273話「可愛いわがまま」
開庭招宴当日、朝。
城内行事があろうとなかろうと、通常業務は存在する。
ガーネは女王の支度が終わるまでの間に片付けられる仕事は片付けてしまおうと、特務室へと向かい扉を開けた。
ガーネ自身も支度をしていたため、いつもよりも遅い時間であり、人数的には全員が揃っていた。
「……」
一度ガーネは開いた扉を閉じ、案内板の『異界対策特務局』の文字を確認し、再度ドアを開けた。
「何があった」
まるで異物を見るような視線を向けた先には、『正装』した面々がいた。
カルセに関してはいつもの聖衣で代わり映えはしないものの、これが彼女の正装であるので問題はない。スメイラも、淡いベージュのパンツスーツにいつもの緩いトップシニヨンでは無くしっかりと結わえた低めのシニヨンヘアと、首元にはスカーフ。ラズリはいつだったかガーネが買い与えたゴスロリドレスに、普段より大人っぽい化粧とレースがあしらわれたボンネットとツインテール。ここまでは『見慣れた特務女性陣の正装』であったし、ガーネも特に文句を付けたことはなかった。
しかし、『見慣れなすぎて部屋を間違えたかと思う』レベルの男性陣2人組の服装は普段と明らかに異なっていた。
サイフィルは青地の細身のスーツに濃紺のシャツ、アメジに至ってはいつもの『魔法少女』ではなく淡い桜色のスーツとフリルシャツに、ぴっしりとまとめたポニーテールであった。
「厳ついなお前ら。ヤクザの抗争かよ」
純粋な感想の第一声を漏らし、見慣れない姿にガーネ自身も物珍しそうに眺めた。
「似合う?」
「おー、馬子にも衣装って感じ。…とは言うけど、全然悪くないじゃん。普通に似合うと思うけど」
「軍資金があったからね」
コーディネート担当のスメイラとラズリが得意げに言いながら胸を張った。
「それにしてもアンタ、女の子以外にも似合うとかちゃんと言うのね」
「言うだろ。お前は俺をなんだと思ってんだ」
「ほら君たち、スポンサーにちゃんとお礼言いなさい」
スメイラの号令でアメジとサイフィルがガーネにお礼を言うと、ガーネは「はいはい」と雑にあしらった。
「ね、ガーネお願いがあるんだけどさ、ネクタイ出来なくて結んで欲しい。皆ネクタイの締め方わかんなくて」
「あ?あー、貸せ」
サイフィルがネクタイを手にして眉を下げると、ガーネはそのネクタイを取って自分の首に巻いて締めてから緩めて外し、そのまま手渡した。
「そのまま襟の下に掛けて締めたら出来るからあと自分でやれ。カルセ、悪いけど俺の髪やって。エナに会場の手伝い行かせたらタイミング逃した」
「かしこまりました、少しお待ちくださいまし」
「で、ガーネくんは着替えないの?」
比較的いつも通りに見えるガーネの出で立ちにスメイラが首を傾げる。白いシャツにネクタイ、黒いパンツに、いつもと異なるのはブーツを合わせている点くらいだった。
「後で着る。先に仕事片付けに来た」
ガーネが自席に腰を下ろし、通常業務の書類を選り分けながら背後にカルセを立たせ髪のセットを託した。
「こんな時まで仕事する?」
「こんな時でも仕事があるからな。溜めると『また』文句言われる」
少ししてから、特務室の扉がノックされ開くと、女王付き侍従が顔を覗かせた。
「特務総監様、陛下のお支度もう間もなく完了いたします」
「わかった、すぐ行く」
ガーネは処理途中の書類を引き出しにしまい立ち上がると、一度全員に目を向けた。
「いいか、事前に指示した配置は崩すな。何かあったら俺に合図を送れ、目線で気付ける。基本はスメイラか俺の指示に従え。…まあ、今回はお前らは『抑止』配置だ、城の中だし正直そんなに懸念はしていない。…が、粗相はするな。俺の顔に泥を塗る真似は許さねぇ、以上。スメイラ任せたぞ」
部屋を出たガーネは私室に向かい、シャツの上に騎士服を纏い、腰に剣を佩いてからマントを羽織る。
この服に袖を通すのは2回目であるが、色々と『重い』。
それでも、この服を着ているからこそ許される特権のために、ガーネはそのまま女王の部屋へと向かっていった。
女王の部屋に向かう途中の廊下で、会場である庭園に既に集まり始めた招待客の姿を確認する。
開始時間まではまだ相当余裕があるため、ガーネはディアマントのドレス姿を『一番最初に』堪能して褒めてやろうと部屋のドアをノックした。
「陛下、お迎えに上がりました」
「入れ」
「失礼いたします」
部屋に入ると、女官長と侍女長を始め、数人の侍従たちが『女王』の身支度を整え終わったところだった。
ガーネの要望通りのブルーグレーのハイウエストのドレスは金糸の刺繍のあしらわれたレースがあしらわれており、真っ白なレースの手袋と編み込みですっきりと整えられたギブソンタックにティアラを冠した姿であった。
