258話「チョコレート」
「ごめん、戻りました。あれ?カルセさん1人?サイフィルくんは?」
「スメイラさん、…ちょっとよろしいですか?」
休憩と書類の受け渡しから戻ったスメイラに、カルセは先程の件を申し訳なさそうに共有した。
「あちゃー、まじか。ごめんねカルセさん」
カルセから話を聞いたスメイラは頭を抱えて深くため息を漏らした。
「いえ、でもわたくし少しサイフィルさん怒ってしまいましたわ」
「いやそれはどう考えてもサイフィルくんが悪いよ。ちょっとそういうの最近多いし積み重なり過ぎて私もフォロー出来ないし、……それに…書類なぁ、うーん…」
「書類の件は、わたくしからガーネ様に謝罪いたします」
「…まあ、ガーネくんはカルセさんには怒らないと思うけどね、今の話聞いた限りだと。逆に私から報告すると、『なんで当事者のカルセが直接俺に言わねぇんだ』ってそっちに怒りそうだし……無いと思うけど、『書類を持っていかれた件で』万が一ガーネくんがカルセさんに怒ることあったら、私がフォロー入るから」
「…申し訳ございません…」
しゅんとしたカルセを見てスメイラはなんとも言えない気持ちになりながらも、例の新人文官補の扱いには困っていた。
「係長〜」
文書統制係内で、ファルの妙に甘えた声が響いた。
「うん?ファルちゃんどうしたの?」
わかりやすく少し鼻の下を伸ばした文書統制係長がファルの呼びかけに顔を上げた。
「今度、城内で『開庭招宴』があるんですよね?」
「あれ?耳早いね。そうなんだよ、だからこれから仕事増えると思うから、頑張ってね」
「はぁい。で、私一個ご提案があるんですけれど」
「提案?」
「特務って結構書類差し戻し多いじゃないですか」
「うーん、そう…かなぁ?統裁官…じゃなかった、特務総監も若いのに仕事早いし要領も良くしてくれてるから、そんなに不備上がる印象ないけどなぁ。補佐官のグリウさんもものすごく優秀だし」
「そうでしょうか?私拝見すると結構多いんですよ」
「へぇ、細かいところよく気付いてくれてさすがだね。で?どんな提案かな」
「はい、なので、私直接特務の窓口になろうかなって。ほら、特務って、衛兵とか近衛と違って人数少ないじゃないですか。事務作業の窓口になった方が、特務の皆さんも助かるんじゃないかと思って。幸いにも私、特務の皆さんとはとても親しくしていただいていますし、新人なのでこれといった担当もないですし」
上長としては、この男や年配者ばかりの環境で健気に頑張っていてかつ自らやる気を出している姿は純粋に応援したい気持ちになったらしい。
係長である彼は、ややしばらく考えてから小さく頷いた。
「じゃあ、まあいっか。お願いしようかな。でも特務って特殊だから、機密も多い。あんまり長時間居座ったり迷惑になるような事しちゃ駄目だよ」
「そんな、係長私が迷惑になると…?」
目を潤ませたファルの姿に、周辺の視線が刺さり係長は慌てて立ち上がった。
「そうじゃないよ!ごめんごめん、僕の言い方が悪かったね。じゃあ頑張ってね」
「はぁい!」
にっこりと花の綻ぶような愛らしい笑みを浮かべたファルの表情に、係長は心底安心して笑みを返した。
十数分後、特務室の扉が開いた。
「あーあ疲れた」
「お前何もしてねーじゃん、今回の男ビビリ散らかして比較的すぐゲロったし」
「アンタ怖いんだもん。毎回アタシの小鳥のような繊細なココロがアンタの怒鳴り声とドSスイッチの入った静かな煽りを交互に聞いてるとどうにかなっちゃいそうなのよ」
「そんな繊細な心の持ち主だとは知らんかったよ」
ガーネとラズリの会話を聞きながら、スメイラとカルセは目配せをして頷きあった。さすがガーネは目敏く、その様子だけですぐに足を止めた。
「なんだ」
「あの、お話しが…」
カルセが立ち上がると、ガーネは傍のスメイラに視線を向け、そのまま机に寄りかかりながらカルセの言葉を待った。
「ガーネ様、申し訳ございません…」
カルセの消え入りそうな謝罪とともにぽつぽつと語られる言葉を聞き、ガーネは深々とため息を漏らした。ことのついでにスメイラから補足されたように聞いた話も合わせ、一層疲れ果てたように遠くを見つめた。
「…まあ、カルセはいいよ。伏せて置いたとは言え、机の引き出しにしまわなかった俺が悪い」
それだけため息混じりに言うと、それ以上のことは言わずにガーネは自席に座ってネクタイを結び直した。
「……だめだ、なんかどっと疲れた。スメイラ、チョコ持ってるか」
「あるけどカカオ96%だよ」
「土の味するチョコじゃん、カルセは」
「アーモンドチョコでしたら…」
「種のチョコじゃん。…ラズリは?」
「あるけど高いブランドのやつだからやだ」
「もっと高いの買ってやるから1個くれ」
ラズリからブランドの包み紙のチョコレートを3つもらい、そのうちの1つを頬張って再度深々とため息を漏らした。
「…あのバカ、戻ってきたら俺に謝罪に来ると思うか」
「思わない」
ラズリの即答に、スメイラとカルセも頷いた。
「そろそろ俺も庇うの厳しいな、一発シメるかこの辺で。お前ら、フォローすんなよ」
そう呟きながらファルが『持っていった』とされる書類の束の残りを手にし、どれを抜かれたかを確認したガーネは、また別の意味で表情を曇らせることになった。




