234話「ワガママ女王」
翌日昼過ぎ、ガーネは女王の執務室を訪れた。
「どこ行きたいか決めましたか」
「いっぱいある!まず昨日お前と見たわたあめが欲しい、あとこのりんごの飴も欲しい、小さいケーキも美味しかったからまた欲しい、あとこのタルトも欲しい、芋も欲しい!」
「全部食いもんじゃん。3つにしろ。それか持ち帰り」
「あとこの本に載っておった市場も行きたい!」
「い、市場か…あー、うーん…他は」
「この噴水の公園!あとまた色んな店を見たい!この広場も、あとこっちの屋台も、美術館も、それから…」
「わかったわかった、じゃあちょっと行程とか警備とか考えるから。でもせいぜい2時間くらいですよ。長くても3時間」
「短い!つまらぬ!」
ガーネは助けを求めるようにヘルソニアに視線を向けるも、わざとらしく目を背けられた。
「…途中で疲れても、俺は抱っこなんかしねーぞ」
「妾はお前と違って大人じゃ、疲れたからとそのようなことを求めるか」
「ソーデスカ」
「大体、警備なぞそんな大仰なものいらぬ」
「なら、俺は同伴しなくていいってことですね。わかりました」
動揺したように目が揺れたディアマントを見てわざとらしく一礼をして部屋のドアに向かうガーネにディアマントは慌てて声を掛けた。
「な、何故じゃ。待てガーネ」
「何故って、俺は『護衛』ですよ。騎士ってまあそれだけが役割じゃないですけど。アンタが俺を騎士に据えた理由の大半はそれでしょ。警備いらんのなら俺が同伴する必要ないでしょ」
「駄目じゃ、妾はガーネと約束した!」
「なら、俺の言う事聞けるよな」
「………お前、女王である妾をそうやって御すつもりか」
「ハイ、それが仕事なので。あと単純に『その顔』見たくてですかね。…で?どうすんの、俺の言う事聞くのか聞かねぇのか」
勝ち誇ったような顔で振り返ったガーネは、ディアマントの悔しそうなどこか少し泣きそうな動揺たっぷりの顔を見て満足そうに笑みを浮かべた。
ディアマント自身はガーネの何度か見覚えのあるその表情に、なにが『スイッチ』だったかわからなそうに戸惑いつつも、視線をほんの少しだけ泳がせてあくまでも妥協してやったポーズで口を開いた。
「…こ、今回は…お前の『助言』を、受けてやってもよい」
「ははは、そりゃ良かった。初めからそう言ってくれ小娘」
「陛下、前も言いましたがガーネに口で勝とうと思わない方がよろしいかと。貴女じゃ勝てませんよ」
「ヘルソニア様も目ェ逸らしたくせによく言いますね。…ところで明日なんですが、特務調教中なんで全員同席させてもよろしいですか。喋らせませんので」
「まあ、外遊程の大きな公式行事ではないしな。構わん。…『大変そう』だな、あの程度の書類で」
「はいとてもすごく。それよりもスメイラとラズリがあんなに教えるのに向いていないとは思っていなくてビビりました。アイツら、急に俺が『また』更迭されたり死んだらどうするんですかね、アレで」
「死なないようにしてくれ、更迭はともかく陛下の小娘化が加速する」
「死んだあとのことまで世話見れるかよ、俺が死んだら頑張ってください」
「待て、妾は更迭なんか申し付けておらぬ!」
「はいはい、失礼します」
ガーネは無理矢理話を切って一礼すると部屋を出て行った。
ディアマントは拗ねた顔で傍に控えるヘルソニアを見上げ、口を尖らせた。
「…あの男、そんなに早死したいのか」
「というか、常に『覚悟』をしているのではないですかね。公的にも貴女の『盾』なわけですし、外遊の時にも…誰よりも早く、いの一番に咄嗟に貴女のことを庇ったでしょう。敵に不覚を取ることはほぼ無いでしょうが、序列持ちのもっと上の階層の者が出張るようになり始めたらわかりません」
「…まあ、『今の』ガーネでは…おそらく負けるであろうな」
「そのためにあの男はティエフまでわざわざ行ってますし、今後も『実家』の方には行くでしょう。あの男は自分でそれをわかっていますよ。そういう意味では、『弱い男ではない』です。私はそう評価しています」
ディアマントは立ち上がり、窓の外を眺めた。
窓越しに見る王都の景色を見つめて、小さく溜息を漏らした。
特務室に戻ると、ラズリがガーネに通知を手渡した。
「さっきご側近様の侍従が持って来た。アンタにって、招集通知」
「おー、置いといて」
「え、意外。すぐ見なくていいの?」
「だってそれ、俺がヘルソニア様にお願いした通知だし。中身知ってるからあとで確認する」
ガーネはそれだけ言うと官服を脱いでラズリに手渡した。
「ちょっと出かける。小一時間くらいで戻る」
「はーい」
王城を出てガーネは王城広場を抜けて市場の方向へと歩いた。
人が多く道幅も狭い。挙句、死角になりそうな箇所や潜伏されそうな場所も多く、『無し』とは思いつつも、希望は叶えてはやりたい気持ちも多少ある。
妥協点を探すように周辺に目を凝らしながら、人の流れに沿って通りを進んでいく。
辺境伯領でも、小娘らしく宝飾店や雑貨屋などに比較的吸い込まれていったことを思い返すと、もう少し人流も整理出来そうな落ち着いた区画の方が良さそうかと判断をし、小さく息を漏らす。
「…でもなぁ…『ここ』って言ったら聞かなそうだなあの女」
純粋に、『普通の娘と同じように街を歩く』ことが余程楽しかったらしいことは、前回の辺境伯領での散策時の顔を見ればよくわかる。そこに『ここはだめだ』『こっちにしろ』と制限を掛けられ、面白くはないのもわかってはいる。
また一つ胃痛の原因が出来たと溜息を漏らし、ガーネは諦めて王城へと引き返した。




