266話「文書統制係の可愛い子」
「ガーネ様、お送りしてきましたわ」
「ご苦労さん」
さも興味が無さそうな様子で書類を処理するガーネを見て、ラズリが口を開いた。
「アンタ、あの男が一口紅茶飲むの待ってから向こう行ったでしょ」
「フン、当たり前だろ。カルセがわざわざ淹れてんのに、一口も飲まないで追い返したら勿体ないだろ」
「性格悪」
「褒めてくれてありがとよ」
「……で、ガーネって家督継ぐの?」
サイフィルがおずおずと口にすると、ラズリがサイフィルの椅子を蹴った。
「バカじゃないのアンタ。どういう家なのか知らないの?普通の貴族の相続問題と違うんだよ」
ガーネが分家当主である従叔父を特務室で雑に扱ったのには理由があった。
まず『本気で話を聞くつもりがないという姿勢の表現』と、敢えて自分のテリトリーに引き込んだことによる『不必要な会話の制限』、そして何より『立場の違いの誇示』であった。
ただ、特務室内で話したからにはそれ相応の覚悟もしてはいた。
家督問題について、どう頑張っても『気にされる』ということだ。
現状、ガーネ自身は家督そのものに一切の興味関心も無く、まして今の立場と多忙さに加えて律衡家としての働きもとなると、身体がいくつあっても足りない。
小さく溜息を漏らしてから背もたれに寄りかかり、特務の面々には多少のことは話してもいいつもりでいたガーネはペンを置いて腕を組んだ。
「…俺の『ロット』姓ってさ、母方の超遠縁なんだよ。俺は14年、その苗字で生きてるし実際戸籍もそうだ。それがわりと答えだと思うんだけどな。さっき来たアレは父方の、従叔父。『本家グリーチェウト家』の、筆頭分家だ」
「…ガーネ様のおうちのことなのに掘り下げて伺って申し訳ないのですが、『今更』…ということですわよね?」
「家督もそうだが、律衡家ってのはカルセもわかってると思うけど相当特殊な家だからな。貴族としての序列は与えられてるわけじゃないが、まあ公爵…公爵まではいかねぇか、侯爵以上公爵未満くらいの序列と権威がある。歴史だけは無駄に古い旧家だからな。俺が生きてる時点で相続に関しての第一相続人は俺になる、つまるところ分家である連中は、本家の乗っ取りに成功しない限りせいぜい子爵程度くらいの序列のまま、ってのが向こうにしてみたらまず問題のひとつだな」
「げ、アンタん家そんなご立派だったの」
「だから俺は『母方の超遠縁の夫婦の養子の庶民』なんだって。まあ、庶民とは言っても普通の庶民家庭よりは裕福ではあったか」
「……他に、ガーネ様に継がせたい理由はなにかあるのでしょうか」
「本家筋にしか動かせないものが多々ある。家の蔵の奥の間然り、財産然り、あとは律衡の運用上本家嫡流じゃなきゃ扱えないものは正直いくつかあるっぽいな。この前家の蔵から『借りてきた』文献の類を見た感じ」
「……また盗んできたの」
「盗んでねーよ。いいか、一応『俺の実家』だぞ。…とは言えだ、正直『相続放棄』するにしても、戸籍が色々ややこしい。手続きも面倒臭い。連中、俺ん家の資産ちょろまかしてるんだからそれで今まで通り『表向き』運用してりゃそれでいいと思うんだけどな。ま、アレだろ。俺の顔と名前が世間に出過ぎたのがきっかけだろうな。正式な『本家』の扱いになって、王権に食い込みたいんだろうと思うぞ。いかにも小物が考えそうなことだ」
そこまで話すと書類仕事を再開しようと姿勢を直し、ペンを手にした。
ガーネが仕事に戻った姿を見て、一同はそれ以上何も言えなくなった。
夕方、再度特務室の扉が叩かれ勢い良く開いた。
「あ、良かったガーネ、いたか。ちょっといいか」
