265話「本家嫡流」
「お前は可愛い女と綺麗な女、どちらが好みじゃ」
「………はぁ?」
近侍朝伺のために予定を確認してから、どうでもいい雑談を振られることももはや『日課』になっていた。ガーネが本当に忙しいときは5分程度で切り上げる時もあるが、そうでは無い時はたっぷり1時間拘束されたこともあった。
話題は毎回わりとどうでもいいことであったが、ただ喋りたいだけなのかなんなのか、一生懸命に毎回話題を探して喋っている顔が可愛いと思いガーネはごくたまにしか文句を言わずに基本付き合っていた。文句を付ける時は本気で忙しい時である。
しかし今日の話題は一段と突拍子もない。質問の意図がわからず、ガーネはソファに座ったままディアマントの顔を見つめた。
「…なんですかその質問」
「先日の王都散策の時は可愛い方がよいと申しておったが、今度の開庭招宴は綺麗にしろと言っておった」
「あー、そういう」
ガーネは思わず肩を揺らして笑ったが、ディアマントは質問をはぐらかされたとむくれた顔をした。
「陛下」
「なんじゃ!」
「陛下って、お顔立ちが大変美しいと思うんですよ。言われるでしょ?」
「言われるし、妾が美しいのは知っておる」
「そういうこと」
立ち上がったガーネの返答に、ディアマントは意味がわからなそうに首を傾げた。
「内緒ですよ、ちょっと耳貸してください」
今現在、ディアマントの執務室にはガーネと部屋の主であるディアマントしかいない。ガーネが一歩近寄り、手にした書類で口元を隠しながら手招きし、ディアマントも反射的に立ち上がってガーネに歩み寄った。
ガーネはディアマントに合わせるように少しだけ上体を屈めて小さな耳元に口を寄せると、ごく小さな声で囁いた。
「お前の可愛いところは、俺だけが知ってればいいからだよ」
「…は、えっ、ま、待てガーネ!」
「ははは、すんません忙しいんで。また気が向いたら来ます」
からかうように笑いながらガーネが部屋を出ていくと、取り残されたディアマントは酷くむくれた顔をしてドアを睨みつけていた。
ほんと可愛い女、と比較的気分良く特務室に戻ったガーネだったが、一気に不機嫌に傾く一言が待ち受けていた。
「ガーネ様」
「どうしたカルセ」
「あの、ご面会のお客様が…ハルマニーエ家の、ご当主様と仰せの方でして。わたくしどももお伺いしていなかったので来客控室でお待ちいただいております」
「……フン、来たか」
ガーネの顔が冷えた表情に代わり、自席に腰を下ろして足を組んで少しだけ考えた。
「来てからどのくらい待たせてる」
「10分くらい、でしょうか」
「そうか、カルセ。『俺は忙しい』といって、あと30分は待たせておけ」
「え?か、…かしこまりました」
ガーネの指示通り門衛のところに向かったカルセは、『別件対応中でもう少しかかりそうです』とだけ伝え戻って来た。
その間ガーネは、書類もそこそこに新聞を広げて読み始めた。
戻って来たカルセが新聞を読むガーネを見て、いつものようにお茶の用意をし始めた。
普段比較的速読でわりとすぐに読み終わる新聞も、わざとなのかいつもよりも時間を掛けて地方紙まで含め10紙を読み終わり、ようやく時計に目を向けた。
「……そろそろ呼んでやるか。ラズリ、呼んで来い」
「いいけど、どこに」
「ソコで十分だ」
ガーネは視線で特務室入口の応接スペースを示し、ラズリは立ち上がって部屋を出た。
カルセが少しぬるくなったであろうヤカンの湯を沸かし直しに立ち上がり、ガーネは雑に新聞を畳んで机に積んだ。
「お待たせしました。特務総監がお呼びです」
ラズリが門衛に言われた来客控室には、質の良い濃紺の礼装に胸元に家の意匠、指には高価そうな印章指輪を嵌めた40代半ばくらいの男が少し苛立った様子で待っていた。
