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断罪ディストーション  作者: 梦月みい
第五章『洗礼』

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26話「沈黙の街」

「────…死んだ?」

「はい、我々の指示下ではなく勝手に行動していたようでして…」

薄暗い屋敷の一部屋で、ランタンに入れられた魔法石が淡く周囲を照らしていた。

夕方から激しくなった風がガタガタと騒々しく窓を揺らし、時折ガラスに打ち付ける雨が喧しい夜だった。

相反して室内は異様な静寂に包まれており、部屋の中で一番豪華な椅子に深く腰をかけた人物がさもどうでも良さそうに鼻を鳴らす。

「ハッ、些細なことだ。我らの意向に従った行動故の殉職であれば多少は認めてやったが、勝手に動いて勝手に散っただけの取るに足らぬ粗末なものよ。アレらにそんな価値はあるか?」

「否」

同調するように、室内の声が何重にも重なって返答をする。

「この『不均衡』な世界の一粒の死など気にかけるような事案ではない。もう少し建設的な報告をしてほしいものよ。まあよい、『偽りの均衡』を正した世界に存在する我が理こそ是とあるべき」

椅子に深く腰をかけてふんぞり返った男の顔は、月明かりが遮断された悪天候の暗がりでははっきりしない。煙管を咥えた口元が妖艶に孤を描いている様子だけが、魔法石に照らされぼんやりと浮かび上がる。男は「ふう」と煙を細く吐き出すと、再度ゆったりとした動作で煙管を燻らせた。

「……しかし、アレを封印して散らしたとは言え、油断出来ぬ霊力と魔力よ」

「覚醒した番犬も厄介でございますね」

「ははは、好きにさせておけ。いずれ『返してもらうもの』だ。────そう、すべて」



*****



どこぞの女の真似をしたわけでは無いが、サンドイッチを片手にガーネはパラパラと資料を捲り、必要そうな情報はいつだったかヘルソニアに託された地図に意外と整った字で書き込みを加えていく。

スメイラはガーネの後ろの本棚に用事があったらしく、立ち上がって歩み寄り目的の資料冊子を何冊か手にすると、ふと振り返ってガーネの作業に目を落とした。

「…へぇ、それなりに読める字書くんだね。意外」

「はぁ?何急に」

「だって君、きったない読めない字書きそうじゃん。ガサツっぽいし」

「…こんなに品行方正なのに?」

品行方正、と自身を評したガーネを一瞥する。

椅子の上で姿勢悪く片膝を立て、『女王のお気に入り』を外に見せるための上衣は乱雑に研究室内のソファに放り投げられ、シャツのボタンもだらしなくはだけさせてサンドイッチを作業しながら頬張る行儀の悪さを見て、スメイラはあからさまに目を逸らして自席に戻っていった。

「無視すんなお前クソババァ」

「ひっぱたくよ」

「……ご、ご歓談中すみません先生。こちらの書類なんですが…」

研究室の助手の男が申し訳なさそうに声を掛け、ちらちらとガーネに視線を向けてやりづらそうに自らの白衣の裾を指先で摘んで弄っていた。

「おいそこの助手」

「はっ、はい!何でしょうかガーネ様!」

「…俺の上着に財布入ってっから、飲み物買ってこい。ついでにこの女と隣の部屋のお前ら助手の分も好きなの買え」

「わ、わかりました!ありがとうございます!!」

言われた通りにガーネが脱ぎ捨てた上衣を非常に申し訳なさそうな畏れ多そうな顔で探り、財布を取り出すとバタバタと忙しなく部屋を出ていく助手を見送る。

「……気前のいいこと。けど、ウチの助手パシリにしないでよ」

「ハイハイ」

「で?人払いして何話したかったの?」


ガーネはスメイラの察しの良さに思わず目を向ける。敵わないな、と肩を竦めて開いていた資料をパタンと閉じると改めて姿勢を正すように座り直した。

「単刀直入に。二、三日この研究室の資料見させてもらったが、スメイラが女王に言われて調べた案件はこれで本当に全部か」

「…この短時間でよくもまぁ、これだけの資料読み漁ったもんだね。お巡りさんってのは伊達じゃないんだね」

スメイラはガーネが資料を読み漁り、事件や伝承などを書き込んだ地図を眺めてとんとんと指を差した。掛けていたメガネを頭頂部にずらすと目頭を軽く揉みながら欠伸混じりに近くの椅子に腰を落として足を組む。

