271話「『良かれ』と思って」
カルセが部屋の片付けをしていると、こんこんとドアがノックされて開かれた。
「こんにちはぁ」
ガーネがディアマントの元へ朝伺へ出た比較的直後、毎回不在時を狙ったわけではないもののタイミングがいいのか悪いのかわからない場面でファルが顔を出した。
「まぁ、ファルさん。どうなさいました?」
「昨日の開庭招宴の件、一日先延ばしにしてもらってるんです。それもらいに来たんですけど…また総監様いらっしゃらないんですか?」
「ええ、離席中ですわ」
「今日は他のみなさんもいないんですのね」
舐めるように周囲を見回したファルに、カルセが困ったように眉を下げて応対した。
「本日は皆様それぞれの業務がございますので…」
「ふぅん。なら、カルセさんでいいですわ。来賓家の随員数と入退場順、確定しました?」
「その件でしたら、確定次第回答しますと昨日ガーネ様がお伝えになっておりますわよね?上長を超えての返答は致しかねますわ」
「えー、せっかく待って貰ってるのに。困りますわ特務のみなさま、書類関係いつも『こう』なんですもの」
「…申し訳ございません」
どうあしらおうかと考えるカルセをよそに、誰もいないのならばとファルは室内を歩き回った。
そうして、カルセが片付けていた最中のガーネのデスクにあった新聞を手に取り丁寧に畳み始めたのを見て、カルセが慌てて駆け寄った。
「ファルさん、困りますわ」
「あら、どうして?私ただ、今日はみなさんいらっしゃらないなら1人で大変かしらと思って、お部屋の整頓してたみたいだからお手伝いしようと思ったのに…私、良かれと思って」
「そ、そうですの。失礼いたしました…ですが機密もございますので、わたくし1人で大丈夫ですわ。お気遣いありがとうございます」
カルセが笑顔でそっと手から新聞を引き抜くと、タイミングの悪いことに入口がノックされてしまった。
「あ、私出ますわ。はぁい、お伺いします!」
「…?えぇと、服務記録係の者です。あの、特務総監は」
応対に出たファルに服務記録係の職員は、ファルの制服を見て総務文官であることはわかりつつもなぜ特務で応対に出てきたかわからず首を傾げた。
「今離席しておりまして。戻ったらお伝えしておきますわ」
「ファルさん!大丈夫ですわ、わたくしが対応いたしますので!」
カルセが慌てて止めに入ると、服務記録係も少し困った様子でカルセとファルを見た。
「え、と…先日の懲戒の件で、処分権限者の確認をしたくて…お伝えだけいただけますか」
「かしこまりました、戻り次第お伝えいたしますわ」
服務記録係を見送り、カルセはドアを閉めずにそのままファルの顔を見た。
「ファルさん、申し訳ございませんが、わたくしもこのあと出る予定がございまして」
「留守番してましょうか?」
「いいえ、ご心配には及びません。随員数と入退場順、ガーネ様に確認しておきますわ」
そこまで言われてしまうと、ファルも引き下がるしかなくなった。
「じゃあ、『また』来ますわカルセさん」
総務の棟へ戻る廊下で、すれ違う若い衛兵や文官がファルを見て「見ろよあんな可愛い子いたか」と噂する声が聞こえる。
ファルはそちらに目を向けると、にっこりと愛らしい顔で笑みを返して化粧室に入り鏡を見つめた。
「…そうよ、だって私が一番可愛いじゃない。21歳で、『可愛い系』で、ちょっと生意気そうな感じで?足だって綺麗な自信もあるし、スタイルだっていいじゃない。おまけに頭もいいし、なにより子爵家の娘なんだから」
鏡を眺めながら小さく呟き、制服のポケットからブランドのリップを取り出し唇に乗せた。
誰がどう見ても『可愛い』顔に満足そうに笑いながら、ファルは文書統制係へと戻って行った。
「あ、ガーネ様。…おかえりなさいまし」
「おう、なにもなかったか」
ガーネの問いかけに、カルセが一瞬固まった。
机の上に最終承認済みの警備案を置いて官服を脱いだガーネは、自席の椅子に雑に掛けて腰を下ろしながらカルセを見つめた。
「…カルセ?」
「あの…大変、申し上げにくいのですが…」
「どうした」
カルセがガーネの席に近寄り、預かっていたキーケースを返しながら困った顔で口を開いた。
「…ファルさんが、いらっしゃいまして」
「何しに来たんだ」
「昨日仰せでした、随員数と入退場順の確認をと。今日まで伸ばしているのでと…特務はいつも遅くて困りますわと言われてしまいまして、謝罪はしたんですが」
「謝る必要なんかなかったのに。そんで?まだなんかあっただろ」
「……わたくし1人だったものですから、ちょっと止めるのが間に合わずお部屋の中を少々…ガーネ様の机周りも、少し。それと、先日のサイフィルさんの件で服務記録係の方が来てしまいまして、ファルさんが『私が対応します』と張り切ってお出になってしまったものですから、少しだけ内容が耳に入ってしまったかと。申し訳ございません」
「そうか、悪いなカルセ。…服務記録係は何と?」
「『懲戒の件で処分権限者の確認をしたい』と仰っておりました」
「わかった」
ガーネは少し考えるように腕を組み黙り込んでしまった。
カルセは一礼してその場を下がると、小さな鍋で牛乳を温め始めた。
その間にガーネはしつこく要求されている確定人数とリスト、入退場順、席次第を清書したものを用意し始めた。
少ししてカルセが机にココアの入ったカップを置きに来ると、ガーネは一度カルセを呼び止めた。
「カルセ、聖職者の席次だけ見てくれ。隣り合わせまずいとかそういうの込みで」
「はい……大丈夫ですわ、問題ございません」
「サンキュ、また呼ぶ」
用意されたココアを飲みながら書類を処理し、封筒にひとまとめにした。
「カルセ、行くぞ。お前はこれ持って文書統制係行ってくれ。『係長に』提出ついでに、『厳重注意の内容を忘れたのか、次はないぞ。好き勝手動かすなこっちに寄越させるな』と釘刺しておけ。俺も服務記録係行くから途中まで一緒に行く。終わったら昼飯食いに行こう」
「かしこまりました」
ガーネは封筒に入れた書類をカルセに手渡し、緩めたネクタイだけ閉め直して部屋を出た。無人になるために施錠をし、カルセと連れ立って総務課のある棟へと廊下を歩いていった。




