256話「書簡」
開庭招宴開催の共有を警備責任者であるガーネに共有し、城内にも通達をした数日後のとある昼下がり。
侍従の1人が、ヘルソニアの執務室を訪れた。
「ヘルソニア様、書簡が届いております」
「書簡?私宛か」
「はい」
ヘルソニアは珍しそうな顔で侍従から手紙を受け取り、差出人と封蝋を確認して眉を寄せた。
ほんの数日前、開庭招宴の案内を送付したばかりではあるが、『その返事』にしては早すぎる。
そのまま少しだけ、その上質な封筒の紙を指先でなぞってから小さく溜息を漏らして封を開けた。
中から便箋を取り出し、簡素に書かれた本文に視線を這わせてから封筒にしまい直し、席を立つ。
自身の執務室を出て、そのままディアマントの執務室を訪れ扉をノックした。
「陛下」
「なんじゃ」
「来ました」
「?来たとはなんじゃ」
「こちらを」
ディアマントはヘルソニアから差し出された封筒の表書きを確認した。
宛名は間違いなく、『王城側近 ヘルソニア・アヴェ・オブシリアン様』と記載されていて、ディアマントは自分に差し出された意味がわからないまま裏の差出人を確認した。
見覚えのある封蝋に、差出人の名前を見て手が止まった。
そのまま開封済みの中身を取り出し、便箋を引き出すと記載された文面を見つめた。
ヘルソニアと同じように目を細め眉を寄せたディアマントは、小さく息を漏らして口を開いた。
「ガーネを呼べ」
「…貴女が『直接』呼ばなくてよろしいのですか」
「これは、妾が介入すべきは『今』ではない。ただ、あの男の反応は想像がつくが…一度話は聞いておきたい。お前が呼べ」
「かしこまりました。こちらへお連れします」
*****
「特務総監様、いらっしゃいますか」
「……なんだ」
特務室を訪れた侍従にガーネは顔を上げてやや面倒そうな顔をした。女王付きの侍従が来るときは決まってなにか『面倒』な用事だからである。
「要件によっては持病の仮病が悪化する可能性があるが」
「いえ、ヘルソニア様がお呼びでして…『陛下の執務室』に、至急来るようにと」
「なんでヘルソニア様が呼んでて陛下の執務室なんだ」
「そこまでは私も…」
「すぐ行く」
侍従が一礼して出ていくと、ガーネは深々と溜息を漏らしてペンを置いた。
「ガーネなんかした?」
「お前じゃあるまいし」
サイフィルのからかうような言葉を切り捨て、机の上の書類をまとめてから隅に寄せ直して立ち上がった。一区切りついたら昼寝がてら仮眠でも取ろうと思っていたタイミングだったため、外していたネクタイを結び直して小さく文句を漏らしてスメイラに向き直った。
「チッ、昼寝しようと思ったのに……ネクタイ曲がってねーか」
「曲がってないよ、かっこいいかっこいいハイハイ」
「かっこいいとかかっこ悪いとかじゃねんだけど。身嗜みの話なんだけど。…まあいい、連中うるさいから、あの書類まだ出さなくて良い。俺が見てから俺が出しに行く。俺が出したら文句言いにくいだろ」
官服を羽織りながら部屋を出て、女王の執務室に向かう。部屋の前で『呼ばれた理由』を考えて首を傾げるも、特に思い当たることも怒らせるようなこともした覚えがない。
渋々、控えめに指の関節でドアを軽くノックすると、中から入室を促すディアマントの声が聞こえて扉を開いた。
「…失礼いたします、お呼びでしょうか」
「うむ。そこに座れ」
「は」
軽く一礼し、促されたソファへと腰を下ろす。
いつだったかの内々示を思い出し、ガーネは何となく緊張した顔になったところでヘルソニアが正面のローテーブルに一通の書簡を差し置いた。
「其方を呼んだのは私だ。要件はこれ」
「…俺が拝見してもよろしいのでしょうか」
「構わない。内容は其方宛だ」
珍しくディアマントは口を開かず、侍女が用意した紅茶をゆっくりと飲んでいた。
