているんですからわかるでしょう。あの男はたったの19ですよ」

「わ、妾の方がお姉さん」

「ほんの少しだけですよ。ついでに言いますが、あの男は『年上好き』らしいですよ、お姉さん」



「戻った」

ガーネが特務室に戻ると、丁度お使いを頼んだ面々がそれぞれ戻って来たところらしかった。

「スメイラ、司祭は何か言っていたか」

「特には」

「ふん、そうか」

妙な含みを持たせたガーネが返答をすると、ラズリがどさっとガーネの机の上に紙袋と預かっていた財布含む一式を置いた。

「重かった」

「そりゃご苦労さん。1kgくらいだと思うけどな」

ガーネが札束を選り分けて机に並べていると、部屋のドアが数回ノックされた。

「……なーに」

ラズリが応対に出たところで、面倒そうな声が聞こえてガーネは顔を上げた。

「いらっしゃいますわよね」

確信を持って部屋を訪れたようなファルの声に、ガーネは深々と溜息を漏らした。

「ローウェン文官補、お前いい加減に」

ガーネが言いかけたところで、つかつかと歩み寄ったファルの人差し指がガーネの唇に触れた。

「せっかくお届けモノしに来たのに、その言い方はないんじゃない?相変わらずなんだから」

ファルの手元にある書簡に視線を向け、宛名が自分であることを確認する。

「なら、さっさと寄越せ」

「…ふふ、いいわよ。はい、どーぞ。総監様」

わざとらしく封筒を裏返し、差出人を見せつけてからガーネのデスクにそっとそれを置いてファルはにっこりと笑みを浮かべた。

「じゃ、また来ますわ」


ぱたん、と静かに扉が閉まり、ガーネは苛立ち混じりの溜息を漏らしながら『ハルマニーエ家』からの書簡を手にして雑に封蝋を割った。

「…ね、ガーネくん」

「なんだ」

「いい加減、聞いておきたいんだけど。あの子、なに」

ガーネが封筒の中から便箋を取り出し開いた所で、再度観念したように、ふうと小さく溜息を漏らした。


「────…元カノだ」

「げ。趣味悪」

ラズリの容赦のない一言に、やはり『そう』見えるかとガーネも椅子の背もたれに寄りかかった。

「あんまり昔の女のことどうこう言いたくないが、アレは俺が唯一自分から振った女だ。とにかく顔と身体はいいが頭が最高に悪い。まじで見た目だけの女だ」

「確かに、リルちゃんの時はガーネもすぐ『元カノ』って言ったもんね」

サイフィルが何となく納得したように呟くと、ラズリはガーネの顔を見た。

「頭悪いって言うけど、王城の採用試験って学歴とか筆記試験とか結構厳しいじゃない。専門特殊枠ならともかくとして、ああいう文官とかって相当頭良くないと採用されないんじゃない?コネがあったにしても、たかが子爵でしょ?女王自身にそんなコネみたいな概念存在しなそうだし」

「そういう意味の頭悪いじゃねーよ。もうこの際だから言うが、お前らあの女には気を付けろよ。自己顕示欲と承認欲求の塊みたいなもんだ。なまじ顔が可愛いから周囲からチヤホヤされてたし俺も可愛いとは思ってたが、アレはな、俺の気を引くためにチンピラに自分を襲わせる三文芝居を平気でしたり、他の女を貶めたりを平気でする女だ」

「あー、典型的な『女の嫌なところ煮染めたタイプの女』ね。アタシああいうの殺したくなる」

「だから言いたくなかったんだ。俺の汚点みたいなモンだからな。あの女最後に彼女作ってねーし、色々懲りた」


特務での会話のやり取りは、普段は雑音の一つとして聞き流すディアマントの耳にもしっかり届いていた。

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