やっと来たかと言わんばかりに顔を上げたかと思えば、入口で声を掛けたのは見た目が14歳前後のロリータ服を着た少女が憮然とした顔で立っていた。
「お嬢ちゃん、特────」
「こちらですどーぞ」
何かを言いかけた男の言葉を遮り、ラズリは背を向けて先導するように歩き始めた。
案内されたのは、来客応接間でも側近や高位職者用の小応接室でもない、『異界対策特務局』と案内札の掛けられた部屋であった。
スタークは散々待たされた挙句に案内に寄越したのが年端もいかないような少女で、しかも通された先が特務総監の執務室でもない部屋とあってごく小さく舌打ちを漏らした。
「どーぞ、おかけください」
ラズリは入口近くの応接スペースにスタークを着席させると、無愛想ににこりとも笑わずにさっさと席に戻って行った。
あまり部屋の中をじろじろ見るのも、とは思いつつもパーティションの向こうには明らかに人の気配がある。そも、ただの衝立であり、ここでの会話は全て筒抜けであろう。
一体どういう腹積もりなのかと考えていると、目の前のローテーブルに紅茶が置かれた。
「どうぞ」
「…どうも」
カルセがにこりと笑みを浮かべて会釈をし、立ち去る。
スタークは警戒するように周囲を見回しながら紅茶を飲んでややしばらくしてから、ようやくガーネが立ち上がった。
わざとらしく盛大な溜息を漏らし、応接スペースに向かった。
「待たせたな」
それだけ雑に言うと、挨拶らしい挨拶も無くどっかりとソファに腰を下ろす。そのまま片足を組んで腕を肘掛けに置くと、まっすぐにスタークを見つめた。
「ひ…久しいな、ガーネ殿」
「そうだな」
「まずは生きておったこと、喜ばしく思う」
「そうか」
「長らくこうして向き合う機会がなかったのは、残念だ」
「そんなことねぇけど」
ガーネのぶっきらぼう過ぎる返答に、スタークの顔がやや引きつった。そのタイミングでカルセがガーネの元にも茶を出しに来た。
「ガーネ様、こちら置きますわね」
「おう」
再度会釈だけしてカルセがパーティションの向こう側に引っ込むと、ガーネは面倒そうな顔でスタークに視線を戻した。
「…で?要件さっさと言ってくんないか」
「い……家の件だ。本家嫡流殿。お前がどう思おうと、本家の名と家督の問題も消えん。我々も預かる立場として、曖昧なままにはしておけん」
「……」
「いずれ一度、腰を据えて話さねばならん。お前の意見も聞かせてもらいたい、なぁ?若君」
「若君、ねぇ…お前ら、俺がこの前『家』に行ったのは知ってるんだろ」
「それは、まあ…どこからどう入ったのかは知らんが」
「叔父上、その『本家嫡流殿』になにか言うことはないのか」
「だから、家督の件だ」
「そうか。よし、話は聞いてやった。帰れ」
「……は?」
「は?じゃねぇ、俺は忙しい何度も同じこと言わすな。俺はな、お前が『話を聞いて欲しい』と言うから『聞いてやった』に過ぎない。それも『女王陛下の顔を立てて』だ、そうでもなければ俺が生きていることも知っていたはずが今更なんだ、仕事の邪魔だ。…カルセ。お送りしろ、城の門までな」
「承知いたしました。…ご案内いたします」
さっさと立ち上がったガーネの顔は、幼少の頃の面影は確かにあった。しかし、いい意味でも悪い意味でも、ガーネの母にも父にも良く似た冷酷さを孕んだ顔立ちにスタークは小さく舌打ちを漏らした。
「…では、またお目通りを。先の開庭招宴、我が家も招待を受けております故」
「はは、女王陛下に『ご挨拶』出来るといいな」
それだけ言うと、ガーネは振り返りもせずにパーティションで簡易的に仕切られた向こう側の自席に戻って行った。




