261話「小娘のプライドと大型犬」
「帰ったか、あのクソバカ」
特務室に戻ったガーネは一応声を掛けて確認しながら自席に戻り、深い溜息を漏らした。
「帰ったっていうか、スメイラちゃんが帰らせたわ」
アメジが先程まで書いていた書類を提出がてら傍に近寄り返答し、ガーネは書類を受け取りながら首を傾げた。
「スメイラが?俺が部屋出たあとに帰ったんじゃねぇのか」
「『ガーネにそんな権限あるの?』ってとんちんかんなこと言うから、カルセちゃんとスメイラちゃんがね。その気になれば処刑できるのよって」
肩を竦めたアメジが疲れ果ててぐったりした顔のスメイラに目配せをした。
「それであんな死んでんのかスメイラは。しかしサイフィルのやつ、まじで俺が『そこまでやろうと思えば出来る』こと知らずにいたのは普通に俺の教育不足だな」
「いや、少なくとも特務にいれば知ってると思うわよ。あたしだってそんなの教わってないけど、ガーネ様の立場と肩書見たら一目瞭然じゃない」
「空気読んでるとこ悪いんだがアメジ、これ計算全部間違ってる。お前は足し算も出来ねぇのか。なんで元の在庫が33で今回20納品してんのに実在庫が95になるんだ」
「………あら?」
「やり直し。提出明日中でいい、今日は俺も疲れた」
カルセが入れ替わるようにガーネの席に甘めのココアを淹れて持って来た。
「ちなみにガーネ様、あのあとどちらに行かれましたの?」
「防衛局総務課服務記録係。バカの懲戒書類出して来た、ついでにヘルソニア様に報告」
ココアを冷ましながら一口啜り、深い溜息を漏らした。
時計を眺め、時間を確認してからスメイラを呼んだ。
「スメイラ、ちょっといいか。頼みがある」
「はーい、なぁに」
「明日の夜、俺は敢えて席を外す。部屋に引っ込んでおくから、お前夜ここ残っててくれるか。バカの持って来た反省文添削してやって。どうせよくわからん言い訳みたいなの並べた文章しか書いて来ないだろうから。で、翌日お前と一緒に俺に出しに来て欲しい」
「……ガーネくんってさ、優しいよね」
「言っとくけどこれが庇える最後だ。つーわけで、明日は残業させるから今日はさっさと上がっていい」
「さっさと上がっていいって時間じゃないけどね既に。まあいいや、じゃあお先に」
「お前らも上がれるならさっさと休め」
1人夜間に残り黙々と作業をしているものの、明らかに普段と異なり集中ができずにいた。
いつものように怒鳴り散らす方がいかに楽なのかと再確認しながら、深々と溜息を漏らしてカップの中身を飲み干した。
仕事を切り上げてやりかけの書類を引き出しにしまい、カップを洗ってから特務室を施錠して自室に戻った。
シャワーを浴び、時計を見た所で日付が変わって0時半になっていた。『顔見に行こうと思ってたのに』と脳裏に過るがしかし、緊急でもないためさすがにこんな時間に女性かつ王である人物の部屋に行くのは気が引けた。
普段より相当早い時間ではあるものの、ガーネはそのままベッドに寝転がった。
「…いや、だめだ」
先の案件で、よそから人を招くことに恐怖心はないだろうか、その確認をしなければ。ついでに、サイフィルの件は明日ではなく今日中に、いやもう日付は変わっているが、と、自分でもよくわからない言い訳を頭の中で並べ立てながらTシャツに緩いパンツ姿という寝る直前の出で立ちのままにも関わらず部屋を出て女王の執務室に向かった。
「陛下、まだ起きてらっしゃるか」
普段官服か、崩してもシャツにスラックス姿しか見たことのない近衛はガーネの様子に多少驚いた顔をしつつ、執務室前の廊下の先で警護している近衛は小さく頷いた。
「ほんの少し前に侍女が退室いたしましたので、もう間もなくお休みになる頃合いかと」
「そうか、緊急だ。まだ執務室いるか」
「はい」
緊急でもなんでもないにも関わらず『緊急』と言い廊下を進み、部屋のドアをノックした。
「俺だ、ちょっといいか」
「ガーネか。入れ」
部屋に入ると、執務室の奥の扉からまさしく私室へ向かおうとしていたらしいディアマントが先日とは別のネグリジェ姿で応接スペースのソファの方へ歩んできた。
「緊急とはなんじゃ、そんな『声』は聞こえなんだが」
「バカか、建前だ」
「……ふ、そうか。なにか飲むか?侍女を呼ぼうか」
完全に寝ようとしていたであろうガーネの姿にディアマント自身も少し珍しそうな顔でガーネを見つめ、ソファに腰を下ろすと隣を叩いて『来い』と促した。
「いらねぇ、すぐ戻る」
ディアマントの隣に腰を下ろし、背もたれに寄り掛かるように深く身体を沈めて息を漏らした。
「…珍しいな。お前が妾の前に着替えもせずに来るなど」
