226話「慰労と祝賀」
ラズリがガーネの私室に訪れた時には、ガーネはマントと官服と靴を脱いでベッドに転がり、既に小さく寝息を立てていた。
緊張していたというよりは、体調の面の方が大きそうな顔色をしていた。
「…ガーネ」
「……んー…」
小さく唸りながら、一応は半分意識はある様子で小さく返事を返すガーネを見てラズリは肩を竦めた。
「胃薬、飲める?気持ち悪い?」
「…あとで飲む…気持ち悪いし胃が痛い…けど、やっと終わったから…ちょっとだけ寝たい…」
「点滴だけ刺すよ」
「……おー…」
「後で起こしに来る?」
「…自分で起きれる…2時間後にエナ部屋呼べ…」
「はいはい。1時間半くらいで落とし終わるから、また勝手に部屋入るよ」
「…ん…起きなかったら針も抜いて良い…」
真っ青な顔でか細く返したガーネの首元に触れ、熱が無いことを確認してから袖を捲り慣れた手つきで血管に針を刺す。
滴下速度を調整してから、ガーネの顔を眺めて部屋を出た。
夕刻、大広間に立食形式で宴の用意がされていた。
スメイラは昼間のパンツスーツからネイビーの細身のドレスとまとめ髪、カルセは珍しく露出をかなり控えめにした淡いレモンイエローのドレスにゆるく巻き髪にしたダウンヘアスタイル。ラズリは昼間よりもよりシックなデザインのロリータドレスを纏っていた。
「アンタらはまた『それ』なの?たまにはきちんとスーツとかモーニングとか着てみたら?似合わなそうだけど」
相変わらずのサイフィルとアメジの服装にラズリが目を細めて肩を竦める。
「あたしはこっちの方が正装なのよ!」
「僕はなんかよくわかんないから一番かっこいいやつ!」
「またガーネくん、胃痛するんじゃないの…」
スメイラもやや呆れたような顔をしつつも、ラズリの言う通り似合わない以前に想像もつかない。
「ところでラズリさん、ガーネ様は?なにか仰ってました?」
「あー、式典終わりに点滴とか薬一式用意して部屋行ったらもう半分死んでたから、点滴だけ刺してきたのよね。抜きに行った時も一応意識はあったけどまだ寝てたから…ギリギリまで寝かせてエナに託してるから、全然話してないわ」
「緊張してたのかしら」
アメジの言葉に、スメイラとラズリは首を傾げた。
「うーん…ガーネくんこういうの緊張しなそうだし…完全にストレスだと思うな…」
「…人事も発令されたわけだし、このあとあの子がどうなるか、よね」
「それより、スメイラちゃんは昇進おめでとう」
「…あ、ありがとう…『一番最悪の人事』じゃなくて、それだけがほんとに良かった…なんなら私もガーネくんから内示聞いたあとずっと胃が痛かったし。『総監補佐』なんて聞いてなかったから」
特務で固まってそんな話をしている中で、今回『騎士』に叙任された男の直接の配下である一同にも視線が注がれる。
少ししてから、昼間とは装いを変え黒のドレスに髪型をハーフアップに変えたディアマントが現れ、一同は頭を下げた。
ディアマントは軽く「よい、頭を上げよ」と伝え、部屋の中央に立った。
「改めて…此度の外遊、皆よく尽くした。無礼講とまでは言わぬが、気を緩めて構わぬ」
ディアマントが話し始めた直後に、一番奥の扉が静かに開いてガーネが姿を現した。
ほぼ全員が女王に注目しており、入口近くにいた者や給仕数人がガーネに気が付くも、ガーネはその場で静かに立って女王の口上に耳を傾けていた。
簡単な挨拶をするために周囲に視線を向けていたディアマントもガーネの入室には気付いており、ある意味本日一番の主役であろうガーネの出で立ちに静かに満足そうに一つ笑みを零した。
ディアマントは、改めて周囲を見回し声をかけた。
「…今宵は慰労の席じゃ。堅苦しい話はもう終わりにする。各々、存分に楽しむがよい」
そこから自然と給仕が動き出し、ざわめきが戻る。
一同の視線は周囲に投げられ、特に今回昇進した衛兵総監、近衛総監になった2人と、スメイラへと視線が向く。そして部屋の奥の方にいたガーネに目が留まった。
ガーネは新たに騎士礼装の着衣に論功式で授けられたマント姿で、ディアマントが話し終わり一同が動き始めると真っ先にディアマントの元へと歩み寄った。
「遅くなりました」
「よい、時間通りじゃ」
ディアマントは改めてガーネの騎士礼装姿を上から下まで眺め、満足そうに腕を組んだ。
「似合っておる」
「…着せられてる感すごいですけどね」
自分でも見慣れない姿に小さく苦笑いをし、給仕からグラスを差し出される。中にはシャンパンが入っていたが、「水でいい」と断り脚付きのウォーターグラスに注がれた水を受け取った。ガーネがグラスを手にしたのを見て、ディアマントは自分の手のグラスを軽く合わせた。続けて傍にいたヘルソニアもガーネと軽くグラスを合わせ、ガーネは静かに一礼してから少し下がってグラスの水を飲んだ。
