228話「特務総監」
「あ、スメイラさん今日から補佐官だね!補佐官って呼ばなきゃ駄目かな」
論功行賞及び慰労会と言う名の祝賀会翌日、サイフィルがジャケットに役職徽章を新たに付けたスメイラを見て声を掛ける。スメイラはあからさまに苦笑いをして肩を竦めた。
「普通に、スメイラでいいよ今まで通り…」
今まで通り、と称した通りいつも通りにスメイラは書類を処理し、他のメンバーは特にやることも無いため各々自由に過ごしていた。
カルセがスメイラの席にコーヒーを置き、スメイラはそれに気が付いて顔を上げて眼鏡を外した。
「カルセさんありがとう…」
「いえ、一息入れましょう?あ、でももう少しで終わりでしょうか」
「これで外遊関連のは全部終わり。外遊の日にガーネくんがボコボコにしたせいか、アレから向こうも大人しいし案件処理の仕事も今はないから…これが終わったらようやく一息」
身体を伸ばして呟いたスメイラがふと時計を見ると、時刻はすっかり昼過ぎになっていた。
「…先輩、ガーネくんは?点滴?」
「ん?いや、今朝部屋行ったらいなかったわ。エナ曰く事務方の処理が色々あるからって朝から城内うろついてるみたい。捕まらないから諦めたわ、まぁ城の中なら倒れても誰か気付くでしょ。特にあの女」
そう言いながらラズリは暇そうに雑誌を眺めていると、部屋のドアが開いた。
「おはよ」
「おはよーって、もう昼だよガーネ」
「あ?あーな、忙しいんだよお前みたいなバカと違って」
昨日に引き続きあまり顔色は良くはないものの、雑炊すら食べられずに吐いた日に比べると相当に顔色は改善していた。
抱えていた箱を席に置くと、疲れた様子で小さく息を漏らす。アメジがおもむろに立ち上がってガーネを指差した。
「あ!ガーネ様制服変わった!」
「あ、ほんとだ」
「なんか新しいの支給された。そんな変わんないけど」
「騎士じゃないの?」
「毎日あんなの着るかよ、騎士の公務でもあるまいし」
今まで着ていた官服と大きくデザインは変わらないものの、多少刺繍が豪華になり襟元と胸元の徽章が増えていた。
ガーネは箱の中身を取り出し、席に座らないままラズリを呼んだ。
「はいラズリ、来い」
「え、なに」
急に呼ばれたラズリは目をぱちくりしながら雑誌を閉じると立ち上がってガーネの傍に近寄る。
「お前の辞令書。昇格じゃないから昨日は呼ばれなかったけど、正式に『巫術医官』の肩書。こっちがその徽章と、こっちは昨日の『特務』の褒賞の徽章」
「……ありがとーございまーす」
ラズリは辞令書と2つの徽章を受け取り色々な意味で複雑そうにしながら眺めて席に座り直した。
「次カルセ」
「はいガーネ様」
「これもお前の特務徽章」
呼ばれたカルセは耳を揺らしながらガーネに近寄り、両手で徽章の入った小箱を受けてちょこんと小首を傾げて笑みを返した。
「まあ、ありがとうございます」
「バカ」
「…え、僕?」
「僕?って自覚あるならさっさと来い」
バカと呼ばれて素直にやって来たサイフィルに徽章を渡すと、サイフィルはその場で箱を開けて中を眺めた。
「わー、なんかすごい!」
「良かったな、はい次ゴリラ」
「誰がゴリラ?」
「今返事したやつだろ」
アメジにも同じように徽章を手渡すと、アメジはじっとガーネの顔を見つめた。
「怖い。なに」
「うふ、あたしの騎士様」
「『お前の』騎士じゃねぇよ殴るぞ」
ガーネは心底嫌そうな顔をしながらアメジを手で払い、最後にスメイラを呼んだ。
「スメイラ」
「え?私昨日もらったよ?」
「それは総監補佐官の役職徽章だろ。ほら」
スメイラにも徽章を手渡し、何となく感慨深そうな顔をされる。
「…ありがとうございます、『特務総監』」
「どういたしまして『総監補佐』」
わざわざ全員に、一人ずつ褒賞の下賜品を手渡したガーネはようやく席にどっかりと腰を下ろした。
