267話「ローウェン文官補」
「ファルちゃん」
アメジが応接スペースに向かい、ファルの正面に座った。そのまま間のローテーブルに記録札とペンを置き、にっこりと笑みを浮かべた。
「お仕事手伝ってくれるんでしょ?この札に全部、通し番号振ってほしいの。100単位でね」
「わかりました」
ファルが置かれたペンを手にするも、アメジは立ち上がる様子もなく正面に座ったまま別の作業を始めた。
「…特務って、お静かなんですのね」
ペンの走る音が静かに響くパーティションの向こうを見て控え目な声でアメジに声を掛けたファルに、アメジは視線を向けて肩を竦めた。
「うるさい時はうるさいわよ。今日はみんな、それぞれの仕事があるだけよ」
「みなさん、仲がよろしいんですのね」
「うーん、悪くはないと思うけど。どうなのかしら」
「特務総監様、お怖いんでしょう?」
「まぁねぇ、めちゃくちゃ怖いわよ。でも怖くないとこの仕事出来ないんじゃない?ましてやあの若さでトップなんて成り立たないわよ」
「特務のみなさんとは随分と気さくでいらっしゃるんですね」
「気さくっていうか、慣れてるだけよ。あたしだって怒られる時は超怒られるし。でも間違ったことは言わないし、理不尽なことも言わないからね。あたしたちはみんなそれをわかってるから。ま、基本ああいう子だから誤解はされてるかもねぇ」
「でも、女性にはやっぱり相当おモテになるみたいですわね、総監様。先日他の部署の先輩から聞きましたわ、王城四壁でしたっけ」
「お城の中じゃそういうことくらいしかエンタメないからね。顔がいいのは間違いないし、仕事も出来るし、特務総監で近衛騎士だもの。モテるんじゃない?」
「誰か今、特定の方とかいらっしゃるのかしら」
「うふふ、さぁねぇ?どうかしら」
含みのある言い方をしたアメジに視線を向けたファルが、ちらりとパーティションの向こうへ意識を逸らした。
特務内の女性は3人。補佐官のスメイラと、巫術医官のラズリ、そして聖女のカルセ。
ガーネの性格を考えて、近すぎる相手に特別な好意を持つとは考えにくい。まして、『どの女も好みではなさそう』である。
強いて言うならば、聖女のカルセと医官のラズリはどちらかと言えば好みの顔立ちの括りにはなるであろうが、ラズリは歳が下過ぎるしカルセは柔和過ぎる。
ファルは小さく「ふぅん、そうなんですね」とだけ短く返し、通し番号を振り終わった荷札をまとめたところで特務室のドアが開いた。
「あっ、総監様!おかえりなさい」
顔を上げたファルが笑顔で声を掛けるも、ガーネは真顔で一瞥してから室内に戻って行った。
溜息混じりに自席に腰を掛けると、応接スペースでファルがアメジに「これ丁度よく終わりましたわ」と差し出し、小走りでガーネの席にやって来た。
「なんの用だ」
「開庭招宴の来賓家の随員数と入退場順を確認したいんです。特務側で把握してる数字とズレたままだと困るので」
「今詰めてる最中だ。未確定の数字は出せない。必要なものは確定後に回す」
それだけ端的に返すと、ガーネは手にしていた直前まで使用していた警備案資料の束を広げて『忙しい、帰れ』の姿勢を取ったが、ファルはめげずに動く気配がない。
「困りますわ総監様。最終稿、今日中なんです」
「今日中に欲しいのはわかった。何度も言うが今はまだ確定してねぇ。確定したらこっちから回すって言ってんだろ」
「でも、どうしても欲しくて」
ガーネの舌打ちが出そうになった瞬間、特務室の扉が開いて連絡員の衛兵が顔を覗かせた。
「特務総監、すみません。特務案件なんですがご対応お願いいただけますか」
「状況と場所は」
「西の貧民街です。不審火報告なのですが、明らかに術式由来のものでして…民間人被害は出ておりません」
「チッ、あそこか。女連れて行きたくねーな…アメジ、出る用意しろ。俺が出る、スメイラは待機してろ。────で、ローウェン文官補。話しの続きだが、欲しいのと出せるのは別だ。線引きくらい覚えろ。見ての通り俺は忙しい」
ガーネはファルがまだ食い下がろうとするのを無視して引き出しに資料をしまい、拳銃をホルスターに差して立ち上がった。
「ガーネ、僕は」
「留守番だ、連れて行かん。スメイラこっち任せる。それとアレを追い出せ」
アレと言いながらファルを指差し、ガーネはアメジとともに現場に向かう為部屋を出た。
「ファルさん、申し訳ないけど案件が走ってるのでここからは機密です。ご退室を」
「…わかり、ました…」
「アメジ」
「なぁにガーネ様」
「あの女、いつから居座ってた」
「うーん、ガーネ様が衛兵総監様と出てからだから…30分くらい?かしら」
「余計なことは喋ってないだろうな」
「そんな大した話してないわ。ガーネ様怖い?とか、ガーネ様モテる?とか」
報告のあった現場へ向かう道すがら、ガーネはアメジに問いかけながら少し考えるように眉を寄せた。
目的も理由もわからない彼女の行動に、ただ無性に苛立ちだけが募っていった。




