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断罪ディストーション  作者: 梦月みい
第四章『呪禍』

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24話「呪詛返し」

「ヘルソニア様御自ら…!そのような事は我々がいたしますので…!」

「陛下の勅命だ、それに私が動かねば呪いが広まる。どちらかと言えば、其方達は感染者をこれ以上増やさないように接触者を完全に隔離する為に一帯の封鎖と混乱を抑えてもらった方が助かる」

「の、呪い…!?」

「かしこまりました…!」

呪い、という単語に憲兵や病院職員は動揺を隠せずにいる。

隔離された感染者と接触者を一部屋に集めると、ヘルソニアは「心配せずともよい」と酷く優しい声を掛けて安心させたところで、ぱちんと指を鳴らして呪いを受けた一般人を昏倒させた。

術で眠らせたまま、先程と同じ術を発動させて地下牢へと数人を転移させると呪符を一枚取り出し部屋の中央に放った。

呪符は炎を上げ始め、その炎が病室の備品に燃え移るとぱちぱちと音を立てる。

ヘルソニアがそのまま部屋を出ると、近くに控えていた憲兵を呼びつけた。

「へ、ヘルソニア様…!?」

「火事ではない、浄化の為に燃やした。ある程度燃やしたら他に延焼する前に消化しなさい」

「は、…あ、あの、先程集められた『感染者』は」

「城に送っている。安心しろ」

周囲の人間が火消し作業の準備をし始めたのを見届けて、ヘルソニアは訪れていた病院を後にする。念の為周囲の『呪いの気配』を確認し、これ以上の漏洩は無さそうだと安堵の息を漏らしたところで、城の地下牢へ戻る。

地下牢に感染者及び異端なる均衡者を一纏めにし、女王の命令通りさっさと処分してしまおうと懐から呪符を取り出したところで、聞き馴染みのある騒々しい声にそれを阻まれる。


「ヘルソニア様!お待ち下さい!」

「…ガーネ、何をしに来た」

いつもと違い、流石に少し苛立った様子のヘルソニアにガーネは僅かにたじろぐ。

しかし、全速力で大図書館から駆け出して来た甲斐があったらしく、一人は激しい自傷行為で虫の息ながらも例の『異端なる均衡者』が生きていたことに安堵するが、最初の報告よりも一般人の被害者が増えてたことに盛大に舌打ちを漏らす。

おそらく理由のわからないうちに地下牢に連れてこられたらしく、酷く怯えたような目でガーネとヘルソニアを見つめていた。

ガーネは今から自分がやろうとしていることの決心を固めるように小さく息を飲むと改めてヘルソニアに向き直り恭しく敬礼をする。

「一旦俺に預からせてもらえませんか、数分でいいです」

「…陛下も申していたが、正直猶予はない」

「俺の好きにしていいって言ってましたよね」

妙に食い下がるガーネに、ヘルソニアは瞳を細めた。ここまで言うからには何か策はあるのだろうと思うも、ヘルソニア自身もガーネの言う通りの『ある程度の裁量権』は持ち合わせている。どうしようも無ければこの男を…と考えて、やれやれとばかりに息を漏らして肩を竦めた。


「……数分で良いのだな」

「はい」


恐怖と不安に満ちた視線がガーネにいくつも刺さる。

呪いが発動した人間は同じように白目が黒くなっており、一般人の感染源になってしまった図書館職員の制服を着た男は既に両目が黒く、自我もなく暴れているためヘルソニアの魔法で手足と口を拘束されていてそれも他の人間の不安を一様に煽っていた。

ガーネは思わず目をぎゅっと伏せ、言いようのない罪悪感と心苦しさを必死に飲み込む。


────…わけがわからないうちに自分が呪われた不安。理由も明かされないままに連れてこられた地下牢の恐怖。呪いが進行したあとに、一体自分がどういう道を辿る羽目になるのか。

ガーネ自身も、その不安がわからないわけでは当然ない。『女王の加護』がなければおそらく自分自身も『あっち側』だったであろうことは容易に想像がつくし、なんならいつ加護が呪いに負けて同じようになるかも知れない。

ふう、と息を吐き出し、ゆっくりと目を開いて視線を件のローブの男に向ける。

その目には迷いは既になく、『自分が成さねば』という決意の色に満ちていた。


ヘルソニアはガーネが何をしようとしているのかわからないながらも、彼のその目を見て薄く笑みを浮かべた。

指先を弾くとぱちんと軽く音が反響し、ローブの男の収監された檻が開いて男の口枷が外れた。


先程まで動揺を隠せず小さく啜り泣いていた呪いに感染した看護師も含め、地下牢はしんと静寂に包まれる。ガーネが一歩踏み出すと、靴底の触れるコツ、という音が静かに響き渡る。

