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断罪ディストーション  作者: 梦月みい
第二十九章『掌握』

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281話「熱の余韻」

「……しんど…」

小さく呟いたガーネの悲痛な声は、まだ薄暗さの残る寝室で掠れて響いた。

ふー、と、かつてない程に深く盛大な溜息が漏れ、一刻も早く自分の部屋に戻って頭から冷水でも浴びて仕事をしようと立ち上がり、床に投げた官服を拾って羽織り再度溜息を漏らした。先程から何回漏らしたかもわからない溜息は、だらしなく震えていた。

身を屈めて同じように床に投げ捨てたガウンを拾い上げると、軽く叩いてから『自分がいた』痕跡のために上掛けの上から丁寧にそれを掛けた。

散々喘いで意識を飛ばした女が小さく寝息を立てる顔を見つめながら、なんとも言えない感情が顔を出そうとしてくるのを無意識に押し留めた。そのままガーネは、絹糸のように美しいディアマントの白銀の髪を撫でて整えてから、柔らかな頬に触れた。


ガーネは最後に小さく息を漏らしてからそっと部屋を出て自室に戻ると、無理矢理熱を下げようと頭から冷えたシャワーを浴びた。そのまま着替え直し、特務室に向かいまだ日の登らないうちから頭を仕事に切り替えた。



数時間後、日が昇り少しずつ朝の賑やかさが城内に広がる。

特務室内でも、全員が集まったところでしばらくはそれぞれ談笑をしたり仕事をしたりとある意味いつも通りの光景ではあったが、ガーネは全員に伝えることがあると自席を立った。そのまま一同の座すスペースまで歩み寄り立ち止まると、全員がややきょとんとした顔でガーネを見つめた。

「座れ。緊急で全員に共有することがある」

立っていたラズリとカルセが椅子に腰を下ろし、立っているガーネに何事かと目を向けた。

「昨日の案件、比較的まずいかもしれん状況だ。東の古い教会での盗難事件、被害品は確認中だが中に破損品とは言え『聖杖』は含まれていた可能性が非常に高い。50年前、芯材に使用されているものが呪具転換が可能なものであると発覚して回収命令が出ているが、回収は3年がかり。その間に流通しているものも少なからず存在するだろう。今回盗難に遭ったのは、『48年前製造』のものでこの回収に間に合わなかったか、わかってて使用したかどちらかだ。ただその課程はどうでもいい。問題は所在だ。昨夜、陛下に占術で見ていただいた結果『見えない』との回答だった」

「…見えないって、どういうこと?」

「陛下が見たのはあくまで『この数日に失せた48年前製造のジェベット聖具工房製』のものだ。『見えない』ってのはつまり、『聖杖として存在していない』か『この世界に存在しないか』だ。ここまで言えば、俺が何を懸念しているかわかるな」

「…ガーネ、ごめん。その芯材って、具体的にどういう用途で使われるの?」

サイフィルが話しの腰を折ることに対しての申し訳なさを覚えた様子でおずおずと挙手をして声を掛けた。

「いや、いい。そういう『わからないこと』は先に聞いてくれた方が助かる。俺も『そっち』にはあんまり明るくはないが、呪いの儀式の媒介にしたり、封印に使ったり。端的に言えば『力を通しやすい』から、良いもんも悪いもんも増幅させるんだよ。今朝少し関連書物漁ってみたが、オーソドックスなので言うと砕いて粉末にして魔法陣の描写補助材に混ぜたりとか、それこそ呪いを込めて対象に食わせたりとか?この辺のもう少し詳しいのは禁書庫か、年配の魔導師か巫術官の管轄だな」

ガーネがこういう形で事件や案件の共有をすることは相当珍しい。それだけ、今回の案件があまりよろしくないという状況だろう。

「ここからは業務命令だ。この案件は正式に『特務案件』とする、その上で『最重要優先指定案件』に指定。危険度を考慮して、王城外への外出は単独行動は禁止。基本ツーマンセルかスリーマンセルで、スメイラはアメジと、ラズリはサイフィルと行動しろ。カルセは都度流動、この案件をもってサイフィルの現場禁止は解除とする。以上、質問は」

「はい」

「なんだカルセ」

「ガーネ様は、当然どなたかとともに行動されますわよね」

カルセの問いかけに、ガーネは肩を竦めた。

「お前はすぐそういうこと気にする。わかってるからそれを聞いてるんだろ、答えはノーだ」

「まあ、許容出来ませんわよガーネ様!」

「許容するもなにも、俺はスメイラやサイフィルと違ってテメェの身はテメェで守れる。それに言っちゃなんだが魔法も巫術も扱いによってはラズリやアメジより俺の方が強い。俺は出力調整が壊滅的に下手くそなだけだ。それに、まだお前らに開示はしてない別件の懸念がある。俺に単独行動されたくなければ、隠密行動でも出来るようになることだな」

鼻で笑ってあしらいながらも、全員ガーネが『言われなくても単独で動く』ことはわかりきっていたために誰もそれ以上は何も言わなかった。

「おし、じゃあ俺は近侍朝伺に行ってくる」



*****



その日のディアマントは、侍女長が朝の支度に声を掛けに寝所を訪れた際から妙に機嫌が良かったりかと思えば急に不機嫌になったりと、乱高下が激しかった。

「────…ことのついでにですが、『昨日の件』で、」

「昨日!?」

ディアマントが突然ガーネの話を遮るように声を上げた。

「……はい、昨日の、例の『失せ物』の件です。正式に特務案件にします。最重要優先指定案件として動きますので、そのご報告をと」

「…そ……そうか」

ディアマントはわかりやすくもじもじしてみたりガーネにちらりと視線を送ってみたりと、『何かあったな』と匂わせるような態度をひたすらガーネに向かって取り続けた。しかし、当の本人は普段通りの涼しい顔で淡々と自身の業務内容について共有し、女王の予定を確認するという『仕事モード』に完全にギアを入れている状態で、女王の小娘のような態度には目もくれない。そうこうしているうちにわかりやすくディアマントが拗ねた顔をしてガーネを睨むと、ガーネもようやく視線を向けて小さく肩を竦めた。

しかし、珍しくガーネがその態度を拾うことはなかった。普段であれば「そういう可愛い顔すんなよ」だったり「はいはい女王様、なんですか」だったりとなにかと可愛がっていたが、今日は一瞥しただけでそのまま一礼して踵を返してしまった。


「…女官長様、このあと少しだけお時間よろしいですか」

「ええ、構いませんよ侍女長様」

同席していた侍女長と女官長は互いに目を合わせて小さく頷きあった。



ガーネは女王の執務室を出て真っ直ぐにヘルソニアの執務室へと向かった。女王の執務室に彼女がいればそのまま頼んだが、いなかったためにわざわざ寄り道をすることになった。

部屋のドアをノックすると、「入れ」と短く返答がありガーネは入室した。

「どうした」

「単刀直入に。…先日の俺宛の分家からの書簡、ヘルソニア様お手元でまだ保管されていますか」

「…あるにはあるが、どうした」

「お借りしたいです」

「まあ、構わないが。『一応』宛名は私だ、用途だけ聞こうか」

「照合に使用します。筆跡鑑定を」

「……いいだろう、持っていけ」

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