253話「鍵」
自室に引っ込み、シャワーを浴びて着替えを済ませたガーネは、汽車の中で仮眠を取ったとはいえ疲れた様子でそのままベッドに転がった。
天井を眺めながらぼんやり微睡みつつも、思考は常に動いていた。
『家』の管理は、筆頭分家であるハルマニーエ家が管理していることは間違いない。
好き勝手されていたことは死ぬほど腹立たしいが、管理をさせていたのは事実である。
貴金属類の多少は正直興味もないし、どうでもいい。
幼少の頃の記憶なのであまり当てにならないものも多々あるが、蔵の中の蔵書類はほぼそのままであろうとは思う。
一応は、『家の管理』として、役割は果たしていたのだろう。
そして『鍵』の存在──── …
そこまで考えながら、ガーネの意識はいつの間にか眠りに落ちていた。
ベッドに転がった時に見た時計の時刻は午前10時少し過ぎ、目を覚ました時は正午の少し前であった。
「……待て、『鍵』ってなんだ」
ガーネは寝入る直前の自分の思考を思い返す。
鍵とは、どの鍵のことなのか。
上着の内ポケットにしまった小さな袋から、円環と棒状の物と回収したピアスを取り出し机に並べる。
ピアスの軸の部分に、よくよく見なければわからない僅かな溝があり、円環や棒にも何か違和感は無いかと今まで散々眺めていたが凝視する。
何かがわかりそうで、何か引っかかりを覚えるのに、答えがわからない。
たっぷり数時間没頭し、いい加減目が疲れたと顔を上げ時計を見ると、既に時刻は16時を過ぎていた。
小さく溜息を漏らして細々した部品類を袋にしまい、ベッドサイドの引き出しにしまい施錠する。そのまま洗面所に向かって蛇口を捻り、冷たい水で顔を洗ってからようやく着替えをしてネクタイを結んだ。官服を羽織り、紙袋を持って欠伸混じりに部屋を出た。
私室から一番近いという理由だけで近衛の詰所に向かい、扉を開けた先に見える一番奥の席に見えた人物の元に真っ直ぐに歩み寄った。
「おかえり。戻ったか、無事で何よりだ」
「おー、ただいま。ていうかお前も『ここ』かよ。ほら、土産」
ガーネやエーリック同様、『総監室』があるにも関わらず今までと同じように詰め所で仕事をしているジェレイドを見てからかうように言いながら菓子箱を差し出した。
「……本当に買ってきたのか」
意外そうな顔で受け取ったジェレイドに肩を竦めながら小さく笑った。
「どいつもこいつも、土産土産って。俺は遊びに出たんじゃないんだけどな。……特に変わり無かったか」
「ああ、問題無い」
「そうか、じゃあな」
要件が済むとさっさと近衛の詰所を出たガーネは、その足で衛兵詰所へと向かう。
書類を眺めていたエーリックの元に近寄り、雑に菓子箱を机に置いた。
「…なんだこれガーネ」
「土産だよ、いらねーなら特務の連中に食わせるぞ」
「え、まじで?やったサンキュ」
「全員分は無いから上手くやれよ」
衛兵詰所でも用事のみでそそくさと退散すると、本来であれば『一番最初に出向くべき』女王のところへはこの時点でも行かずに特務室へと戻った。
部屋にはスメイラとラズリしかおらず、やかましい連中がいないことに何となく安堵して息をついた。
朝よりも机に積まれている書類が増えており、面倒そうな顔を隠しもせずに眉を寄せて席に腰を下ろす。
「……あーあ、疲れた……ラズリ」
「なによ戻った傍から」
「街ブラの時のあの男、そろそろ喋れそうか」
「アンタが容赦なく口元殴るから…全然まだ発音まともじゃないわよ。無理ね」
「そうか、殴る場所も考えねーとな。まあ別に狙って口元叩いた訳じゃねぇんだけど」
「狙ってたんだとしたら、なかなか性格悪いわよアンタ」
「はは、残念ながらよく言われる」
適当に雑談をしながら山になった書類をより分けて急ぎのものを確認するも、途中手が止まり眉間に皺が寄った。一応全て選別をしてから、手が止まった分類の書類を確認してスメイラを呼びつけた。
「スメイラちょっと来い」
「なーに」
「なーにじゃねぇよ、何これ。なんでまた差し戻されてんの」
「件名を通称じゃなくて正式案件名にしろっていうのと、訂正は改訂版をセットで出せって言うのと、あと」
「まだあんのか」
「ガーネくんの役職肩書きを正式名称で書けって。略すなと」
「はぁ?本気で言ってる?あのクソ長いのを?どいつがぬかしてやがる」
「この前の子」
「………」
あからさまにガーネがイラついた様子がわかり、スメイラも肩を竦めた。
「でもウチとしてもさ、受理してくれないと困るじゃない。だから一応『はいわかりましたすみません、特務総監に伝えておきますー』って返したんだけど」
「……けど?」
「『特務総監様、いつお戻りですか?私また改めます、直接お話しします』って昨日超しつこかったのよ。スメイラあの子の相手に15分も捕まって」
その会話を聞いていたラズリが口を挟み、スメイラが苦笑いを漏らした。
「あーあ、まじかよ。新人めんどくせーな…門番でもやたらと身分確認されたし。『所属は、お名前は、役職は、お荷物拝見します』って」
げんなりした顔で呟きながら差し戻された書類を手にして深い溜息を漏らした。
「お前ら悪いけど、俺も面倒なこと承知で言うけど重箱の隅つつかれないようにしてくれるか。俺も気を付けるから」
「それは構わないんだけど……アンタの役職肩書きだけ書きたくない」
「まぁわかる。俺もちょっとめんどくさい」
「……ていうかさ、あの子絶対ガーネくんのこと狙ってるというか好きでしょ。いっそ付き合えば?そしたら融通利くんじゃない?」
「あ、それいいかも。見た目はアンタの好みなんじゃない?ちょっと年上の可愛い系で結構生意気そうな感じがまたど真ん中っぽいし」
「勘弁してくれ、早く仕事片付けろ馬鹿共が」
そこからようやく急ぎの本日中の書類だけ片付け終わった頃にはすっかり21時を過ぎていた。
「今日はもういい。あとは明日やる」
「めずらし。アンタのことだから徹夜でもすんのかと思ったのに」
「女王にまだ帰還報告行ってない」
「えっ、ガーネくんが!?いの一番に行ってるのかと思った!また避けてるの!?」
「またってなに」
「またって…ねぇ?先輩」
「好き避けよ」
「………好き避け?」
眉を寄せてどこかきょとんとした顔をしたガーネを見て、スメイラとラズリは顔を見合わせた。
「出掛けにまた喧嘩でもしたの?」
「だからまたってなんだよ」
「でもさ、アンタ王都散策の日の夜頑張って寸止めしたらしいけど相当イチャイチャしてたんでしょ」
「なんでお前がそれを知ってる、いや違うイチャイチャはしてない。誤解だ。何もしてない。まだ」
「あっそ。早く行けば」
「なんか色々聞き捨てならねぇんだけど。まぁいいやサイフィルいなくて良かった、アイツ聞いてるとうるせーから。お前らもさっさと上がれよ、お疲れ」
ガーネはようやく席を立ち、女王の所へ向かうべく特務室を後にした。




