263話「反省文」
「じゃあスメイラ、俺予定通り開庭招宴の警備案の話でヘルソニア様んとこか陛下のとこか、俺の部屋にはいるから。何かあったら来い、あと頼む」
「オッケー」
夕方前、ガーネは前日の宣言通りある程度の書類を抱え持って特務室を出た。
書類の束をパラパラと眺めながら、とりあえず女王の執務室に行くかと足を向け、部屋の扉をノックした。
「入れ」
「失礼いたします」
「…なんじゃ、すっかり『普通』の顔をしおって」
「普通じゃない顔ってどんな顔期待してんだ。仕事の話しに来てんだから普通の顔すんだろ」
「つまらん男じゃ、仕事の話か」
「仕事だよ!!」
応接スペースにて、正面にディアマントとヘルソニア、その向かいにガーネがいつものように腰を下ろし、図面とともに案の調整をした。
「ガーネ」
「はいヘルソニア様」
図案と資料を確認したヘルソニアが、まじまじと書類を見つめながらガーネの名前を呼んだ。ガーネは顔を上げ、視線の合わないヘルソニアに目を向けて返事を返した。
「其方、この短期間でここまで案を詰めたのか」
「不足があれば修正しますが」
「いや、十分過ぎる。私の意図をここまで汲むとは思わなかった。とんでもない男だな」
「褒められてますかそれ。…あ、ただし特務に関しては少し配置変更するかもしれないです。あのクソバカ次第でアイツの配置考えます。ダメそうなら容赦なく外します、貴族連中がいる中で下手な真似されたくないので」
その返答に、ディアマントも肩を竦めた。
「その件に関しては昨夜妾が了承しておる。警備の責任者はお前じゃ、お前の裁量に全て任せるし、信頼しておる」
「あんま過信しすぎても俺も一応人の子なんでミスる時はミスりますよ。まあ、ここに持って来る前に衛兵総監にも近衛総監にも相談してますけど」
「話は変わるがガーネ」
「はい」
「其方、寝ている時死んでいるようだと言われないか。陛下が心配していたぞ」
「なんでその話蒸し返しますかね。ラズリには言われましたけど、『息してんのかと不安になった』って。まあでも、そもそもとして俺人前であんなに爆睡してたの昏睡だった時はさておき初めてかもしれないです。余程どこぞの小娘の子守りで疲弊してたんですかね」
「それは否定出来んな」
「否定せよ、誰が小娘で誰の子守りじゃ」
*****
「…しつれーしまーす…」
夜、特務室にサイフィルが来た。
ガーネの意図を汲んだスメイラは、夕方には全員を部屋から下げさせた。
スメイラしかいない部屋に訪れたサイフィルは、他のメンバーがいないことよりもガーネがいないことに安心したように小さく息を漏らした。
「そこ、座って。書いてきた反省文出しなさい」
スメイラが指し示した応接用のソファにサイフィルが腰を落とし、ローテーブルに反省文を置いた。
「…あの、ガーネは」
「離席してる、打ち合わせ」
サイフィルの正面のソファに腰を下ろし、サイフィルが書いた反省文を眺めた。
ガーネの読み通り、途中からどんどんと言い訳のようになっている文章に眉を寄せ、深く溜息を漏らした。
「駄目。こんなの提出させられない」
「え、一生懸命書いたのに…」
「あのね、まずガーネくんがなんであそこまで怒ったか、君本当にわかってる?自分の言葉で説明して」
サイフィルは少しだけ視線を泳がせ、口を開いた。
「ガーネの居場所言ったから?あと、すぐ謝らなかったから」
「それはなんで駄目だったの?」
「ええと…だ、だって、尋問の中身喋ったわけじゃないしさ、…書類止められてるってファルちゃん困ってたし、それに、居場所くらいでそんなまずいと思わなかったし…だって、衛兵総監さんとか来た時は、スメイラさんも『尋問で地下牢です』って言うじゃん、僕誰が良くて誰が駄目とか、わかんないし、ファルちゃん同じお城で働く人だし、提出書類で内容とかもわかることだし、文書統制係だから無関係じゃないしって。…ガーネめちゃくちゃ怒ってて怖かったから、タイミングもわかんなくて、あんなに怒られると思わなくて」
