282話「合格の不能」
近侍朝伺から数時間後、特務室の扉が叩かれた。
「はーい」
アメジがドアを開けると、珍しい来客の姿がドアの向こうにあった。
「失礼。お仕事中なのは承知しておりますが、特務総監様はご在席でしょうか」
「え、ええ。…ガーネ様、女官長様と侍女長様よ」
アメジが奥に向かって声を掛け、どうぞと室内に促す。
「なんだ、今忙しいんだが。…アメジ、これ持ってって写し取ってきて。全部」
机に山積みにした書類を仕分けながらガーネが視線を向け雑に答えるが、彼女たちが来るという事の理由に凡その察しはついている。またなにか文句を言われるのだろうかと懸念しながらそのままアメジを呼びつけ、仕分け終わった書類の一山を指差して立ち上がった。
「お忙しいところ申し訳ございませんが、こちらも『至急』の重要なお話ですわ。おわかりになりますでしょう?」
「………スメイラ、席外す」
ガーネはそのまま奥の総監室に繋がる扉を開き、女官長と侍女長を促した。
2人は促されるままに奥のソファ席へと腰を下ろし、ガーネはその向かいに座った。
「…謝らねーぞ」
「貴方いつも私が怒ると思ってらっしゃるのですか」
やや呆れたように女官長が言いながら、小さく溜息を漏らした。
「貴方相手に遠回しな問答は無駄かと存じますので、率直にお聞きしますわ。特務総監様、貴方今お付き合いなさっている女性はいらっしゃいますか?」
想像とややずれた質問に、ガーネは一瞬黙り込んだ。
腕を組んで目の前の2人を見つめて質問の真意を探ろうとはするものの、それこそ時間の無駄かと聞かれたことにさっさと答えることにした。
「いねーよ、そんな暇あると思ってんのか、こんだけ忙しくて」
「貴方まだお若いですわよね、『そういう処理』をするようなお相手は?」
「は?いねーけど。俺にも立場がある、そんな女作るくらいならちゃんと付き合うわ。…大体、今しがた答えたように物理的にそんな暇が無いっつーの」
「陛下のことは、遊びであそこまでお手を出していらっしゃるんですか」
ようやく核心に触れるようなことを聞き始め、ある種の身辺調査かとガーネは目を細めた。
「…相手は女王だぞ。遊びで手出しするような女じゃないだろ」
「貴方、『守秘義務』に関しては?陛下の尊厳にも関わります」
「俺の前職も現職も知った上でそんな馬鹿みたいなこと聞いてんのか。警察官で、現特務総監・王室近衛騎士だぞ」
「今後については?どのようにお考えですの?」
「…今後?今後ってなんだ」
「交際ですとか、婚姻ですとか。どのようにお考えですの?夜伽の相手のみというのならば、わたくしどももそれはそれですが」
「……それは…向こう次第なんじゃねーの。俺がどうこう決める立場にない」
一瞬、ガーネの視線が揺らいだ。
『何かを誤魔化している』ものではなく、『おもちゃを取り上げられそうになって必死に我慢している時の子供』のような目だった。
女官長に視線を送った侍女長は、少しだけ身を乗り出してガーネに問いかけた。
「無礼と失礼を承知で申し上げます。特務総監様、『お悩み』なのでしたら秘密裏に宮廷医へとご相談を繋げることも可能ですわ」
「…?お悩み?」
ガーネも2人の『要件』がこれだろうとは察しつつも、何を言わんとして医者を勧められているのかが見えずに小さく首を傾げた。
「ですので、殿方としてのご事情に…男女の営みにおいて、差し支えがあるご様子ではございませんか」
「…………は?」
「最後まで努めを果たせないご事情があるのではないかと、そう申し上げております」
ガーネは盛大に溜息を漏らして背もたれに寄りかかった。
まさか、『不能』なのではないかと言われるとは思っていなかったからである。
そう思うとふつふつと苛立ちが湧いてくる。あれだけ我慢して『やった』配慮を、まさか不能扱いされるとは青天の霹靂だった。
「…あのさ」
「はい」
「お前らは一体どこの誰を捕まえて不能扱いしてやがる」
「失礼ですが、殿方としての発散の形跡もございませんわよね」
「怖いんだけど。なんでそこまで把握してるんだよ」
「侍女ですもの。…で、特務総監様。どうなんですの」
「不能じゃねーよ!先日は単純に外で襲撃に遭った日だったから配慮してやったのと、その後はあの小娘が、俺が疲労困憊過ぎてるのに無理矢理ベッドに引きずり込んでそのままうっかり寝落ちしたのと、昨日こそと思ったのに『初めて』なんて言われてみろ、加減出来なくなる前に止めるだろが!」
「……では、『問題ない』んですわね?」
「当たり前だ!あってたまるか!俺をいくつだと思ってんだまだ19だぞそんな年齢じゃねーわクソが!」
「わかりました。では、『本日のところは』一旦以上で結構ですわ。ただし警告しておきます。特務総監様、陛下の御心を不安定に乱すのは許しませんわよ」
最後にピシャリと釘を刺され、2人が部屋を出てから苛立ちを紛らわせるようにソファに横になった。
「……舐めやがって、どいつもこいつも…!」
「侍女長様」
「…ええ、まさかとは思っておりましたが…あの方、とんでもない『坊や』でしたわね。まさか、『無自覚』だったとは」
朝の支度に伺った際に確認した身体の様子。
『直した』痕跡をありありと感じる乱れて無理矢理整えられたような寝着と下着に、内腿のそれこそかなり際どい箇所までつけられたキスマーク。明確に『行為の名残』はあるものの、一線を超えていないことは見て取れていた。それでいて女王のあの様子もある。
度重なる『未遂』も相成って、まさかと思って突撃はしてみたものの、その方面に関しては問題がなさそうと判断する。
しかし、あれだけ強くても、あれだけ頭がよくても、あれだけ仕事ができても、19歳という未成熟さには抗えなかった様子のガーネという男を目の当たりにし、侍女長と女官長は肩を竦めた。
「無自覚なのが一番厄介ですわね。あれだけ周囲に所有欲と独占欲をひけらかしていたのに、肝心の『好意』を自覚していないだなんて」
「まあ、ですが……そこ以外は『合格』、言うこと無しですわ。自覚をしていただくまでが大変そうではありますけれど…陛下の性格もありますし」




