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断罪ディストーション  作者: 梦月みい
第二十九章『掌握』

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285話「『警察官』と『特務総監』」

翌朝早朝、まだ日が登る前。

ガーネは私室で着替えをしていた。普段の官服ではなく、過去に潜入のために入手した警察官の制服に袖を通し、城外へと出た。顔を隠すように目深く警帽を被り、『待ち合わせ場所』へと向かう。

近くの売店で『経済新聞』を購入し、少し離れた木に寄りかかった。

日が登り始めた頃、1人の男が煙草を咥えながらガーネの寄りかかる木に同じようにもたれかかり、近くに設置された灰皿に灰を落とした。


「久しいな」

「おー、ノードーストからお前もこっちに流れてきてるって聞いたからな」

新聞を広げ小さな声でガーネが応答すると、ちらりと視線だけ煙草を燻らす男に向けた。

「今回はどんな『仕事』だ?」

「相変わらず話が早いな。ちょっと追って欲しい案件がある」


ガーネは男に端的に仕事の依頼をし、男は小さく了承の返事をした。

「いいだろう。いくら出すんだ『特務総監』」

「馬鹿野郎、わざわざ変装までして来てんのにその呼び方するやつがあるか。俺に関しての圧のつもりなら、知っての通り無駄だとは思うけどな。逆にいくら欲しいんだ」

「ふ、違いない。────前金で2本、完了後1本。3日」

「ふーん。ま、いいだろう。期待してるぞ」

ガーネは懐から札束を2つ取り出し、畳んだ新聞と共に男に差し出した。

男はそれを受け取ると、新聞を広げながら懐に札束をしまい込んだ。


ガーネはそのまま『早朝の巡回』をしている警察官を装いながら王城へと戻り、王城近辺でようやく警帽を脱いで門衛に声を掛けた。

「帰還だ、通せ」

「お、お疲れ様です…?あれ、特務総監?」

「任務の一貫だ」


尾行を警戒してわざと遠回りをしたり迂回して城に戻ったために、予定よりも大幅に戻るのが遅くなってしまった。

致し方ないかと特務室に寄ると、すでに全員が集まっておりガーネの姿に目を見張った。

「わ、懐かしい。またコスプレ?」

「コスプレじゃねーよ。ちょっと任務の兼ね合いだ。このまま近侍朝伺出てくる、予定より押した」

懐にしまっていた札束を引き出しにしまい、昨日エナから預かった『個人贈答』の品々を紙袋にひとまとめにして部屋を出た。

「…まぁたあの子、何か悪いことしてるんじゃないかしら」

スメイラが心配そうに呟くと、ラズリが頬杖をついて息を漏らした。

「ま、でも破綻するようなことはないんじゃない。バカだけど、あの子そういうところは抜かり無いし。何より馬鹿ではないわ」



女王の執務室に入り、特務室での視線と同じような視線を向けられるも、ガーネはそれを無視して女官長へと歩み寄った。

「女官長、これ全部返却しろ。私的な贈答は受け付けない」

「…全て、ですか?」

「全てだ。個人で受け取ると色々面倒だしややこしい。今後俺宛の個人贈答は一切受け付けるな」

「かしこまりました」

「ガーネ、今日はどうしたのじゃ。またコスプレか」

ディアマントが見慣れないガーネの姿に少しそわそわしながら声を掛けるも、ガーネはちらりと視線を投げただけですぐにその視線を外してしまった。

「任務の兼ね合いです。『特務総監』で動くと目立つ案件だったので。陛下のご予定に変更は」

「…と、…特に、ない」

「そうですか、でしたら私はこれで」

妙に素っ気なく淡々とディアマントとの会話を終わらせ、一礼して部屋を出ようとするガーネをディアマントが慌てて止めた。

「ま、待てガーネ」

「はい」

「今日は妾、王城内の散策をしたい。お前、ついて参れ」

「無理です。前にもお伝えしましたよね、事前通達が無いと各部門の長が困ります。では」

「だめじゃ!命令じゃ!妾の城じゃ!妾が行ってなんの問題がある、何が悪い!」

「…悪い悪くないの話ではございません陛下。いきなり、一番偉い人が予告も無しに現れたらびっくりするでしょうと言っているんです。なので無理です」

「驚かなければいいのか」

「そんな部署があればですけどね」

「なら、特務じゃ!」

「…………なんで?」


『こう』なったら言うことを聞かないことを、女官長も侍女長もヘルソニアも、そしてガーネも知っていた。深々と溜息を漏らしてからさっさと連れて行ってさっさと終わらせた方が得策かと渋々頷いた。

「…案件が走っている最中です。短時間でお願いします」

「うむ!」

根負けしたとは言え了承したガーネに嬉しそうに笑みを浮かべながら、ディアマントは早速立ち上がってガーネの隣に立った。

しかしガーネはいつものように肘を差し出すこともなく、距離もほんの僅かではあるが普段よりも離れているように見受けられた。それを後ろから見ていた女官長と侍女長は、思わず互いに顔を見合わせた。