「うん、まずその考えが全部駄目。まず書類、ガーネくん『まだ出さなくて良い。俺が見てから俺が出しに行く』って言ってたでしょ。覚えてない?ついでに聞くけど、ファルさんとガーネくんはどっちが立場上?」
「…ガーネの方が、上」
「ならまずその時点で、ガーネくんの『あの書類まだ出さなくて良い』って言ってた『命令』が発生してるの。それを勝手な判断で出すのは命令違反」
「出したわけじゃなくて、ファルちゃんが持っていったんだよ。それにカルセさんも『でしたらお持ちください』って」
「そうやって他責にしないで。カルセさんは『差し戻された書類だけ』って線を引いた上でその判断に切り替えたのは、彼女が高位職者なりの責任の取り方も知ってるから。まずカルセさんはすぐ私とガーネくんに報告と謝罪をして来たよ。私もガーネくんも、その判断自体は間違ってるとは思わない。そこに関してはガーネくんだって怒ってない。なんなら、『俺が引き出しにしまわなかったのが悪い』まで言ってたんだよ。カルセさんは『持っていっていい』って判断をして許可したわけじゃない、まずそこ履き違えないで」
「…はい」
「次にね、私が衛兵総監や近衛総監相手にガーネくんの居場所を言うのと、君がただの一新人文官補にガーネくんの居場所を言うのは意味が全く違う。言っちゃいけない理由は昨日ガーネくんも説明してたけど、そこはわかってる?」
「近衛総監とか衛兵総監が知ってていいのはわかるけど、ファルちゃんだって全然関係ない人ってわけじゃないじゃん。文書係だし、仕事で特務とも関わってるし……そこまで線引きしなきゃいけないって、正直あんまりわかってなかった……」
「うん、そこがまさに駄目なんだよ。『全然関係ない人じゃない』と『知っていい人』は別。文書係で特務と関わりがあることと、その時その時のガーネくんの居場所や業務内容を知っていいことはイコールじゃない。わかる?仕事で関わる、っていうのは『必要な時に必要な情報だけ受け取る』って意味であって『関係部署だから知ってて当然』じゃない。しかも今回は、ただ不在ってだけじゃないでしょ。地下牢にいる、尋問中、しばらく戻らない、までまとめて渡してる。あれはもう『ガーネくんの居場所』だけじゃなくて、『今特務が何を動かしてるか』まで渡してるの。近衛総監や衛兵総監は、その情報を受け取る理由と責任がある人たち。何かあった時に、その情報込みで動く立場だから」
サイフィルの双眸に涙が滲み、スメイラは一旦言葉を切って小さく息を漏らした。
「…ファルさんは違う。あの時点では、ただ『聞いてきた人』でしかないの。そこで君が『関係ある人だし大丈夫』って線を勝手に緩めたのが駄目。昨日ガーネくんも言ってたでしょ。もし、これが尋問じゃなくて、騎士として動いている時で陛下の護衛で秘匿の案件で付き添ってたら?私たちは彼が上長だし、たまたま場所を知ってたとして、それを他に漏らしたらどんなことになると思う?その内容が国家機密だったら?」
「………」
「『悪意がなかった』とか『関係ある人だと思った』とかは、全部君の感想。必要かどうかを決めるのは君じゃない」
「…ごめんなさい」
「最後にね、『ガーネがあんなに怒ると思わなくて』ってのが一番駄目。君が口軽いのなんてみんな知ってるんだから、ちゃんとすぐにガーネくんに謝罪してたらあの子あそこまで怒らなかったと思うよ」
「…僕も、謝った方がいいのはわかってたけど…文書係の偉い人呼ばれてあんなに怒ってて、それで僕まで行けないじゃん…」
「いい加減にしなさい。文書統制係の責任者に対しての厳重注意と君の失態を同列にしないで。ガーネくんが一番怒ってるのは、『自分の判断で軽々しく物事を考えて必要以上に情報をばら撒いたこと』よりも、『その失敗を誤魔化そうとしたこと』だよ」
スメイラが淡々と説教を交えながらサイフィルの記載した反省文を添削し、書き終えた頃にはすっかり日付が変わってしまっていた。