身動きの取れない男の傍に歩み寄ったところで、口枷の外された男は気丈にもガーネを睨みつけ声を上げた。


「殺すなら殺せ!我々は此度のようにいつでも『偽りの秩序』に制裁を与えることができる!俺らを殺したところでその意思は変わらない!」

「…ごちゃごちゃうるせーよ。一応、傍若無人な態度は否定もフォローもしねーけどあの人は『俺の女王サマ』なんだよ。お前があの人に制裁する前に俺がお前に制裁下すぞ」

冷ややかな目で男を一瞥し、苛立ちを吐き出すように喚き立てる男の鳩尾を蹴りつけた。


「罪のない一般人にあれだけ被害出しやがって、覚悟出来てんだろうな」

当たりどころが悪かったらしく男は息を詰まらせて黙り込む。

女から聞いた通り、ローブには例の欠けた円の紋章が刺繍されており、即ち反女王勢力────『異端なる均衡者』に他ならない。

ならば、容赦してやる理由も道理もないだろうと判断したガーネは、懐から禁書庫に安置されてた古い銅鏡二枚と諸悪の根源の勾玉を取り出して床に置いた。


ヘルソニアが少し驚いたようにそれを見て目を見開くも、ガーネがなにをしようとしたか理解したようで黙って見守っていた。


「お前らに選ばせてやる。あそこで待機してるおっかねー美人にぶち殺されるか、このまま呪いが進行して狂い死ぬか、…『呪詛返し』とやらの一興に乗るか」

「な、に…?」

「逃げるなら逃げろ。ま、どうせ逃げられねーだろうけど。……だけどなぁ、俺普段は結構温厚なんだけど流石にちょっと怒ってんだよ。────…なぁ、お前も男なら…責任の取り方くらい、知ってるよな?俺はお前らを許すつもりは微塵もねーぞ」

換気用のごく小さな隙間から差し込んだ朝の光が、ガーネの指輪に反射して輝く。

ガーネの意図を察したヘルソニアが、男の拘束の魔法を解く。

男は震える手で銅鏡を二枚、合わせ鏡の要領で設置してその間に勾玉を置いた。


あれだけ大口を叩いていた男の瞳は動揺と恐怖に揺れていた。

さすがに術者だけあって呪詛返しの知識はあった様子で、抗えない様子ながらも呪詛返しの手順を踏んでいく。その手順は、あの偉そうで面倒そうな顔をした女の言葉通りのため相違ないだろう。

勾玉が光り、鏡に反射する。

呪いの力を受け、その光が合わせ鏡の内側で反射するのを繰り返した鏡はやがて、ぱりんと無機質な音を立てて割れると、呪いの力の行き場のなくなった勾玉はその反芻した力を受け止めきれなくなり、割れて砂のように砕けていった。

数刻前に女王が言っていたように、呪いを返したところで返す相手が生きていなかったらしく、勾玉が割れると溢れた呪いが呪詛返しをした男に直接跳ね返った。


男は両目から黒い血を流し、口からは血反吐を吐いて忌々しそうにガーネを黒い両目で睨みつける。

「……こ、の…傲慢、め…!貴様も…均衡を乱すか…!」

「乱してねーよふざけんな殺すぞ、静かに死ね」


男は呪いを孕んだまま息を引き取り、もう一人の男も呪いと肉体的な損傷のせいかそのまま後を追うように息絶えた。

呪いの根源は、発動させた張本人ごと消えた。


「…よくやったガーネ。後は私が引き受ける、其方はそこを離れろ」

呪いは消えたが、人に渡って『別の呪い』として成立した呪いは消えてくれない。

ガーネはやはり納得できないまま、しかしこれ以上は何もする術は持ち合わせていない。


ヘルソニアの術で呪いを受けた人間は、死体も、遺灰すらなにも残らず、この世から『消えた』。

何も出来ずにそれを見ているしか出来なかったガーネが唇を噛み締める。

容赦なく血が滲んで、顎先を伝って石畳の床にぽたりと滴り落ちた。


ヘルソニアはそっとガーネに近寄り、噛み切れた唇を指先で拭う。

「少し休め」

ぽんぽん、と肩を叩くと、一層悔しさが溢れ出るようだった。『いつものように』式神を肩にくっつけられたわけではなく、それに対しての憤りではない。

それはヘルソニアにもわかっているようで、肩を竦め妙に優しさを孕んだ声でガーネをねぎらった。

「其方のお陰で、被害は最小限だ」

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