小さく息を漏らして一息ついた直後、ジェレイドが一番最初に歩み寄って来た。
「ガーネ、改めて騎士就任おめでとう。あと特務総監か」
「…どーも。お前も近衛総監おめでと」
「しかし本当に顔が死んでいるな。熱はないのか」
「無いとは思う…具合悪すぎてギリギリまで寝てたけど」
「就任早々、体調不良で倒れてくれるなよ。君に『綺麗に負けた』ままでいさせてくれ」
「はは、努力するよ…連中次第だけどな」
ガーネは視界の端の特務の面子をちらりと一瞥しながら、改めてグラスを軽く合わせた。
ジェレイドはジェレイドで昇進した為に、いつまでもガーネの傍にはおらず比較的すぐにその場を離れて行くと入れ替わるようにエーリックがやって来た。
「よ、騎士!特務総監!おめでとさん!」
「……はいはい、どーも。ありがとうございます衛兵総監殿」
軽いやり取り後グラスを合わせ、ガーネは再び水を口に含んでゆっくりと喉の奥を通過させた。
「しかし、俺の想像通りだったな」
「は?どれが」
「騎士叙任が。多分お前かなって思ってたよ」
「なんでアンタが知ってるんだよ、俺内々示まで全然知らなかったんだけど。というか、ジェレイドの騎士候補の話だって公にはなってねぇだろ」
「なんとなく?見てりゃわかるよ。多分第一回評定の時には、もう既にお前は査定対象だったんだろ」
「……ノーコメント、そこの女王サマに聞いてくれ」
肩を竦めて返すと話しを聞いていたディアマントとヘルソニアが楽しそうに笑いながら振り返った。
「さすが、衛兵総監。あの評定の場でも既に気付いておるとは思っていたが……よく見ておる」
「お褒めに預かり光栄です陛下」
「それにしても、妾もこの男には敢えて何も言わなんだが……存外鈍いな、ガーネは」
「昔から、自分のこと頓着無いですからね」
「おいやめろ」
これ以上なにかいらん事を言われては溜まったものでは無いと、まだ話し足りなそうにしているエーリックの背中を押して「向こうに行け」と追い返す。
しかし切れることなく色々な人がガーネの元を訪れ祝いの言葉を述べて行き、全く休まる暇はない。元よりそれを見越して覚悟した上での列席であり、立場でもある。そのために仮眠を取ってきたようなものであるが、さすがに疲れて来たところで現れた特務のメンバーにガーネは馬鹿正直に面倒そうな顔をした。
「ガーネくん、昇進と騎士おめでとう」
「……スメイラも、昇進おめでとう。ま、俺らはやる事変わんねーだろうけど」
事前に打ち合わせたのかスメイラがまず声を掛けてきて、軽くグラスを合わせ合い『特務』としては特にやることは変わらないと肩を竦める。
「ガーネ様、おめでとうございます」
「おう。……お前、今日どうしたんだ」
ガーネは日頃の露出過多なカルセか聖衣のカルセしか見たことが無いために、かなり露出を押さえたドレス姿に意外そうな顔をしつつも強調された胸元はしっかり凝視した。
「今日のドレスはスメイラさんとラズリさんが一緒に選んで下さったんです。髪はエイミーさんが。似合いますか?」
「あー、まぁいいんじゃね。なんか胸元が足りないけど。いつももう少しバーンじゃん」
「アンタね」
ラズリがたまらず突っ込むように言いながら、ガーネの手元に追加の胃薬を握らせた。
「…サンキュ」
「落ち着いたら、話はしっかり聞かせてもらうからね」
「はいはい」
ガーネは受け取った胃薬を手元のグラスの水で飲み、小さく息を吐いた。
「お前らさ、カルセのドレス見繕うならバカとゴリラもどうにかして欲しかった」
胃薬を飲み終わり一息つくと、恨めしそうに女性陣を見つめてからサイフィルとアメジに視線を投げて腕を組んだ。
「それは素直に謝るわごめん」
「僕一番かっこいいの着てきたんだ!」
「あたしは一番フリフリのやつ着てきたのよ!」
「あっそ」
「ガーネさっきの式典の、練習してたの?」
「どれだよ」
「騎士叙任の!かっこよかった!」
「あーあれ?しねーよそんなん、ぶっつけ本番だろ」
ガーネは体調が悪いのも相成って次第にイラつき始めるものの、場の雰囲気もありいつものように怒鳴り散らすことはなかった。しかし、視線では確実に『早く下がらせろ』と圧を放ってスメイラを見遣り、空気を読んだスメイラがサイフィルとアメジの肩を掴んで別卓を指差した。
「ね、あっちにローストビーフあるよ。美味しそう、みんなで食べに行こう。ガーネくんどうせ今ローストビーフなんか食べれないから」
そう言ってやっと静かになったと思い、深い溜息を漏らした。