「…で、だ。特別手当が出てるが、これはお前らで均等分配して給与振込にしてもらうのと、全額現金でもらってパーッと使うのどっちがいい?ちなみに俺はこれに関しては『金はいらねぇから休みを寄越せ』と交渉したところ、なんと却下を突きつけられた」
「別に給料でもいいけど、そこそこ貰ってるしパーッと使う感じでいいんじゃないの」
「さんせーい」
「じゃあそんな感じでいいか、カルセ。後で会計行って申請して引き出してこい。お前らで好きに使え」
「かしこまりました」
カルセに書類を手渡し、ついでに褒状も「どうにかしといて」と託して机に頬杖をついた。
「え、ガーネは行かないの?」
「めんどくせぇし体調悪いから行かない」
「えー、だめよぉ。昇進祝いしなきゃ」
サイフィルとアメジに食い下がられ、面倒そうに目を細めた。
「俺は昨日散々されたから別にいい。スメイラの昇進祝いしてやれ」
「でも昨日水しか飲んでないでしょ。あ、いちご食べてたか。陛下に食べさせてもらって」
スメイラがからかうように告げ、ガーネは視線を向けて呆れたように肩を竦めた。
「さすがゴシップ女。どうでもいいとこよく見てやがる」
「でも『特務に』って特別手当貰ってるんだから、ガーネくんも一緒じゃなきゃだめでしょ」
面倒そうにしつつも、おそらく特務の面子がこう言い出したら聞かないのをわかっているガーネは諦めたように「はいはい」と返事をして背もたれに寄りかかった。
「で、ガーネ」
「なんだ」
ラズリに呼ばれ、視線を向けたガーネはなんとなく身構えた。
「一応言うけど、昇進と叙任おめでとうございます」
「?ありがとうございます…?」
意味がわからなそうに首を傾げ、ラズリ以外も同じような顔をしているのを見て頭の上に疑問符が浮かぶ。
「アタシら、アンタが病んでた理由がね、近衛長……じゃないや、近衛総監が『近衛騎士』に就任するって人事にやきもち妬いて病んだのか、更迭もしくはそれに近いような不当な人事なのか、配置換えとかであの女の傍にいれなくなるような人事なのかなと思ってたわけよ。でも蓋開けてみたら、普通に昇進だし、勿体つけたように『騎士叙任』だし。なんで病んでたのかまるでわかんないの。何がアンタをあんなにさせたの」
ラズリの言葉にガーネは腕を組んで考え始めた。
女王の前で不覚にも涙を流しながら訴えた時にも、はっきり言語化は出来ていない。自分の中でもまだ上手く言葉に置き換えられていない、心の奥底にある何かをようやく真面目に考える余裕が出来て少し俯いて黙り込んだ。
「…多分…、…騎士叙任の話は、俺は近衛所属じゃねぇし、そもそもそんな候補だったことすら知らんかったし寝耳に水ではあったけど…話は、純粋に嬉しかったし光栄だとも思った。けど、…外遊の警備最高責任者になって、上手く出来てなかったんじゃないかとか…『役に立ててなかったのか』とか、『犬として不足だったのか』とか…『俺じゃない犬を飼うつもりなのか』とか、色々考えたらなんか…わかんねぇけど…『犬じゃなくなる』のが、怖かったんだと思う。また捨てられるのかって」
言葉にすると我ながら子供みたいなことを言っているなという自覚はあったものの、これ以上飾った言葉に変換も出来ず、比較的素直な感情で吐露した。
しんと静まった特務室の中ではあったが、ガーネのその子供のような恐怖心を誰も茶化しはしなかった。
一度それで潰れているのを見ているし、ガーネの人格の根底にある性質だとも理解していたからこそであった。
「……ガーネくんって、やっぱりバカだわ」
「なんでだよ」
スメイラの呆れたような言葉に眉を寄せて返したガーネだったが、顔を上げた先の視界に入る面々の顔に何も言えなくなった。
「…アンタ程『役に立つ女王の犬』なんか、世界中のどこ探したって存在しないわよ」
「……そう、か。なら、…良かった」
小さく呟いたガーネは、ようやく自分が『役に立たなかったのでは』という特務にぶつけた不安を解消し、少しだけ笑って眉を下げた。




