250話「実家」
北部ノルデン区へ汽車が到着したのは、予定通り深夜2時を少し過ぎた頃であった。
冬では無いものの、土地柄か『それ以外の理由から』なのか、妙に薄ら寒い。
「……気色悪い土地。……虫酸が走る」
小さく吐き捨てるように呟きながら、ガーネは駅を出て無言で歩き始めた。
深夜で誰も歩いていないが、独特の閉塞感だけでなく明らかな見られているような感覚に思わず舌打ちを漏らした。
さっさと目的を済ませてしまおうと、今から14年前まで実際に住んでいた生家である実家へと足を進めた。
例の呪力遮断布を持ち込むことも考えたが、そんな小手先の誤魔化しが効くとも思わずそのまま向かう。地区一帯そのものが『グリーチェウト家』の土地であり、その中でも一際目を引く無駄に大きな石造りの屋敷に無性に吐き気に似た何かを覚える。
門扉はしっかりと閉まっており、施錠もされていた。
こじ開けることも出来なくはないが、今現状『筆頭分家』が管理していることを考えると下手なことはしない方が賢明かと、侵入出来そうな箇所を探す。
ぐるりと周辺を回り、さすがの旧家らしく無人の屋敷にも関わらず施錠だけではなく結界も完璧であった。
「めんどくせーな…」
土地そのものに足を踏み入れた時点で、『立ち入った』ことは知られている。
家の結界自体も、正直破ること自体は造作もない。
しかし、とにかく面倒を起こしたくないと判断したガーネは、屋敷の裏手にある蔵の方へと向かった。
石塀と一部が一体となっている作りであり、扉は特にない。
だが、仕組みが漏洩さえしていなければ本家の人間しか知らない入り方があった。そも、漏洩していたとて『本家筋の人間』でなければ通用しないものである。
ガーネが蔵近くの石塀の傍でしゃがみ込むと、念の為周辺を見回して警戒しながら塀の石に触れていく。
何個目かに触れた石の手触りに覚えがあり、その石を軽く押し込むと、奥の方で微かに何かが嵌る音がした。
その音を確認してから、押し込んだ石を起点に暗がりの中手探りで周辺の壁に触れていった。
「えーと確か……右に3、上に4…これか」
身体が覚えている箇所に手を触れ、細心の注意を払って霊力を注ぐ。
入り方を知っていたとしても、本家の人間の霊力にしか反応しない術式が浮かび上がり、ガーネの『認証』が通ると隠し通路の入口のように石塀の一部が僅かに歪んだ。
ガーネは荷物から明かり取り用に魔法石を取り出してから、蔵の中へと足を進め、入ってきた隠し扉を内側から閉めた。
周辺が漆黒の闇に包まれて初めて、壁に魔法石を叩きつけて明りを灯した。
奥に進むと見覚えのある蔵書庫や呪具、祭事用の儀式用具が所狭しと保管されており、多少の埃っぽさはあるもののカビ臭さは全く感じず、定期的に『人の手』が入っている事が伺える。
その気持ち悪さに眉間に皺を寄せながらも、屋敷の方へどう入ろうかと考えながらとりあえず近くの目ぼしい蔵書へと手を伸ばす。
数冊パラパラとページを捲り棚に戻し、うち一冊を手にして中を開くと、途端に冷ややかに目を細めて中を眺めた。その蔵書に関連する物を数冊手にすると鞄に押し込み、蔵の正面入口から外へ出た。
手入れのされた広い庭に、誰が愛でるのかわからない花まで咲いている。
「…人の家で好き勝手しやがって、『管理してやってる』とでも思ってんのか連中」
小さく舌打ちを零し、裏の通用口の方向へと足を向けた。
使用人が出入りする場所であるが、やはりここも施錠だけは立派であった。
ただ、外周とは異なり家そのものには結界は張られていない。外周の結界がそれなりに強固なものであるが故であった。
持参している銃で一発打てば簡単だが、銃声が相当響くだろうと少し悩ましげに鍵を見た。
「…こじ開けるか」
いつものクソガキ顔ではなく純粋に面倒そうな顔をしながら白手を嵌め、胸元の警察手帳に挟んでいるヘアピンを取り出して鍵穴に差し込んだ。数分カチャカチャと鍵の内部を弄り回し、小さく『かちゃ』と音が鳴ると、ようやく勝ち誇った顔を浮かべた。
静かにドアノブを回し、屋敷への入口を開く。
やはり定期的に換気を含めた手入れをしている様子で、それを思うと何となく気分が悪かった。
窓から差し込む月明かりを頼りに、胸元の懐中時計を取り出し時間を確認する。時刻はすでに5時前となっており、朝になる前には立ち去りたいと目星のついているいくつかの部屋を目指して長い廊下を進んだ。
まず一番最初に立ち寄ったのが、父親・前当主である男の書斎。
ここはかなり可能性は低かったが、念のためめぼしい箇所を見て回る。一通り見て回り、一つの違和感を覚えながら次の部屋に入る。次に入った部屋は、幼少期の自分の部屋。
特にこれと言った何かがあるわけではない、広い部屋に机と歳のわりに大きすぎるベッドがあり、ソファやテーブルが置いてある。これも『よくある』部屋の光景であり、一応思い当たる箇所をいくつか探す。ここまで家宅捜索のようなことをしているが、嵌めた白手にはほぼ埃が付着しない。その事実に、ますます胸のうちに燻った嫌な感覚が大きくなった。
「…チッ、やっぱあそこか」
ガーネは広い屋敷の中の、敢えて最後に確認を残した部屋へと足を向けた。
時刻は、5時半を少し過ぎ、窓から差し込む明かりがまだ暗いとはいえ少しずつ朝の明かりになり始めていた。
最後の部屋、『母』の部屋であった。
幼少の頃、まだ3つか4つの頃に母と寝たいとせがんできつく叱られた思い出や、もはや何をしたかは忘れたがいたずらをして酷く説教された思い出が苦く蘇る。とにかく、厳しい人だった。
その中でも絶対に触らせなかった箇所が一箇所あった。鏡台である。
ガーネは真っ直ぐに鏡台へ向かい、引き出しを一つずつ開けた。
「…連中、やっぱり選んで『抜いて』やがるな」
正直、遺品だなんだと湿っぽいものに興味関心はない。
しかし『好き勝手される』のは筋が違う。
家柄だけは良いためか、それなりに目利きはするらしい。自分も幼少時だったがおぼろげながら覚えている、『父が母に贈った』という指輪やネックレスなどの貴金属類の、それなりに価値のあるものが軒並み無かった。父の部屋でもそれは同様であり、記憶にあった父が持っていた時計や装飾品の類がきれいになかったのである。
申し訳程度に残ったものに価値がないものではないが、他に所有していたと思わしきものから比べると正直そこまで値の張るものではない。
桁でいうと1つか2つは異なるものである。
ある程度の年齢になってから調べた『家』の管理に関しては、筆頭分家が取り仕切っているはずだった。父から見た従兄弟であり、ガーネの従叔父にあたる。
昔からあまり好きではなかったが、いよいよもって不快感がこみ上げてくる。
何度目かわからない盛大な舌打ちを漏らしながら、しかし『絶対にこの鏡台だ』と目星をつけてガーネはくまなく鏡台を調べた。
「……、ん…?」
一瞬、何かの違和感を覚える。
視界の端に引っかかった違和感を辿るように、もう一度ガーネは鏡台を眺めた。




