272話「迎賓庭園」
翌朝、ガーネは『約束通り』王城の庭へ出る準備をしてから近侍朝伺へと赴いた。
「侍女長、依頼の通りか」
「勿論でございますわ特務総監様」
「…依頼?」
ディアマントは小さく首を傾げ、ガーネの顔と侍女長の顔を交互に見た。
「『警備動線確認』の名目だからな。当日に近いドレス丈と重さでと指定した」
「全く同じではございませんが、足さばきなどは近しく出来るように調整しております」
「妾は庭を散策したいだけなのに」
「じゃあ留守番してますか、不満でしたら俺とヘルソニア様と近衛総監と衛兵総監だけで行きます」
「行くもん!」
「もんって小娘かよ。じゃあほら行きますよ」
ガーネは執務室の扉を開け、ディアマントを促した。
ややふてくされた顔のディアマントを見て、ガーネは周囲を確認した。
ヘルソニアと近衛総監と衛兵総監は、回廊の幅などを実際に歩く姿を正面や横から確認するために先に待機しており、執務室前から回廊に向かうまではガーネとディアマントの2人きりだった。
「ディアマント様」
陛下ではなく名前で呼ばれたディアマントは、ぱっと顔を上げて隣に立つガーネを見た。
「わかってるから。あとでちゃんと付き合う。俺にも建前が必要だってわかるだろ」
「…約束じゃ」
「俺が約束破ったことなんか一回もないでしょ」
機嫌の治ったディアマントのやや後ろの隣を歩き、ともに執務室前の私的回廊を抜け、南階段をひとつ下り迎賓庭園前の列柱回廊へ出た。
「ここまでの動線は問題無いか」
「大丈夫そうだな、たまにちょっと足元覚束ない時あるくらいで」
ガーネは階下にいた衛兵総監に確認をし、返答を受けて隣のディアマントを見た。
「ヒール、何cmですか今日」
「侍女長からは3cmと聞いておる」
「それ以上高くすると危ないな。わかった。とりあえず怪我されても困るんで肘掴んで貰えますか」
「うむ」
ディアマントは差し出されたガーネの肘に手を添え階段を降りると、連れ立って庭へと出た。
「入退場はここで、私と衛兵総監は立ち位置はここの予定だが」
「思ったより間隔狭いかもしんねーな。『見せる警備』ならもう少し広く取るか。ヘルソニア様いかがですかね」
「いいと思うぞ。判断は其方に任せる」
「陛下はどう思いますか」
「……」
「?……陛下、お加減でも悪いですか?」
ガーネが返答の無いディアマントの様子を確認するように顔を覗き込むと、ディアマントの視線は警備では無く庭園の奥の方に向いており興味関心は既にそちらに向いている様子だった。
ガーネは『まぁいいか』と肩を竦め、一応ヘルソニアに視線を向けると小さく頷きを返されたため、一度彼女の隣を離れて改めて立ち位置の確認や調整、歩行予定ルートや来賓席の間隔などを確認した。
ややしばらくして隣にいたはずのガーネがいないことに気が付くと、ディアマントは慌ててガーネの傍に駆け寄った。
「こら走るな、いつも言ってるだろ」
ガーネの容赦ない説教にすぐにむくれた顔をすると、それに関してもガーネは小言を言った。
「人前でいちいち不貞腐れた顔すんな」
「……お前、陛下相手に容赦ねぇな」
エーリックが苦笑いしながらまるで娘を見るような目でディアマントを見つめ肩を竦めると、ディアマントは味方を見つけたとばかりにガーネに言い返した。
「そうじゃ。衛兵総監よ、もっと言ってやるがよい」
「言っとくけど、俺の言い方はともかくとして間違ったことは一つも言ってませんからね。俺の言うこと聞けないなら『無し』ですよ。毎日言ってますけど忙しいんですよ俺も、衛兵総監も近衛総監も」
「……近衛総監!」
ディアマントは『味方をしろ』とばかりにジェレイドに視線を向けるも、ジェレイドも苦笑いをしながら返答した。
「…申し訳ございません、概ね特務総監の申し上げる通りかと…」
一瞬だけちらりとヘルソニアに視線を向けたディアマントだったが、彼女が自分の『都合のいい味方』をしないことはわかりきっていたためディアマントは拗ねた顔のままガーネを睨みつけた。
ガーネはそれを無視して他の総監2人と別の確認項目だけ突き合わせをし、ある程度の調整がついたところでいくつか書き込みをした警備案を持ってヘルソニアに近寄った。ガーネから内容を確認してヘルソニアも了承を示すように頷きを返すと、ガーネはようやくディアマントのところへ近寄った。
「陛下」
「……なんじゃ」
「お待たせいたしました。本当は5分だけって思ってましたが、『俺の仕事』にお付き合いいただいたので特別に10分、一緒に散策しましょうか。許可は貰ってきました。……どこから行きますか、俺もここの庭来るの初めてなんでよくわかりませんけど」
「…………よいのか?」
「行かねぇの?せっかく、長く時間取れるように調整したのに。約束したでしょ」
「…妾、あっちの噴水のところ、行ってみたい」
「じゃあ行きましょうか」
ぱあっと顔の明るくなったディアマントが少しだけ早歩きで噴水の方へ向かっていくと、ガーネはその後ろを付かず離れずの距離で追いかけて着いて行った。
「……衛兵総監」
「なんだ近衛総監」
「彼は、『アレ』で本当に『無自覚』なのか」
「……多分?昔から、まじで自分のことに頓着も興味関心も無い小僧だからな」
少し遠巻きにディアマントとガーネの姿を見ていたジェレイドとエーリックは、やや呆れたような顔で呟き合った。
「…しかしガーネはその、わりと女性遍歴は豊富だと聞いてはいるが」
「女食いまくってたのと実際にちゃんと『恋』だの『愛』だのの感情持つのとは違うからな」
「…そ、そうか」
「まぁでも、陛下の方がどっちかっつーと目に見えて『そう』だろうし、時間の問題なんじゃねーの。と、おじさんは思います」
「おじさんと言う年齢でも無いとは思うのだが…」
「ガーネ!この花はなんじゃ!」
「俺が花の名前なんか知ってるわけないでしょ。庭師が手入れしてんだから勝手に毟るなよ」
「ガーネ!!これはなんじゃ、アレは!あっちはなんじゃ!!」
「これは日時計、アレは温室、あっちは東屋」
「この果物は食べられるのか!」
「多分食えるけど、勝手に食っちゃダメだからな」
「ガーネ!」
「なんだよ」
「また来たい!」
「……こんなんでいいなら、俺の都合つくときならいつでも。仰せのままに、女王陛下」




