227話「王室近衛騎士」
ディアマントも少し疲れた様子でバルコニー前のソファに移動し腰を下ろすと、ガーネも自然に傍に寄って椅子の横に立った。
その様子と立ち姿に満足そうに笑ったディアマントを見遣り、ガーネはやっと声をかけた。
「そのピアスと髪飾り、可愛いじゃん」
「ふ、どこぞの男が妾に似合うと寄越した品じゃ」
「へー、さぞセンスのいい男なんでしょうね。よくお似合いで」
「ガーネ、座れ。少し休め」
ディアマントが隣の座面をぽんぽんと叩くと、ガーネは普段とは異なり一礼してから隣に腰を下ろした。
「ふふ、ッ…それが噂の『外面統裁官』か。女王名代といい、お前の外面は大したものじゃ」
「当たり前だろうが。俺だけ言われてんならまだしも、こういう場ではお前ごと非難されんだろ。そういう常識のないやつ騎士に選定してんのかって」
「ならば、きちんとそういう立ち居振る舞いの出来る男を騎士に選定した妾はなんと出来た女王だろうか。ほら、お前も食べよ。果物くらいならば食べられるであろう」
ディアマントはヘルソニアが取ってきた皿に盛られたフルーツの中からオレンジを一つまみしてガーネに差し出す。
視線が2人に刺さっている自覚はものすごくあり、ある種の牽制のためにそのまま食べても構わなかった。が、ガーネはそれをあっさり拒否した。
「いらね、柑橘好きくねぇ。すっぱいだろ」
「子供のようなやつじゃな。まあ、子供か」
ディアマントは摘んだオレンジを自分で頬張り、皿の中から『たしかいちごは好きだったな』と記憶を辿り、いちごを摘んでガーネの口元に差し出した。
ガーネはほんの一瞬だけ悩みはしたものの、素直に口を開けて差し出されたいちごを女王の手から食べた。
無意識に胃の辺りを押さえ、咀嚼して飲み込む。
「…いっこでいい」
「何個も食べさせてやるとは言うておらぬ。そんなに何個も食べさせて欲しいのかお前は」
「当たり前だろ、普段だったら役得でしかねぇからな。でも今は食えないからいらない」
「……わかっておる。一つ食べれば、十分じゃ。今日はな。少しずつ食べるようにせよ」
「誰のせいで病んだと思ってんだかな」
2人の会話はごくごく小声であり、相当に近寄らなければ聞こえない声量であった。
挙句、特にガーネの方は口元を隠して喋るのが非常に上手く、読唇でも会話は読ませない技量を持っていた。聞かれたからと言って困るような会話はしていないが、その雰囲気がまた傍から見ると『いちゃついている』ようにしか見えない光景であった。
ガーネは注目されている視線は感じながらも、純粋に酒宴を楽しんでいる面々や談笑している顔見知り、決して騒がしいわけではない賑やかな雰囲気を眺め、改めて口を開いた。
「…陛下」
「なんじゃ」
「…ちゃんと、貴女のこと守って…『ここ』に連れて帰れて良かったです」
「……そうじゃな」
ディアマントは小さく笑いながらゆっくりとソファから立ち上がると、ガーネも続けて立ち上がる。中央へとゆっくり向かう隣を付き従うように歩く自分の『騎士』の姿に何度目かの満足そうな笑みを浮かべ、ふと思いついたようにガーネを振り返った。
「そうじゃ、ガーネ」
「なんですか」
「せっかく騎士に就任したことじゃ、最初の公務は妾と王都散策じゃ」
「…げ、…覚えてたか」
帰りの馬車越しでの約束を思い出して肩を竦めるも、『公務』なのが若干気に入らないながら『まあ悪くないか』と少しだけ考えるように腕を組んだ。
「……それじゃ、護衛計画と街の警備体制計画に道路通行止申請、区画封鎖申請とか色々やらないといけませんね」
ガーネの提案がなかなかに物々しいもので、ディアマントは少し不満そうにむくれた顔を見せた。
「妾は『普通の』街の状態が見たい。なんとかせよ」
「ちなみに、街で何されたいんですか」
「辺境伯領で見た、小さいケーキみたいなやつは王都にもあるのか」
「どれの話ししてんだ。ベビーカステラ?」
「わからぬ、小さいやつじゃ。あと白くて、中に肉だねが入ったまんじゅう。あれも食べてみたい」
「女王が肉まん食いたがるんじゃねーよ。…ヘルソニア様、『与えて』いいんですか」
「また食べ残した際は其方が食べればよいのではないか?…それまでに胃の調子を治しておけ」
「治したとて俺、別にそんな大食いじゃねぇんだけど…まあ、考えときます」
「いつ行く?明日?」
「はは、無茶言うな」
周囲が見たこともないような顔で小さく笑ったガーネは、『かわいい女だな』と噛み締めながら肩を竦めた。
時間も時間で、会を締めるために中央付近まで歩いていたディアマントとガーネの『街ブラ計画』は、周囲の注目の中で行われていた。
当然、珍しく柔らかく笑ったガーネの顔も周囲に見られており、特に特務や日頃の対均衡の際の『怖い統裁官』しか知らない衛兵たちは「あんな顔して笑うんだ」と意外そうな視線を向けた。
周囲も自然と、そろそろ締めかとやや静かになった中で、ガーネはおもむろに一歩踏み出してディアマントの足元に跪いた。
何事かと注目が集まる中、ガーネは自然な流れで白手を嵌めた手でディアマントの右手をそっと取り、手の甲に唇を寄せ静かに口付けた。
周囲が一気にしんと静まり返り、ディアマントも無言でガーネを見下ろした。
当のガーネ本人は、先程一時だけ浮かべた柔らかい笑みとはまるでかけ離れた、所有欲と独占欲に満ちた視線を孕んだ笑みを浮かべ、真っ直ぐにディアマントを見つめていた。




