255話「建前の招待と無言の圧」
ノルデンから戻った翌日、早朝から特務室で昨夜途中で放り投げた3日分の書類を片付けていた。
特務は業務の特性上決まった勤務時間があるわけではないが、大体全員同じくらいの時間に顔を出し、特になければ宿舎に引っ込んだり急な呼出に対応したりといった形で過ごすようになっていた。
なんとなく全員が揃ったくらいの時間でガーネはようやく顔を上げて一息ついた。
「はー…そろそろ出るか」
「ガーネ様どこ行くの?」
アメジが書類をまとめて片付け始めたガーネを見て首を傾げた。
「女王んとこ。予定聞きに」
「『騎士』ってそこまでするの?」
「知らん、ウチの国じゃ前例ないし…まあでも予定把握してないと、俺もこっちの仕事もあるしその兼ね合いもあるから…って考えたら別にいい。支障ない」
「だってヘルソニア様もいらっしゃるでしょ?」
「最近俺は体よくあの人から小娘の子守役みたいな真似させられてんだよ。まあ、1人で側近やってて仕事も色々あるだろうし、丁度良いんじゃねぇの。俺は俺でこっちの仕事も手放せる分はお前らに少しずつ分配してるつもりだし」
机の上を片付けてから緩めたネクタイを結び、脱いでいた官服を羽織って部屋を出た。
ガーネがいなくなってから、サイフィルがややからかうような口調で口を開いた。
「聞いたの結構前だけどさ、ガーネ『アレ』で歴代彼女に振られてるらしいよ。付き合ってる女の子の予定とか行き先とか全部管理して把握したくなるんだって。毎回それ含めて『重い』って振られるらしいよ」
「げ、DV彼氏じゃん。ていうかサイフィル、意外とアンタとガーネ仲良いわよね」
ラズリがサイフィルの言葉に肩を竦めながら返答すると、サイフィルは得意げに胸を張った。
「『親友』だからね!」
「それは勘違いなんじゃない?」
「えー!?」
サイフィルの親友発言に、スメイラの容赦ない突っ込みが炸裂した。
「失礼いたします」
ガーネが女王の執務室に入ると、タイミングが悪かったのかなんなのかという様子でソファに腰を下ろしたディアマントを囲むようにヘルソニア、女官長、侍女長が揃い踏みであった。
その光景にたじろいだガーネは思わず一歩後退り、「出直しましょうか」と控えめに声をかけると、ヘルソニアがそれを止めた。
「構わない。ガーネ、其方も来なさい」
その物言いと揃った面子に、ガーネは小さく息を飲んだ。
「何もしてねーよ、昨日は」
つい口をついて出たその言葉を真っ先に拾ったのは女官長である。
「昨日『は』ですか、特務総監様」
「あ、やべ。…いやまじで昨日はほんとに、誓って何もしてない。まだ!」
その返答に笑ったのはヘルソニアと侍女長だった。
「特務総監様、存じておりますわ。わたくしたちも陛下の身の回りのお世話をしておりますので、『何か』あれば…ねぇ?」
フォローしているつもりなのかなんなのかわからない物言いの侍女長と、渦中のディアマントは昨夜ガーネがわざと堅く閉めた瓶の蓋と格闘していた。
「開かぬ!ガーネ、妾はこれが食べたい!開けれぬ!」
「勝手に食えないようにしましたからね。…『与えて』いいんですか」
「まあ、食べすぎなければ構いませんわ」
侍女長に一応確認を取ってから、昨夜同様「貸せ」と雑に手を伸ばして瓶の蓋を開け、ローテーブルに置いた。
「さすが男の子ですわ」
「男の子っつーか、閉めたの俺だし。………で、まじでなにこの状況。俺説教でもされるのか。キスマークつけたことなら謝らねーぞ、女官長に説教されたし蒸し返すな」
「『そんなこと』ではないガーネ。実はな、開庭招宴を催そうかと思っている。来月半ばだ。それに合わせた陛下の衣装の手配打ち合わせをしていたところだ」
ヘルソニアの言葉にガーネは首を傾げた。
「…開庭招宴?」
「色々な政治的な建前だ。貴族や国の有力者を城に招いて、簡単な立食と挨拶の場…というところか。そこに合わせて城の新体制の公開のようなものだ」
「要は、先の辺境伯領の訪問からの他領への訪問に対しての優劣をつけているように見せないための建前での『招待』と、貴族連中への王権体制の『無言の圧』ってことですかね」
「ふ、そういうことだ。さすが、察しが良くて助かる」
感心したようなヘルソニアの返答に、ディアマントも小さく頷いた。
「その程度察してもらわねば妾も困る。頭の悪い男だと妾の隣に置くのは邪魔じゃ」
「俺別に馬鹿じゃないでしょ。…ってことは、『警備』に関しては城内であれば『見せる警備』の方がよろしいですかね」
ガーネがヘルソニアに向き直り警備体制について確認をすると、小さく頷きを返された。
「城内で『対貴族』『対有力者』に向けたものだから、其方の判断通りで構わない」
「かしこまりました」
「ガーネよ、今回も警備・護衛に関してはお前に一任するつもりじゃ。妾の隣は当たり前だが『騎士』であるお前、その他はお前の裁量と判断に任せる」
「承知いたしました、陛下」
話が一区切りついたところで、侍女長が「そうだ」とガーネの顔を見た。
「せっかくですので、特務総監様にお伺いしたく存じますわ。当日の陛下のお召し物、どんなものがよろしいでしょうか。お好みや希望はございますか?」
「え、なんで俺に聞く。そういうのはアンタらの仕事だろ」
「参考程度にお伺いするまでですわ、採用するとは申し上げておりません。やはり可愛らしい感じの装いがお好みですか?」
ガーネは質問の意図がわからないながらも、無花果の瓶をちらちらと眺めるディアマントに視線を投げて少しだけ考えた。
「…来月中旬ですもんね。場所は城内庭園ですか?」
「ええ」
「……色味はブルーグレー系、昼間だし肌を見せる範囲は最小限。好みで言うと確かに『可愛い系』は好きだが、可愛い系よりは女王の品格を保てるように綺麗目な方が望ましいんじゃないか。華奢だし小さいから、ボディラインが綺麗に出るハイウエストなもので華美ではないデザイン。ドレスじゃなくて装飾品で整えろ。なんでもいいが、コイツが一番『綺麗』に見えるようにしろ」
「…妾は着飾らずとも美しいが?」
「そんなのわかってるっつの。その上で『どう見せるか』が大事だろうが」
女官長と侍女長だけでなく、ヘルソニアも含めまじまじとガーネを見つめてから3人で顔を見合わせた。
「……えっなに」
ガーネがやや身構えたように3人を見つめ返し、眉を寄せた。
「いえ、さすが『わかって』いらっしゃると」
女官長が含みのある言い方をして肩を竦め、ディアマントに視線を落とす。
ディアマントは我慢が出来なかった様子で、昨夜のガーネの真似をして瓶に直接指を突っ込もうとしていたところだった。
「陛下!はしたない!」
女官長の怒号が飛び、ディアマントはギクリと肩を揺らした。
「だ、…だってガーネが昨日」
「特務総監様!!」
「え、なんで俺が怒られんの。とばっちりじゃね、これに関しては」