「はい」
顔を出した衛兵総監エーリックに呼ばれ立ち上がると、室内に入ってきたエーリックが開庭招宴警備案を持参しガーネの机に広げ、隣に参加者予定名簿を並べた。
無言の提示にガーネも首を傾げるも、出されたリストを見て眉を寄せた。
「………げ、まじか。1週間前に急に来るとか言うかよこの家。しかもなかなか癖強で有名だろ、参ったな…配置練り直しか…いや、ってなると席次も変える必要出てくるな」
「察しが早いな相変わらず」
「そんでこの家来るってなったら陛下の動線も変わるだろ。めんどくせぇな…今日中に練り直しか…」
「そういうことだ、つーことでスメイラちゃん、ガーネ借りてくからな。なんかあったらどっかいるから」
「ど、どっかってどこですか衛兵総監」
エーリックの雑な物言いにスメイラも困った顔でガーネを見ると、エーリックも同じようにガーネを見た。
「うーん、どこだろガーネ」
「近衛かヘルソニア様んとこか評定室か、最悪陛下の執務室」
ガーネは引き出しに書類を片付け、面倒そうな顔を隠しもせずに衛兵総監とともに部屋を出て行った。
ガーネが部屋を出た数十分後、特務室のドアが控え目にノックされ、たまたま近くを通りかかったラズリが開ける。ほんの一瞬だけ露骨に面倒そうな顔をして、ラズリは口を開いた。
「…ご要件は」
「こんにちは、お疲れ様です。開庭招宴の最終稿を今日中に回さなきゃいけなくて、来賓家の随員数と入退場順だけ確認したいんです。特務側で把握してる数字とズレたままだと困るので」
それを伝えたファルは促されてもいないのに室内に入り込み、周辺を見回した。
「あら、また特務総監様いらっしゃらないんですの?」
「いないわよ。出直したら?いつ戻るかわかんないけど」
「でしたら、補佐官様でも構いません。教えていただけますかしら」
「…今日中に必要なのはわかった。でも今、総監と衛兵総監がその数字を詰めに行ってる最中なんだよね。つまり、今ここで返せる人がいないの」
スメイラが苦笑いしながら返答すると、ファルはわざとらしく眉尻を下げて困った顔をした。
「でも、最終稿に回さないと困るんです」
「知らないもんは知らないわよ。アンタが今日中に必要だろうが、こっちが今答えられないものは答えられないでしょ。勝手に困ってなさい」
ラズリの物言いにわずかに顔が引きつったファルだったが、めげずにスメイラの顔を見上げた。
「総監様、いつお戻りですか?」
「私にもわかりません、戻ったら伝えておくから」
「…総監様、いつもなかなか会えないんですもの。こちらも仕事が止まってしまいますし、待たせていただいてもよろしいですか?」
ラズリとスメイラは互いに目を見合わせ、小さく溜息を漏らした。
「待つのは別にいいよ。その代わり、こっちの仕事の邪魔しないで。私たちも今業務中だからね」
そこでファルは愛らしい笑顔を向け、小さく首を傾げた。
「でしたら待たせていただく間、なにかお手伝い出来ることはございますか?書類の並べ替えとかでしたら私にもお手伝い出来ますわ」
「ないわよ。黙って座ってな」
ラズリがピシャリと言い放つと、有無を言わさずに自席に座って作業の続きをし始めた。
ファルも無言でソファに腰を下ろすと、退屈そうに髪をいじったり足を組み替えたりしながらちらちらと視線を投げていた。
ファルという『異物』が室内にいることで、迂闊に下手な話しもできない。存在がやかましいと一同が思い始めた矢先、アメジがスメイラに視線を向けた。スメイラは視線を感じて顔を上げると、アメジが無言で記録札と綴り紐を見せて来たためスメイラもそれを察して小さく頷いた。




