242話「はじめてのお買い物」
淡いラベンダーカラーのワンピースに、白の上品なレースのリボンを腰で結び、髪型は街娘のように緩く巻いたハーフツインテールで腰元のリボンと同じものを髪にあしらっていた。
ガーネの指示通り、ローヒールのブラウンのパンプスとレースの手袋を嵌め、かなりいい所のご令嬢に見えなくもない。しかし、先日の外遊で相当に面割れしている彼女は、ものの数分で「あれ、女王陛下…?」と気付かれ周囲を騒然とさせた。その原因の一旦は、当然ガーネたちにもある。どこからどう見ても『護衛・警備』をしている、最近噂の『騎士叙任』を受けた統裁官が傍にいるので当然であった。
「陛下」
「なんじゃ」
「服、自分で選んだんですか」
「最終的には妾が決めた。…変か?」
「いや、そういうの好き。可愛い」
「……良かったですわね、陛下」
ディアマントの後ろに控えレースの日傘をさしてかざした侍女長が小さな声で耳打ちし、ディアマントは素直に頷いた。
「ほら、階段」
前回の外遊の時とは異なり、ガーネが隣を歩いて手を差し出す。
ディアマントは満足そうに笑みを浮かべ、ガーネの手を取って階段を降りた。
今回の『視察先』である区画に到着すると、ディアマントは早速目を輝かせて周囲を見回した。
「すごい!あれはなんじゃ!」
「待て待て待て!走るな!」
ガーネは慌ててディアマントの前に手を差し出して行く手を阻み、周辺を警戒するように視線を回す。
「ガーネ、あれを見たい!」
「遠くからにしてください、民衆が混乱する。2分だけですよ」
広場で催されている大道芸に子供のように目を輝かせているのを横目で見つつ、手で後方に合図を送って周辺警戒に走らせる。
「あれはなんじゃ、なにをしておる」
「あー…手品じゃないんですか」
周辺の警戒でほぼディアマントの視線の先は見ていなかったガーネがちらりと視線を遣り確認をする。しかし、周辺が妙に物々しくなったことと威圧感に気付いた見物客がガーネとディアマントの姿に気付き始めると、侍女長から日傘を奪いディアマントの顔を隠すように差して左肘を差し出した。
「行きますよ。肘、ほら」
「う、うむ」
ディアマントがガーネの肘に手を添え傘で前が見えないながらもガーネに合わせて歩く。
完全に気付かれて騒動になる前にそこの区画を抜けると、ガーネは背後の侍女長に日傘を返した。
「…まだ見たかった」
「他のとこ、見る時間なくなりますよ。ほら、次どこ行きますか」
周辺に警戒の目を走らせながら適宜背後に手で合図を送って指示を出すも、計画を無視するようにディアマントは早速ちょろちょろと動き始めた。
「おいこら!」
慌ててガーネが走って追いかけると、ディアマントは目を輝かせて雑貨屋のショウウィンドウを覗いていた。
「…見たかったら入っていいですよ、陛下」
「よいのか!?」
「あのね、何のために通達出してると思ってるんですか。代わりにいきなり走って行かんでくれますか。…どうぞ」
嬉しそうに頷いたディアマントが入口に歩いて行くと、ガーネは先に立って入口のドアを開けた。
ディアマントが店内に入ると、事前の打ち合わせ通りに入店は最小限にガーネと近衛総監のジェレイド、侍女長だけが入店する。
侍女長と楽しそうに店内を見回す様子を視界の端で捕らえながら、ガーネは既に疲れたような顔で小さく息を漏らした。
「………覚悟してたが、外遊先より神経磨り減るな…」
「それはそうだ。…王都は人の往来も多いしな」
入口前から外を睨みつけるように目を凝らし、怪しい人の往来が無いかを確認する。
「ガーネ!次の店に行く!」
「ここでは何も買わなくていいんですか」
「……ヘルソニアに怒られる」
来る前に一体なにを言われたのかと肩を竦めながらドアを開けてやり、出た瞬間に走り出したのを見ていっそのこと一度転んで痛い目でも合わせた方がいいのかとさえ思いながら溜息混じりに目を細めた。
「ガーネ!あれ!本で見た!」
「はい、どうぞ。通達出してあるので」
ディアマントが物珍しそうな顔で近寄ったフルーツ串の店舗の店主に軽く一礼をし、目で『好きに注文させてやってくれ』と合図を送る。事前の依頼の通り、『どこかのご令嬢がやって来た』という体ではいつつも明らかに緊張した顔でディアマントへ声をかけた。
「い、…いらっしゃいませ」
ディアマントは何をどう注文していいか分からずガーネを振り返ると、意図を察したガーネは周辺に『警戒継続』と合図を送りながら近寄った。
