237話「邪魔」
会議後、スメイラから今回の散策区域の現地調査の実施案の提出を受けそれを確認する。
「仕事はえーな」
「まあね。…どうですか」
「悪くない。ほぼ完璧だが2点」
「なに?」
「上だ。二階以上の窓、屋根、屋上、バルコニーなんかだな。看板の上とか。地上の死角は見ても、上から落とされる前提が抜けてる。それと群衆の逃げ方。万が一のことがあって人が詰まると、陛下を引かせる道も詰む」
「……なるほど」
「でもお前も大分、俺の欲しい情報拾えるようになったじゃん」
「褒めてる?」
「わりと褒めてるつもりだけど。じゃあ、明日連中連れて頼むわ。案件入ったら俺が出るから」
時計を見て、思いの外遅くなってしまったなと考えながらガーネは官服を脱いで椅子に雑にかけた。
「じゃ、お疲れ」
ガーネは特務室を出てまっすぐにディアマントの執務室の方へと向かった。
一応ノックをし、中から応答する声が聞こえるとドアを開けた。
「あれ、まだ何か執務中でしたか」
机上の書類や書簡を見て出直すかと一歩下がると、ディアマントは「構わぬ」と短く返してガーネの傍に歩み寄った。そのまま近くのソファに腰を落とすと、当たり前のように隣の座面を叩いて座るように促した。
「まだ拗ねてんのかと思った」
「ちょっと拗ねておる。妾は買い物をしてみたかった」
「だから、『後で行く』って言って今来たんでしょ」
「…?」
ディアマントがやや拗ねている理由とガーネが部屋に来た理由が結びつかずに首を傾げる。ガーネはシャツの胸ポケットに入れた警察手帳に挟んだ、小さく折りたたまれた地図を取り出して広げて見せた。
「地図?」
「俺が何も考えないで区画絞って警備案立ててると思ったのか。市場は許容出来ないけど、こっちのエリアならお前の好きそうな店とかありそうかなって、下見して来たんだけど。無駄だったかな」
地図に書き込まれた店は、ディアマントも名前くらいは知っている高級店だったり、たったの数日で擦り切れそうなほどに目を通したガーネが買ってきたガイドブックに乗っていた雑貨屋などが軒を連ねる比較的落ち着いた区画の店であった。女王の来訪でも格の落ちない店や、行きたい食べたいと希望を挙げた店も網羅している。
「不満?」
「な、何故あの場でこういうのを言わぬ、お前は」
「お前のそういう顔見ていいのは俺だけだから、かな。絶対そういう可愛い顔すんだろ。とは言えあの拗ねた顔もやめて欲しいんだけどな」
ガーネが小さく笑いながら背もたれに寄りかかりネクタイを緩めた。
「で、どうですか。女王陛下。ご不満でしたら全部やり直しますけど」
「…やり直さなくてよい。……お前、仕事の出来る男じゃな」
「はは、今更?俺こういうリサーチ、割と得意ですよ。警察官なんで」
「…警備の件も、妾も一応わかってはおる」
「全くわかってないバカだなんて思ってないっての。ただ、ああいうワガママは俺の前だけにしろ。衛兵総監と近衛総監はまだしも、あの場には特務の連中も文官も何人かいただろ。まして俺は昨日お前の前で『特務同席させます』って言ってるんだから、もう少し『女王』としての顔でいてくれ」
膝の上に肘を置いて頬杖をつきながら、ガーネは右手を伸ばしてディアマントの髪に触れた。
ディアマントは、ガーネが『官服を脱いで来た理由』や『ネクタイを緩めた理由』に答えを求めるように視線を漂わせた。
旅行誌を持って来た時も、官服を脱いでいたことを思い出して宙を彷徨った視線をガーネの右耳に向けた。自分が無理矢理刺したピアスが視界に入り、そのままガーネの顔へと目を戻す。
しかし明確な答えがわからないまま、再び視線が迷子になって髪に触れるガーネの手元へと視線が移り、落ち着かない様子で再度目線をガーネの双眸へと向けた。
少し黒みがかった深い紅の瞳と目が合い、ガーネが僅かに笑ったのが見えた。
「……ふ、察しの悪い女」
「…え」
「俺、今日もう部屋戻っていいの?」
「な、え、なぜじゃ」
「なぜだろうな。欲しかったらオネダリしたらどうだ」
「…し、…仕事は」
「まあ、全然やればあるけど今日中にやらなきゃいけないのは全部終わらせてきたつもりだけど。なんだ、仕事戻って欲しいのか」
「……だめじゃ」
「はは、もう少し意地悪してやってもいいけど今日はこの辺で勘弁してやるか。おいで」
ガーネはディアマントの腰を抱き寄せて自分の膝に乗せると、頬を掌で撫でてから再度視線を絡ませた。ディアマントも『察しが悪い』と言われ若干むっとしたのもあり、きちんと察していると暗に伝えるつもりでガーネの首元に両腕を回して唇を重ねた。
口付けを交わすのはいつぶりだろうかと考えながら、ガーネは膝に乗せたディアマントの腰に触れて背中を撫でた。至近距離で見つめ合う金色の蜂蜜のような瞳は僅かに涙の膜が張っており、ガーネは思わず笑みを浮かべた。
「可愛い顔。ほら口どうすんだっけ、女王サマ」
素直に薄く開かれた唇に軽く吸い付き、わざと音を立ててから舌先をねじ込んだ。緊張で小さく震えたディアマントの背中を撫でながら、ドレスのファスナーに手をかけて焦らすように下ろしていく。露わになった素肌に掌を這わせ、このまま押し倒そうかと腰を抱き寄せ直した瞬間、執務室の扉がノックされた。
「失礼いたします。特務総監、いらっしゃるとお伺いしました。特務案件かと思われるのですが、特務室既に人員不在でして直接お伝えに参りました」
ガーネはあからさまに眉を寄せ、一瞬無視をしようかと考える。
しかし、執務室前の廊下の先にいる控えの近衛が自分がここに入る所を見ているのを思い出し、盛大に舌打ちをした。
「……邪魔しやがって」
小さく呟きながら、溜息を漏らして扉の向こうに声をかけた。
「今陛下と打ち合わせ中だ、10秒待て」
「は、かしこまりました」
ネクタイを結び直し、ディアマントの口元の紅の乱れを自分の親指で拭って整えてから自分の口元も整え、ディアマントに声をかけた。
「俺の口。お前の口紅残ってないか」
「…残っておらぬ」
それを確認すると、ディアマントのドレスのファスナーを上げてソファに座らせ直し、入口に向かい扉を開いた。
「では陛下、例の件はその方向で動きます。私はこのまま出動しますので」
「う、…うむ」
一礼して部屋を出たガーネの姿を見て、ディアマントは何も言えずに呆けてしまった。




