262話「朝寝坊と後悔の先」
翌朝、6時半頃。
いつものように、侍女がディアマントの朝の身支度に訪れる。
「陛下、おはようございます。お目覚めの時間で────…あら、まあ」
たまたま本日朝の支度に訪れたのが侍女長であり、ベッドの中の膨らみを見て一瞬まずい所に来たかと思うも、既に起きていたディアマントが口元に人差し指を当てて『静かに』と含ませた。
「…湯浴みのご用意は」
「ふ、『何も』しておらぬ。こやつは疲れておる、普段も満足に寝ておらぬし、もう少し寝かせてやれ。妾も今日は少し朝寝坊する。そのように調整せよ」
ガーネがディアマントの身体を抱き締めたままであるものの、二人とも着衣の乱れも『直した』ような様子もない。まして、女王本人が『そう』いうのだから本当に何もないのであろう。侍女長は静かに頭を下げ、了承の返事を返した。
「かしこまりました、陛下」
「それと、妾がこの男を寝所に連れ込んだ。女官長にも『あまりガーネに説教をするな』と伝えよ」
「仰せのままに。では、わたくしは一度失礼いたしますわね」
「…それにしても、この男生きておるのか」
余程深く眠っているのか、全く起きる様子もないガーネの寝顔を見てディアマントは小さく呟いた。寝言を言うわけでもなければ鼾をかくこともない、時折ディアマントが動くと無理矢理抱きすくめ直されるため、『生きてはいる』ことはわかるが、あまりにも静かだった。
「……妾も、たまの二度寝でもしてみるか」
本人が寝ているのを良いことに、ディアマントはガーネの胸元にすり寄るように顔を寄せて抱きつき直す。胸板の奥から聞こえる鼓動の音に小さく安堵し、再び目を瞑った。
「────…ん、…あれ、うおっなんでお前俺の部屋にいるんだ!」
目を覚ましたガーネの視界に飛び込んだ見慣れた白銀の美しい髪に動揺して身体を起こすと、それまで抱きしめていたディアマントの華奢な身体はベッドの上でころんと転がされた。
「…ここは妾の部屋じゃ」
「え、あ、あー」
起きて数秒で状況を思い出して理解すると、ガーネは色々な意味で頭を抱えた。ベッドの上で胡座をかいて、両手で顔を覆って様々な後悔に小さく声を漏らした。
「お目覚めですか、特務総監様」
「おはようございます」
女官長と侍女長の声にぎくりと肩を揺らし、慌てて振り返る。振り返った先の妙に生ぬるい目をした2人と、明らかに笑いを堪えているヘルソニアの顔。そして何より、窓の外の明るさに一気に顔面の血の気が引いた。
「待て、今何時だ!」
「8時42分でございます、特務総監様。大変よくお休みになられたようで」
「やばいめちゃくちゃ寝坊した!いやそれより違う!誤解だ!まじで何もしてない!誓って今回は何もしてないけどそうじゃなくて、ほんとにすみませんでした!!」
自分が寝坊したこともだが、こんな時間まで『女王を離さずにいた事実』に準備を含めた執務の遅れなどを考えガーネは慌てて床に座って素直に頭を下げた。端的に言えば土下座である。
「何もなかったことなど拝見すればわかりますし、陛下からも伺っております。それに陛下がお許しになっている以上、『何か』あったとしてもわたくしどもはなにも申し上げるつもりはございませんわ」
「それに貴方、陛下の寝台でお休みになるの初めてではないでしょう。とは言え、あの時も今回も事情に関してはそれとなく陛下から聞いております。ただせめて一言申し付けていただきたいですわね。たまたま本日の朝のお支度が侍女長だったから良かったものの、もう少し若い侍女であれば卒倒していますよ。貴方女性人気凄まじいんですから。まあ、手出し出来なかったヘタレということは内緒にしてあげましょう」
「誰がヘタレだふざけんな!」
「妾、朝餉は蜂蜜のパンがよい。厨房に伝えよ。ガーネはなにがよい?妾と同じでよいか」
「食わねーよ!寝坊したって言ってんだろ仕事だよ!!」
空気を読んでいるのかいないのかわからないディアマントの言葉にガーネは改めて時計を見遣り、慌てて立ち上がったところで昨夜と同じようにディアマントにTシャツの裾を掴まれ退却を許されない状況になった。
「命令じゃ、ガーネの分も妾と同じものを用意せよ」
「聞いてた!!?」
「さ、陛下はお召し替えいたしましょうね。特務総監様は、エナに着替えを持って来させておりますので。はい、こちらでございますわ」
いつも通りしっかりアイロンの掛けられたシャツを引っ掴み、もはや色々なものを気にしている余裕のないガーネはその場でTシャツを脱ぎ捨てシャツに袖を通し着替え始めた。
「おい洗面所貸せ!」
「ご用意しております」
さすがの先回りの良さに、しっかりと歯ブラシやタオルまで用意された洗面所で急ぎ身支度を整え、髪も簡単に整えてから洗面所を飛び出しネクタイを掴んで首元に結んだ。
「まあ。特務総監様。御髪もう少し整えませんといけませんわ」
「寝坊したって言ってんだろ!!」
「命令じゃ、今日は妾の隣で身支度をさせよ。そして朝餉をともに取って、そのまま妾の予定の確認と通常業務じゃ」
「だから寝坊したって言ってんだろが!!なんでお前らそんな悠長なんだよ!!」
無理矢理ディアマントの隣に座らされて普段時間を掛けないヘアセットに興じられ鏡越しにディアマントや侍女長に訴えた。
しかし、その様子にそれまで笑って黙って見ていたヘルソニアがようやく口を開いた。
「だがガーネ、其方こんなに大寝坊をして今更急いだところで遅刻は遅刻だろう。たまにはよいのではないか、スメイラからも報告されているぞ。其方の残業時間と公休無視を。少し働き過ぎだ」
「働き過ぎって言うなら俺、論功行賞の褒賞『金なんか要らねぇから休みくれ』って言ったの却下しましたよね!!」
「其方、『それはそれ、これはこれ』というものだ」
そうしてなし崩し的にガーネは機嫌の良いディアマントとともに普段食べない朝食を無理矢理食べさせられ、ようやく特務に顔を出した時にはすっかり10時半を過ぎていたのであった。
「めっずらしー。どうしたのこんな遅くに」
「……本当に悪い。まじで悪い。……盛大に、死ぬ程ビビリ散らかすくらいに大寝坊した…人生で初めてレベルの……」
「ま、ゆっくり寝れたなら良かったんじゃない?昨日のアレは相当神経すり減っただろうし。たまのことだし、アタシらにしてみたら休める時に休んでくれるならその方がいいわよ。そうでも無いとアンタ平気でご飯は抜くし平気で徹夜するし勝手に損耗して勝手に倒れるんだからたまったもんじゃないのよ」
「はいすんません」
自席についたガーネは様々な自己嫌悪に頭を抱えて深い溜息を漏らした。
何と言っても一番は、思い返してもそんなメンタルではなかったとは言え『あそこまで言われてなんの手出しもせずに、本当に朝までぐっすり寝落ちした』ことであった。