「めちゃくちゃ疲れたから休もうかと思ってたとこだったんで」
「お前が怒鳴り散らさないのも、なかなか圧があるな。アレはみな『怖い』だろうに」
「怖いのわかっててやってんだよ。でもアレの方がずっと疲れる。怒鳴った方が100倍楽だ。…つーわけで、どこまで聞いてたか知らんけどサイフィルは次はもう俺庇えません。陛下の命令で下に置いてるからこそ庇って来ましたけど」
「お前がいらぬと判断するのなら、捨てて構わぬ。ただ利用価値はある故、その辺は上手くやれ。…言わずともお前ならやるか」
「はい、ただ次なにかやらかしやがったら特務配置は厳しいかもしれませんね。今回でどこまで反省するかですけど」
何度目かわからない深い溜息を漏らしたガーネに、ディアマントはどういうつもりなのかガーネの髪をよしよしと撫でた。
「…犬かよ。犬か」
「犬じゃろお前は、妾の愛犬じゃ」
無意識にガーネの腕がディアマントの身体に伸び、その細い身体を抱き寄せた。
どこか甘えるような態度で首元に顔を埋め、匂いを嗅いだ。すっかり嗅ぎ慣れた甘い香油の香りと肌の匂いや体温を堪能するように、首筋に擦り寄った。
その様子に、過去何度も寸止めのような状態である意味の『お預け』を食らっているディアマント自身は、少しばかり緊張したような顔でガーネの背中に腕を回して背を撫でた。
「…ガーネ」
「………いや、悪い。俺戻る」
名前を呼ばれ、ハッとした様子で顔を上げたガーネとディアマントの視線が絡んだ。
「だ、だめじゃ。妾のことを、寝所に運ぶまでが騎士の仕事じゃ」
「そんなん、仕事内容にありましたっけね」
そうは言いつつ、どこか甘えたような小娘顔のディアマントに絆されたガーネは彼女の身体を横抱きに抱き上げ、執務室奥の私室へ繋がる扉を開いた。
整えられたベッドにディアマントの身体を横たえさせると、上掛けを手にして寝かしつけるような素振りを見せたため、ディアマントの方からガーネのTシャツの裾を引っ張った。
「…ガーネ」
「なんですか」
「そ、その…一緒に寝ないのか」
ガーネは言われた言葉のその意味を一瞬処理出来ずに、上掛けを手にしたまま固まった。
つまり『そういうこと』だろうとは思いつつ、自分の中で色々なものがせめぎ合って喧嘩していた。
「…お前が寝付くまでなら」
我ながら上手い逃げ口上を見つけたと、促されるままにベッドに横たわった。ディアマントの身体に上掛けを掛け、まるで子供を寝かしつけるかのように腹部をとんとんと軽く撫でる手つきにディアマントはあからさまにむくれた顔をしてガーネを見つめた。
「…あのさ、やめてくんないその可愛い顔」
「お前、妾が閨に誘っているのに許されると思っているのか」
「勘弁してくれよ」
「散々途中までとは言え妾の身体を好き勝手したくせに!」
「誤解と語弊がすごいからやめてくんないその言い方。していいなら俺だってしたいに決まってんだろが小娘が、意味わかって言ってんのか」
「お前より年上じゃ!小娘扱いするでない!」
「俺の今日のメンタル考慮してくれよ。勃つもんも勃たねーから、男のプライドに関わるからほんと今日は勘弁してくんないか。だからさっさと部屋戻りたかったのにお前がそういうさぁ………可愛い顔してる癖にほんと悪い女…」
抱けないと言われほんの一瞬女としてショックを受けたディアマントであったが、今日一日だけでガーネに降り掛かった『分家からの手紙』や『尋問』、『文書統制係責任者叱責』『サイフィル処分』を考えれば、普段の仕事以上のストレスがあったことはさすがに理解出来た。
ディアマントはガーネのTシャツを握って少しだけ引き寄せながら、少し身体を起こして無理矢理ガーネにも上掛けを掛けた。
「おい小娘」
「妾が眠るまでは一緒におれ。命令じゃ」
完全に寝かしつけスタイルで片肘をついていたガーネだったが、諦めたように『まあいいか』とディアマントの身体を抱き締めるように腕枕をして柔らかな髪に鼻先を埋めた。
「…シャンプーの匂い変わった」
「お前はそこまで気付くか。本当に犬のような男じゃ」
「こっちの匂いのほうが好きかも」
「…そうか」
他愛もないことをぽつぽつと話している間に、ガーネから応答が無くなった。
小さく寝息が聞こえたのを確認し、ディアマントがそっと顔を上げると、普段よりも相当幼く見えるガーネの寝顔が至近距離で確認出来た。
「…本当に、大型犬というよりもこうして見るとただの子供じゃな」
ちゃっかり自分の枕を頭の下に敷いたガーネはしっかりディアマントを腕枕した状態で抱きしめており、ディアマントは小さく笑いながらガーネの寝顔をそっと撫でた。
「愛いやつじゃ、本当に」