ガーネは表に書かれた宛名であるヘルソニアの名前と、妙に上質な紙質の封筒を眺めて手を伸ばした。
「…拝見いたします」
そのまま、裏面の封蝋と差出人を見て、動きが止まった。
「………来るとは思ってましたが、随分と仕事が早いですね。従叔父に当たる人です」
「ハルマニーエ家の当主…『お前の家の筆頭分家』だな」
「はい」
ものすごく不快そうな顔を隠しもせずにガーネは封筒の中身を取り出し、文面に目を滑らせた。
数拍置いて、小さく鼻で笑うと、ガーネは便箋をそのままローテーブルに置いた。
「無視して構いません。しかし、ヘルソニア様宛に送るとは思いませんでした。ご迷惑おかけいたしました」
「まぁ、其方が『無視する』と踏んで王城宛に送ったのであろうな」
「舐めてんですかね、なんだこの『長らく不明であった本家嫡流が無事に在ることは同じく家に連なる者として喜ばしい』って。白々しい。俺が生きてんの、知ってるはずですけどね。ま、戸籍上手いことやってんのは陛下たちなのも知ってますけど。その辺は禁書庫で確認してます」
「ああ、戸籍関連は禁書庫にしまったんですか陛下」
「そうじゃ、あそこに全部ひとまとめにした」
「『戸籍』だけじゃないでしょ」
「…で?ガーネよ。お前、妾に『人の心があったのか』と禁書庫で独り言ちておったが、それも含めて妾の『優しさ』だとは思わぬか」
「そこに関してはノーコメントで。…とにかく、戸籍上も今はロット姓…俺の引き取り手の夫婦ですが、この人たちはグリーチェウトの家の親戚じゃなくて母方な上に相当な遠縁です。その姓を俺が名乗って14年経ってる『今更』なのもありますし…見ました?この『本家の家督、家産、並びにこれまで当家が担ってきた管理の扱いについて』って。こないだ俺ん家行きましたけど、ヤラシーことに値の張る貴金属類やら何やら結構ごっそりいってましたよ。ま、その程度どうでもいいんですけど、家回してたのは事実だし。そこも含めて俺は関わるつもりはない」
手を伸ばしてシュガーポットの蓋を開けたガーネは、いつものように角砂糖を3つ紅茶に落としてからティースプーンで掻き混ぜて一口飲んだ。
ガーネが小さく息を漏らすのを見て、ディアマントは肩を竦めた。
「妾はお前の家督なぞどうでもよい。お前の気持ちもわからんではない。その上で申すが、王城宛に来ている時点でそうやすやすと『無視』も出来ぬのは、ガーネ、お前が一番わかっているだろう」
「まあ、一応」
「ふ、正直な男よ。『話をしたい』と記載されておる故、『話しだけさせて』やったらどうじゃ」
ガーネはディアマントの意味ありげに笑う双眸を見つめてから、小さく息を漏らした。
「…わかりました。聞くだけ聞いてやります。ヘルソニア様、書簡の返事だけお願い出来ますか。対応は俺1人で十分です、貴女たちに無駄な時間を使わせる必要は感じないので」
「そうか、わかった」
ガーネはローテーブルに置いた文字の羅列を、まるで汚物でも見るような目で再度視線を這わせた。
────突然の書面にて失礼する。
現在王城に仕えるガーネ・ディーム・ロット殿が、グリーチェウト本家に連なる嫡流の者であることは、既にそちらも承知のことと思う。
長らく不明であった本家嫡流が無事に在ることは、同じく家に連なる者として喜ばしい。
しかしながら、本家の家督、家産、並びにこれまで当家が担ってきた管理の扱いについては、今後も曖昧なままには置けぬ。
家の内の理を曖昧にしたままでは、当人にとっても決して益とはなるまい。
ついては、ガーネ殿と一度正式に話をする機会を賜りたい。
必要であれば、王家側立会いのもとでも構わぬ。
返答を待つ。
ハルマニーエ家当主
スターク・エージイズ・ハルマニーエ




