269話「聖女と特務総監」
翌朝、予定通りカルセと2人の勤務となり、カルセは室内の違和感に落ち着かなそうにしていた。
「なんだか、皆様いらっしゃらないと変な感じがいたしますわね…落ち着きませんわ」
「お前も向こう行きたかった?」
「いえ、そういうわけでは…ですが参考までにお伺いしたいんですけれど、わたくしを残したのはどうしてですの?スメイラさんかラズリさんの方が良かったのではと思いまして」
そこを聞くか、とガーネは思わず肩を竦めた。
その様子にカルセは首を傾げ、ガーネの顔を見つめた。
「理由はいくつかあるけど」
「気になりますわ、教えてくださいまし」
「スメイラとラズリは比較的俺単体と接する機会が最近多かったから、敢えてお前を残したかったってのと」
「…まぁ」
「あとは普通に業務的に、俺が何かあって席外す時も、ラズリよりお前のほうが愛想よく対応出来るってのもあるのと…単純に、席次だったりとかの相談はスメイラよりお前のほうが話が早い。今回はお前は特務じゃなくて聖女としての仕事になるからな。それと、一応お前俺の側近みたいな扱いだし」
「そ、そうですの。…お茶、ご用意致しますわ。何がよろしいですか?」
「あー、ココア。牛乳多めの」
「かしこまりました」
少し照れた顔をしたカルセが立ち上がると、特務室の扉がノックされた。
立ち上がったところだったカルセがそのままドアを開けると、ドアの向こうにいたのは近衛総監ジェレイドだった。
「おはようございます、聖女様」
「近衛総監様、おはようございます。ガーネ様ですか?」
「はい。いらっしゃいますか」
「いるぞなんだ」
ガーネは読み終わった新聞を畳むと、席までやって来たジェレイドの顔を見上げた。
「……待て、なんかめちゃくちゃデジャヴ。怖い。嫌な予感がする。帰れ」
「なんの話だ。いい話と悪い話しがあるが、どちらから聞きたい?ガーネ」
来て早々邪険にされたジェレイドは思わず苦笑いをしながらも肩を竦めて続けた。
「…じゃあ、悪い話から聞こうか」
「昨夕練り直した警備案に、再度修正が必要になった」
諦めたように目を細めたガーネを見て昨日練り直したばかりの図案一式を手に持ちガーネに見せたジェレイドは、言葉を選ぶことなく端的に告げた。
「ま……まじで言ってる…?なんで…」
絶望したような顔のガーネに、ジェレイドは一通の書簡を差し出した。
「それがいい知らせの方だ。先程届いたばかりの書簡だ、トーパス・グロウヴ・ゲルブ辺境伯は『来られない』とのことだ。名代が来るそうだ」
書簡を受け取り中身を確認すると、わかりやすくガーネは表情を変えた。
「ほー、何よりだ。俺あの野郎嫌いなんだよ、二言くらいしか会話してねぇけど」
「あの場で見ていたらわかる、それでだ。名代が来るということは席次はおそらくこうなるだろう。となった時の警備案を修正せねばという次第だ」
「めんどくせーな。今日衛兵総監休みだぞ」
「知っている、だから直接君のところに来たんだ」
「近衛の方はいいのか」
「問題ない、君こそ…今日は随分と閑散としているな」
「まーな。ここでいいか、この状況だからあんま長時間外したくない。カルセ、悪いちょっとお使い行って来て」
「はい、どちらまで?」
「陛下んとこかヘルソニア様んとこ。もしくはその侍従でいい、『ちょっと遅れます』って」
「かしこまりました」
カルセが部屋を出て行き、ガーネも立ち上がった。
「そういえば、君のところ1人懲戒が出ていたな」
「出ていたなっつーか、出したんだよ。俺が。譴責・謹慎・反省文」
「その前には文書統制係の責任者を叱責したと」
「耳はえーな」
「あとは陛下の部屋から一晩出てこなかったとか」
「なんなんだよ何もしてねーよまだ!」
盛大に舌打ちを漏らしながら席次と招待客リストを手にして眉を寄せたガーネは、面倒そうに舌打ちを漏らした。
「ゲルブ辺境伯名代、随伴何人だ」
「従者1、護衛1と聞いている」
「本人来ないならまるっと来なくていいのにな」
「そういう訳にもいかないだろう。私の実家も招待を受けているし、基本こういうものは招待を受けたら余程のことが無い限り参加するものだろう。それに長寿種家系でも無い限り、こういう催しは始めてだろう」
「あーまあ確かに、カルセの話でも300年くらい前に一回だけ似たようなことはやったような話してたな。その時はもう少し規模絞って伯爵家以上しか招待しなかったらしいけど」
会話の途中でカルセが戻ってくると、ガーネは図案を持ってジェレイドを隣の総監室へ促した。
総監執務室でもあるその部屋のソファに腰を落とし、テーブルに図面を広げた。
「というか、君もこの部屋使った痕跡があまりないな」
「今までのあの席で支障がないからな、昇進で『建前』で与えられた部屋に過ぎないし…まあ、仕事っつーより昼寝部屋だ俺の。お前も衛兵総監だって、詰め所にいるじゃねぇか」
「…支障が無くてだな」
およそ30分かからず調整が終わると、ガーネは深く息を漏らした。
「もう何も変更しないで欲しい」
「さすがに身内の不幸以外では変更はもう無いのではないか、とりあえずこの内容で最終承認が降り次第近衛の方も調整する」
「衛兵総監には俺から共有しとく」
近衛総監が退室したあと、ガーネは自席で資料をまとめ直して時計を見た。
「カルセ、1時間くらい1人で平気か?」
「大丈夫ですわ、案件が入りましたら内容と場所をお聞きしておきます」
「何か困ったらすぐ来い、特務室の鍵預けとく」
自分のキーケースごとカルセに投げ渡し、ガーネはそのまま女王の執務室へと向かった。