「…私が女王に目を付けられてから八年。八年の間に、命令されて調べた案件はそれで全部だ」

「成程な…正直どれも今一つ核心に触れられないんだよなぁ」

「何か意図的なものはありそうではあると思うけどね。でも、女王の意図では無いと思う」


例の事件から、早四日が経過していた。

ガーネは半ば脅すようにスメイラの研究室に出入りし、彼女が女王に言われてまとめた調査資料の控えを虱潰しに読み込んで全てを地図にまとめていた。

しかし思うような成果は得られずにいたようで、ガーネは腕を組んで考え込んだ。


少しして、先程使い走りにした助手が缶コーヒーとジュースを買ってくると、財布ごとそれを受け取り缶のプルタブを起こして中身を喉に流し込んだ。

「……考えてみたらさ」

スメイラも同じように缶コーヒーを口にしながらガーネが言葉を漏らしたのに反応して顔を向けた。

「なに」

「お前んとこで資料漁ったところで、この情報は全部女王は知ってるんだよな…無意味だったかも」

「そんなことないんじゃない」

この数日でガーネとスメイラはそれなりに会話を重ねており、現状のガーネの知り得ている情報や下されている命令についてはスメイラも把握していた。

その上で、ガーネが無駄骨かと嘆くのを見て雑ながらもそれを否定した。

ガーネが顔を上げると、スメイラと視線がかち合う。

「意味があるかどうかはわからないけど、君は君にしか出来ない方向性で調べたらいいんじゃないの?多分だけど、君がか弱い私を脅して研究室に立てこもって資料を隅から隅まで舐めるように見漁ることなんて女王たちには想定の範囲内でしょ」

「お、おう。…え、か弱い?」


まじまじとスメイラの顔を眺めながらガーネは考え込むように腕を組んだ。数日前より幾分か隈が薄くなったように見えるのは、ガーネが半ば無理矢理研究室から追い出すように退勤させていた為、多少は出会った時よりは睡眠を取っているのだろうと想像できる。



────『探せない理由がある』、そうヘルソニアに言われたのを思い返す。

彼女らが、この勤勉に職務を全うする女や、自分たちの高尚な霊力等を持ってしても見つけられない。

そうなれば、自分にそのお鉢が回ってきたとあっては道理だ。

自分が出来るやり方をするために『視点』を変える必要がある。ことのついでに言えば自分の性格を考えれば多少の無茶をすることも織り込み済みかつ『自分たちに出来ない方面の無茶をしろ』ということだろうと解釈した。

「……お前、頭良いな」

「君はバカだよね。何度も言うけど私は忙しいんだ、早く出てってくれないかな。邪魔なんだけど毎日毎日」


核心では確実に無いながらも、スメイラの言葉通り女王やヘルソニアから『敢えて』明かされなかった情報がまとめて手に入り、多少なり状況は見えたようだった。

「よし、そうだ旅に出よう」

「サヨナラ犬のお巡りさんお出口はあちらです。早く持ち場に帰りなお巡りさん」

「えっ追い出そうとしてる?」

容赦なくピシャリとガーネを突き放す言葉に多少ショックを受けたような顔を見せるガーネを無視してスメイラは机一杯に広げられた地図に目を落とす。

「で、一体どこ行くのよ。一応聞いておいてあげるけど」

「無視かよ!」


ガーネはしっかりと突っ込みを返しておきながら、問われるままにびっしりと書き込みのされた地図の一点を指差す。

王都から見て東の方向の少し遠い商業都市の一つであった。


「…なんでここ?ここに何かあるの?」

「はっきりは現地で確認しないとわかんねーけど、例の『均衡』絡みと思わしき事件があった」

ガーネの指差した都市に書かれたメモには、『神隠し』の文字が強調されている。スメイラも最近新聞で見て覚えのある内容に地図の上で視線を辿るようになぞる。

「それなら、そんな汽車で行くような遠くじゃなくて王都からもっと近いこっちの地域でもいいじゃん。ほら、ここの『遺跡漁り』とか」

「……………だって馬車酔うし……」

「雑っ魚」

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