274話「開庭招宴1」
「あーあ、また生ぬるい目で見られんだろうな」
「何がじゃ」
「わからないならいいんだよ別に」
あれだけむくれていたディアマントはわかりやすく機嫌を良くした様子でガーネにエスコートされ、待機場所である回廊までの短い距離を2人で歩いた。
階段を降りるために先に数歩進んだガーネの肩にかかったマントが僅かに揺れ、ディアマントは満足そうに目を細めた。
「お手を、陛下」
恭しく差し出されたガーネの手を取り、ドレスの裾を少し持ち上げて階段を降りる。
「ガーネ」
「なんですか、言っときますけど『見映え』の問題で手差し出すのはここまでですよ。この後は肘掴んでくださいね」
「わかっておる、そうではない」
ガーネはぴたりと足を止めて振り返ると、元々身長差がある為先導して歩いていたガーネとディアマントの視線の高さが珍しく同じになった。
「……今日は、妾の隣から勝手に居なくなることは許さぬ」
先日の『庭園散策』で打ち合わせのために少し離れた時のことを言っているのかと小さく笑ったガーネを見て、ディアマントはほんの少しだけむっとしたような顔になった。
「当たり前でしょ。泣くほど悩んでこの肩書き貰ってんのに、易々離れるわけ無いだろ。『そこ』は俺の場所だ」
「…騎士服、やはり似合っておるな」
「ありがとうございます。まだ着せられてる感すごいですけどね。陛下のお隣に立てて光栄です」
待機場所である回廊へ到着し、サイフィルの監視兼自分との連絡要員として比較的移動がしやすい場所に配置したスメイラと仕切りの小窓越しに視線を合わせる。概ね準備完了・問題無しの合図を受け、それぞれ配置についた他のメンバーとも視線を合わせる。
「向こうも問題無いようです」
「よし、ではゆくぞガーネ」
「はい陛下」
会場でのヘルソニアの声に合わせ、迎賓庭園へ降りるための扉が開かれ、侍従が先導する。
ディアマントが先に一歩進み、ガーネは半歩だけ遅らせて隣を歩いた。ごく自然な流れで左肘を差し出し、ディアマントもその肘に手を添えて数段ではあるが階段を降りる。
招待客だけではなく、城の参列者全員の視線が注がれる中、ガーネはディアマントを所定の位置まで案内した。
会場中の視線が中央へと注がれ、屋外にも関わらずしんと静まった。風のそよぐ音が僅かに聞こえる中で、ヘルソニアの声で厳かに開会口上が述べられた。
「ご列席の諸侯ならびに来賓各位に申し上げる。本日は、女王陛下の御代における新体制の発足に際し、開庭招宴の席を設けた。王国の安寧と統治の円滑を期し、ここに新たな体制を内外に示すものである。列席の諸君におかれては、その証人として、また今後の協働の一助として、本席に臨まれたし──── それでは、女王陛下」
ヘルソニアの促しで、ディアマントが一歩前に進む。
「本日はよく参った。本日ここに、王国の新たな体制を示す。其方らには、これまでと変わらぬ忠誠と働きを期待する。以上じゃ」
ディアマントの口上の瞬間、ガーネの視線は会場全体に投げられた。警備人員の配置、特務の配置、そして招待客のそれぞれの位置や『要注意人物たち』の位置とどこに視線が向いているかを即座に確認し始めた。
ガーネが近侍警護としての圧を十分に発し始めたのを確認してから、ヘルソニアは再度口を開いた。
「本日は陛下の御前にて、王城の新たな体制もあわせて諸卿へお示しする。まず、私ヘルソニア・アヴェ・オブシリアンが陛下の側近として宮中実務の統括を担う。次に、宮中侍従を束ねる侍従長、ディーン・セルヴィ・ジーフォルゲ。女官を束ねる女官長、ジステル・アルト・ストリクト。侍女を束ね、陛下の身辺を預かる侍女長、ミモゼ・ネイメ・ルクシ」
名を呼ばれた侍従長、女官長、侍女長がそれぞれその場で一歩前へ進み、参列貴族に向かい一礼をした。
一呼吸置いて、ヘルソニアは続けた。
「続けて、近衛を統べる近衛総監、ジェレイド・エルンスト・ジェスチェルト」
ジェレイドも同じように一歩前へ出て一礼すると、そこで初めて会場内が小さくざわめいた。
「あら、ジェスチェルト伯爵家の次男じゃない?」
そんな声がかすかに聞こえ、ガーネは声のした方へ目を向けた。
────最近裏で『男狂い』という噂が聞こえ始めた男爵家の若嫁か。
ガーネは表情こそ変えないものの、『あのババァは色狂い』とだけ頭の片隅の情報を更新させ、別の箇所へと視線を向けた。
「次に、衛兵を統べ、王城守備を預かる衛兵総監、エーリック・ケイト・アウフリッチ」
エーリックも名を呼ばれ、配置位置から一歩前に出て頭を下げた。視線の先にエーリックの嫁の姿があり、わかりやすく表情を一瞬緩めたもののすぐに顔を戻して元の立ち位置へと戻った。
ガーネもエーリックの視線の先に目を向けると、見覚えのあるエーリックの奥方の姿が目に入り、『今日はさすがに娘は連れてきてないのか』とぼんやり考え、再度会場全体へと視線を向けた。
外遊時の壇上での『見せる抑止力警備』と同様に、わかりやすく視線をキョロキョロさせているわけでは決してない。ガーネは現場での警備責任者としてそういった視線の運びや見せ方が非常に上手く、見られている方は言いようのない緊張を覚えてガーネに注目した。
「王室近衛騎士兼王命執行最高責任者兼異界対策統裁官兼特務総監、ガーネ・ディーム・ロット」
紹介らしい紹介もなく、ただただ長ったらしい肩書と役職を並べられただけのガーネはその場で一歩歩み出た。自然とディアマントの隣よりもやや前に出る形になり、その場で一礼する。そこから半歩足を戻し、開会口上の挨拶で一歩前に進んだディアマントから半歩下がった位置に自然と戻るように歩幅を調整したところで、ディアマントはその『上手さ』に思わず笑みを零した。
「この男が、妾の騎士じゃ」
ディアマントの余計な一言に、会場内が小さくざわめく。ガーネは警戒がちに少し遠くでこちらを値踏みするように見ている従叔父一家、ハルマニーエ家を一瞬だけ一瞥してから正面に視線を戻した。
「最後に、加護と癒しを司る聖女、カルセ・レインヘイト・オランゲーテ」
敢えて来賓と一緒に聖職者席にいたカルセが一歩進み、静かに一礼した。
カルセの紹介が最後と一連の紹介を受けた会場内は、その場で静かに拍手が湧いた。
直後、給仕が一斉に動き始め、全員に乾杯用のグラスが配られた。
祝杯の合図とともにガーネは軽く口だけグラスにつけ、すぐに給仕へとグラスを返却した。
本格的に『警備姿勢』を見せるように、自然と左手を腰の剣の柄に触れさせていた。