「どうじゃ」
「大変お美しゅうございます、陛下」
ガーネが一礼してから数歩近寄り、改めてディアマントの姿を見つめた。
「…可愛いじゃん。そのチョーカーも似合ってる」
「ふふん、妾は何を召しても美しく可愛い」
「可愛いけどさ、……お前、人前に出るのにそんな『安物』付けて出るつもりか」
「可愛いし似合うであろう。何がだめじゃ」
ガーネがディアマントの首元に視線を集中させ、まさしく自分が贈ったロイヤルブルーサファイアのチョーカーを凝視してぎょっとした顔をしてディアマントを見つめた。ディアマント自身も、意味がわかっていないわけではいなさそうであるものの全く悪びれた様子がない。
「侍女長、なんで止めなかった!」
侍女長を一瞥してガーネが声を上げると、侍女長は眉を下げて口を開いた。
「わたくしも、別のものをおすすめしたのですが…陛下が『どうしてもこれがいい』と譲らなくて」
困ったような顔をした侍女長から時計に視線を移した。幸いにもまだ時間に余裕はありそうで、ガーネは侍女長に指示をした。
「陛下のアクセサリー持って来い、全部!今すぐ!」
「は、はい!すぐに」
「ガーネいやじゃ!妾絶対これがいい!これじゃなきゃいやじゃ!!」
「こんな時にたかだか100万ちょいの安物付ける女王がいるかバカタレ!せめて最低500万だ、お前の『格』が落ちるだろうが!そこ座れ!」
ガーネが半ば無理矢理ソファに座らせたディアマントの前のテーブルに、侍女長が持って来たアクセサリーを見て白手を嵌めてから一つずつ吟味し始めた。
「チョーカーはそれでいい、せめて顔周りだ。…ピアスも『それ』かよ!ほんとやることいちいち可愛いな!なんなのお前!」
「まぁ、見覚えがないものかと思いましたらやはり特務総監様の贈り物でしたのね」
外遊の時に贈ったロイヤルブルームーンストーンのピアスまでしている姿に、実際似合っているがそれ以上にその行動が『可愛い』という感情の声が先行して漏れ出てしまうと、薄々ピアスもチョーカーもガーネからの贈り物だと察していたらしい侍女長が小さく笑い声を漏らした。
しかし、それどころではないガーネはピアスをいくつか選別するように凝視した。
「…ダイヤだけどこれだと300万くらいだな、デザインは派手だが今日の装いには合わねぇな…これは…ホワイトサファイアか、まあ及第点だな。あとはこっちのアクアマリンか…こっちのダイヤのならいいかな。陛下、この中から選んで下さい。800万前後くらいでしょ全部」
「…特務総監様、お目利きがすごいですわね」
「そらどーも」
感心したような女官長と侍女長の視線を受け、アクセサリートレーに載せたピアスをディアマントに見せた。
ものすごく不服そうな顔をしたディアマントと目が合い、ガーネは小さく息を漏らした。
「俺が見立てたやつじゃ不満なんですか」
「妾、これがよかった」
「気に入ってくれてるのはありがたいんですけど、『2人だけの時』にしてくれたらもっと可愛いんですけどね。前にも言ったでしょ、俺がアンタに贈っていやらしくないラインの価格なんだから安物なんだって」
「なら、もっと高いものを妾に贈れ!」
「別にお前が欲しいなら、1000万でも2000万でも1億でも買ってやるよ。正直金が無くてケチってこの価格程度のアクセサリーしか買えないわけじゃないし。でもお前、絶対俺から貰ったって口滑らせるだろ。そうなると色々とややこしいだろうが」
「い、…言わないもん」
「わかったから、じゃあ今日は俺が見立てたピアス付けてくれたら好きなのプレゼントしますから、『内緒』で。多分今たまたま女官長も侍女長も話聞いてないから2人だけの秘密ですよ。ちなみに俺はこのダイヤのピアスかホワイトサファイアだと、顔周りも華やかで今日つけてるどこぞの男が贈ったらしいチョーカーにも、今日着てる可愛いドレスにも合うしいいと思うんだけど。どっちがいいと思いますかね」
「……こっち」
ディアマントがダイヤのピアスを指差すと、ガーネは髪型が崩れないように耳元を白手越しに撫でた。
「いい子。可愛い」
侍女長と女官長、他の侍女たちは一体何を見せられているのだろうかという気持ちになりながら、最後の身支度を整えさせた。
顎先まで細く垂れて揺れるプラチナのチェーンとダイヤモンドが惜しげもなく使われたピアスの選定は、さすがとしか言えないものであった。
「じゃあ、行きましょうか。俺の可愛い女王様」
ガーネは改めて膝をついてディアマントの手を取り、指先に軽く唇を寄せた。