「はい、なんですか『お嬢様』」
「お嬢様?」
「空気読めよ」
「妾、買い物をしたい!」
「通達出してるって言ってるでしょ、欲しいの言えばあとで請求書送られて来ますからこっちで処理します」
「そうではない!妾は自分で買い物をしたい!」
「はぁ?……店主、事前の打ち合わせと違うが構わないか」
「ええ、そりゃウチは構いませんが…」
「じゃあ陛下、食べたいの注文してください。何がいいんですか」
ガーネは懐から自分の財布を取り出すとディアマントに手渡し、せっかくお膳立てした『お嬢様』の設定を早々に諦めてメニューを指差した。
「…どれがいいかわからぬ、ガーネどれが美味しい」
「俺は柑橘は好きじゃねぇんで、酸っぱくない果物にしてください」
「うむ、店主。甘いのはどれじゃ」
「そ、そうですね……いちごかぶどうでしょうか」
「ならいちごじゃ!いちごのが欲しい!」
注文を受けていちごを串に刺している間に、ディアマントは人の財布を珍しそうに眺めていると、侍女長が苦言を呈しに来た。
「…困ります特務総監様」
「困らねぇよ、めんどくせーから俺の私費でいい。黙っておけ、せっかくだしやらせてやれ。怒られんのは俺だ」
「…知りませんわよわたくし」
「ガーネ、これはなんじゃ」
「人の身分証見てんじゃねーよ」
「この板はなんじゃ」
「信書証書だよ!…侍女長!陛下の世間知らずも程があるぞ教育してんのか!」
「それはわたくし共ではなくヘルソニア様か女官長に…」
店主が串に刺したいちごに蜜を掛けてから軽く乾かして会計の声掛けをした。
「700ヴェルでございます」
「小銭増えるのウザいから札崩さないでもらえますか陛下」
「700はどれじゃ、これか」
「お前は計算も出来んのか。700ヴェルのモンが500ヴェル硬貨で買えるわけないでしょうが。あーじゃあほら、もう札崩していいんで札出してください他の迷惑になるから」
ディアマントがガーネの言うことを聞いて札入れを漁り、最高額紙幣を取り出す。そして辺境伯領でガーネがクレープ屋の店主に言っていた文言を思い出してドヤ顔で真似をした。
「店主よ、『釣りはいらぬ』!」
「ざけんな小娘釣りをもらえ!それは俺が自分で払った時の迷惑料込みで言っていいセリフだ!くだらねーこと真似してんじゃねぇ!」
早速ガーネに怒られてむくれた顔をしたディアマントはいちご串を受け取りその場で食べようと口を開きガーネに再度叱責される。
「ここで食うな!立場を考えろ!」
「……ヘルソニアよりやかましい…」
「陛下が良くないですわよ、特務総監様の仰る通りですわ。危ないので一度わたくしがお持ちしますので、ね?向こうで座って召し上がりましょうね」
「侍女長甘やかすな小娘を、だから『こんな』になるんだぞ」
「陛下の『こう』なのは今に始まったことではございませんので…」
ガーネは店主に一礼してからぐったりとした顔で特務に少し先の広場の点検指示を出し、外遊時と同じように座らせる場所の点検に向かわせる。
侍女長が店主から持ち歩き用に袋を被せてもらい、ディアマントに日傘をさしながら背後について歩くものの、ディアマントの興味はすぐに次へ移ってしまいガーネは小さく舌打ちを漏らした。
「侍女長、傘はいい。かえって危ない。荷物だけ頼む」
「かしこまりました」
その後も宝飾店に入ってみたりおもちゃ屋に入ってみたり、わたあめを買ったり肉まんを買ったりと一頻り通りを満喫したところで、先に特務に確認に行かせた噴水広場の一角のベンチにハンカチを敷いて座らせた。
「いちごのが食べたい!食べてもよいか!」
「どうぞ。…侍女長」
「はい」
侍女長が袋から先程購入したいちご串を取り出し、ディアマントに差し出す。
いちごにかかった蜜が陽の光に反射してキラキラと輝くのを眺め、ディアマントは嬉しそうな顔でガーネを見上げた。
「……良かったですね」
「うむ!」
いちご串を早速頬張り始めたのを横目で見遣りつつ、懐の時計で時間を確認する。残りの予定はあと30分程で、このまま少しゆっくり歩いて戻れば時間的にはちょうど良さそうかと『今のところ』比較的順調かつ異常が無い様子に少しだけ安堵の息を漏らした。
「……陛下、晩飯食えなくなるんで、ここで食べんのはそのいちごだけにしてくださいよ」
「肉まんも食べたい」
「城帰ってから厨房で蒸し直してもらえ、そんな腹に溜まるもん」




