251話「『ひらけごま』」
実に巧妙に隠していたようで、それに気付くのに時間がかかった。
『母がどういう人物なのか』を一番わかっていた癖に、何故真っ先に思い浮かばなかったのか。『こういう隠し方をする』と、少し考えればわかることだった。
「…魔力の歪み…俺に触らせなかったのはそういうことか」
鏡を覗くと、映り込んだ自分の顔と視線が合い、何となく不快になる。
『見た目』を褒められることは正直よくあるが、父にも母にも似なかったこの赤い目と髪が心底嫌いだった。顔の造形は正直自分では良し悪しはわからないが、記憶にある父にも母にも、半々で似ているような気がすることだけが唯一の救いだった。
ガーネは鏡面に手を触れ、試しに魔力を注いでみる。
南の樹海に侵入した時と同じような魔法陣や魔法式が浮かび上がり、それを凝視する。
ただし、樹海のときよりはずっと簡単だった。
『阻むつもり』は、無いということだろう。
しかし『呪文』がわからない。
記憶を必死に辿り、ややしばらく考える。
────ガーネ、『ひらけごま』
記憶の端の方で引っかかった母の声を思い出し、ガーネは小さく呪文を唱えた。
「…ポーチム・シューマ・ヒューム」
その詠唱と魔力に反応したのか、鏡面に触れていた手がまるで液体のように中に滑り込んだ。
物理法則を無視したその状態に、とにかく早くと焦りから鏡面の『内側の世界』を漁った。
ふと、手袋越しに指先に何かが触れる。
本能的に『これだ』と理解したガーネはそれを掴み、鏡から手を引き抜いた。
鏡はすっかり元通りになっており、触れても歪みも違和感も、手が沈み込む感覚も全くなくなった。
それを確認してから、手に握った何かを確認するように恐る恐る指先を広げると、ガーネが右耳にしている柘榴石のピアスと良く似たデザインのピアスであった。
終焉の魔女アミュ・アティム・パシアフの言っていた、『おまえのそばに、ずっとあるもの』。
その言葉の意味をようやく理解し、思わず小さく笑った。
「わかりにくいっつの、クソババァめ」
ガーネは窓の外を眺め、まだ周辺に動きが無いことを確認する。
どうせもう入っていることは知られているだろうと堂々と正面玄関へと向かい、内側から鍵を開けて外に出た。
少し遠くの空がやや白み始めており、ガーネは無駄に広大な庭の隅の方へと足を進めていった。
どうせ分家が我が物顔で手入れをしているであろう庭先の花を適当に何本か毟るように摘み取り、敷地内墓地の一角へと足を踏み入れた。
墓石にはかつて自分の父としてこの世を生きていた男の名前が刻まれており、ガーネは雑にその墓石に花を手向けて手を合わせるでも無く無言で佇んだ。
「……墓参りなんて初めてか」
ここに、『母の墓』は存在しない。
その場にしゃがみ込み、墓石の『父の名前』を指先でなぞってから手に嵌めた白手を外して花の上に放り投げた。
無感情な目で周辺を一瞥してから、ガーネは再び入ってきた蔵の方へ足を向け、入って来た時と逆のルートで生家の敷地から退散した。
敷地を出た瞬間、『監視』されている感覚が来た時よりも強く感じた。不快感に再度舌打ちをしながら、軍用路線の敷かれた駅とは異なる隣の区へ向かうための通常路線の駅へと向かい、一般車両に乗り込んだ。
念の為尾行を警戒したが、物理的に尾行はされている様子はない。
そして、尾行ごときを気にしても無駄なことは自分が一番わかっていた。
顔も名前も、世間に出過ぎた自覚が十分にあったからである。
分家はガーネが生きていることを知っている。
その上で、今までは『庶民』として恙無く生きていたために黙認していたに過ぎない。
事情も状況も変わった今、分家がどう出てくるかなんとなく想像はつくが、面倒が増えたなと深い溜息を漏らした。
汽車はノルデンから十数分で、隣の区である『ソンデークラーセ区』へと到着し、ガーネは汽車を降りた。
グリーチェウトの土地であるノルデンと違い、ソンデークラーセ区はグリーチェウトの分家も住んではいるが普通の『栄えた閑静な高級地』の位置付けであり、観光地も兼ねている。
立ち並ぶ店や人の往来、何より雰囲気は『生きている』ものであった。
ガーネはソンデークラーセ駅を出てまっすぐに、奥の管理樹林へと向かう。
ノルデンからの方がこの樹林へは正直早く到着するが、とにかくあの土地にこれ以上いたくなかった。
北部国境近辺まで一帯に広がる森林。
その奥にある霜原は、真夏だろうと溶けることの無いところ……らしい。
ガーネ自身立ち入ったことが無いその場所へ向かうための、入口の森林。既に南の大樹海ティエフと同じように『侵入を阻む結界』が貼られている。
ティエフ同様、途中で足が進められなくなった。
「……今日は…ここまでか…」
入ること自体は、時間さえ掛けなければ問題ない。
しかし今日に関しては、『3日で戻る』と彼女と『約束』をした。
小さく舌打ちを漏らし、街並みを振り返り視線を投げた。
すっかり周辺は明るくなっており、街も人も動き出していた。
温泉の湯気、高級地らしく立ち並んだ店舗、妙に身なりのいい住人や観光客。
ノルデン程ではないが、十分に『異質』な素質を持っているのは、この土地がグリーチェウト家の筆頭分家である『ハルマニーエ家』の管理であるが故かもしれない。