城内を女王が歩いていることに、すれ違う人間は皆同じようにぎょっとして頭を下げた。

ガーネを付き従えて歩くディアマントは妙に機嫌が良さそうに廊下を闊歩し、それからガーネを振り返った。

いつもと異なり、全く目線が合わないことに違和感を覚えつつも、目的の『異界対策特務局』のドアを開けるとある意味でいつも通りの会話が雑に繰り広げられていた。

誰もが今入室してきたのがガーネだと思っていたが、振り返って数拍固まった。

「へ、陛下!このような場所に、いかがなさいましたか!」

スメイラが慌てて立ち上がり敬礼をし、他の面々も同じように頭を下げた。

「苦しゅうない。楽にせよ。妾は今日は見学じゃ、いつも通りに振る舞え」

「だから言ってるでしょ。無理ですって。『こう』なるじゃないですか。特務だからまだこれで済んでますけど、こうやって業務止まるんですよ」

後ろからガーネが疲れ果てた顔で現れるも、ディアマントはそれを無視してガーネの席に向かった。

「お前の席はここか!」

「そうですけど、机の上触らないでくださいよ」

「ふむ、座り心地が良くないな」

総監席に座り物珍しそうに室内を見回し、触るなと言われた書類の関係を勝手に眺めるディアマントを横目に、スメイラが小さな声でガーネに訴えた。

「なに、なんなの、なにごと」

「…あとで言う………陛下、触るなと言いましたよね」

「ガーネお前、意外と整った字を書くのじゃな」

「はいそりゃどーもありがとうございます。そろそろもうよろしいですか」

「まだ来たばかりじゃ!」

あからさまにディアマントと視線を合わせないガーネに気付いたスメイラだったが、それをこの場で指摘するほど野暮ではない。そんな折、部屋のドアがノックされて開かれた。


「おはようございまぁす、ガーネ様いますかー」

「まぁ、ファルさん。いかがなさいましたか」

このタイミングで現れたファルに、ガーネは小さく舌打ちを漏らした。

「取り込み中だ。緊急じゃないなら後にしろ」

応対に出たカルセを無視して部屋に入ったファルは、普段の官服ではなく警察官の制服を着たガーネと女王及びその側仕えである侍女長の女官長の姿にさすがに驚いたように目を見開き、即座に形だけはディアマントに向けてカーテシーをした。

「ごきげんよう陛下。お目にかかれて光栄にございますわ」

「見慣れぬ顔じゃ。新人か」

「はい、先の採用で────ファル・レイ・ローウェンにございます。文書統制係に配属されましたわ」

「ローウェン子爵のところの娘か。励め」

「ありがたきお言葉にございます。…ガーネ様」

「お前、口の利き方に気を付けろと先日注意したばかりだがな」

「まぁ、つれないこと。『私と貴方の仲』じゃないですか。で、こちら。やはり父からお渡しするようにと」

「個人贈答は受け取らないと再三伝えたはずだ。しつこい」

「ええ、ですので『特務の皆様』へと」

「………ハァ、チッ。カルセ、受け取れ」

「はい」

わざとらしいほどに盛大な溜息と舌打ちを漏らし、自分では受け取らずに敢えてカルセを呼びつけて受け取らせた。

それに不満そうにしはしたファルだったが、カルセに菓子を手渡してからわざとらしく、それこそ女王や特務の面々にどこか見せつけるようにガーネの腕にそっと触れてにっこりと愛らしい笑みを浮かべてガーネを見上げた。


「受け取っていただき、ありがとうございます。嬉しい」

見た目はそこらの令嬢と比較にならない程に整ったファル故に、そのワンシーンだけ切り取って見ればガーネの顔の整い具合と相成って妙に絵になってしまう。

ディアマントは一瞬不機嫌そうにしつつも、それ以上のことは言わずに今日一度も目の合わないガーネをじっと見つめた。

「ローウェン文官補、用事が済んだならさっさと戻れ。毎度同じことを言わせるな、俺は忙しい」

「ふふ、はぁい。では、失礼いたします」

「…陛下。貴女もそろそろ戻りますよ。私も通常業務がございますので。お送りいたします」

「…うむ」


────ローウェン子爵の娘とは、視線が合っていた。なのに妾とは今日は一度も目が合わない。

ディアマントは、立ち上がってガーネの隣に並び一度特務を振り返った。

「邪魔したな。妾のために励むとよい」


頑なに目を合わせないことも、普段よりも会話がそっけないことも、いつもよりも隣を歩く距離が開いていることも、ディアマントが一番気付いていた。

執務室まで送られ、ディアマントは思わずガーネを呼び止めた。

「ガーネ」

「いかがなさいましたか」

振り返りはしたものの、やはり視線が合わない。『あの時』と同じだった。

「…なんでもない」

「さようでございますか。では、私は通常職務に戻りますので。失礼いたします」


一礼して部屋を出たガーネにディアマントは深く溜息を漏らして、執務机に向かって腰を落とした。

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