216話「捨てられた犬はどこへ行く」
「失礼いたします、特務案件かと…」
数日後、どこか懐かしいような衛兵からの初報に特務全員で現場に向かう。
全員が、ガーネの『いつもと違う』感覚に違和感を覚えつつも、仕事はきちんといつも通りに行い、均衡教徒の『始末』もいつも通りだった。
杞憂だったか、と思いつつも、一同一度抱いた違和感はなかなか拭えずにいる。
元々『表情豊か』なタイプでは確かにないが、わりと喜怒哀楽も見せはするようになったし何より初めて会った時に比べると相当笑うようにはなったと全員が思っていた。
「…とは言えよ。別にアイツ、元々そんなゲラじゃないしわかりにくいといえばわかりにくいわよね。アメジやサイフィルみたいにわかりやすくバカなら話は別なんだけど」
自室でちょっと集中したいと書類の束を抱えて特務室を空けたガーネ不在のタイミングを図って、ラズリが腕を組んで小さく呟いた。
「まあねぇ、『喜怒哀楽』って言っても、哀と楽はあたしも見たこと無いけど。って、サイフィルちゃんはともかくあたしまで?あたしはとばっちりじゃない?…ま、いいけど」
アメジも同意するようにラズリの隣で頷きながら、視線を落とした。
「…でもガーネ様、あたしたちが『どうしたの』って聞いても絶対何も言わないわよね。『信頼されてない』のかしら」
「そうじゃないとは思うな。…少なくとも、あの子のあの性格で…信頼してない人間こうやって囲い込んだり、怪我させないように守って立ち回ったり…外遊のあの場でそれぞれに現場任せたりしないわよ。そもそも、外遊に連れて行かないと思う」
「そう、ですわね」
スメイラの言葉にカルセも自分に言い聞かせるように頷き、小さく息を漏らして無意識に胸元の意匠を握り締めた。
「…少なくとも、ラズリさんとともに尋問から戻ったあとの…陛下からのお呼び出しのあとには、少し様子がおかしかったですわ。わたくし、それとなく陛下に聞いてみましょうか」
「…教えてくれるわけないと思うけどね」
自室の書斎で書類の山を睨みつけていたガーネだったが、一向に手が進まない。
進まないどころか、その手はだらしなく震えていた。
────制度上、『断ることは出来ない』ことは理解出来ている。
自分を選んでくれたことも、純粋に嬉しくはある。光栄でもある。
まさか自分とは全く思っていなかっただけに、戸惑いは大きくあった。
実際、近衛長ジェレイドが候補だとも思っていたし、それも事実ではあった。立場的にアイツが最有力であるとも思っていたし、実際ジェレイドに決まったら『そうか』とも思っただろうし、素直に言えば『公的にあの女の隣に立つことが許される立場に選ばれた』アイツにきっと嫉妬のような気持ちも抱いただろうとは、思いはする。
公的に隣に立つのは、俺でありたかった。だからこそ、騎士になることは願ったり叶ったりではある。
────でも、俺はあの人の『犬』じゃなかったのか?
犬である俺は、もういらないのだろうか。
隣で剣となり盾となり、均衡の連中を退ける『駒』としての価値しか、俺にはないのだろうか。
どこで間違えたのかが全くわからない。
なんで俺は、『また捨てられるんだろう』か。
どうして、犬がいらなくなったんだろうか。
役に、立たなかったのだろうか。
そこまで考えると、胃の奥が痛んで焼けるような感覚にガーネは胸元を押さえた。
特務でも、『俺は役に立たなかったのか』と聞いた所で誰も『役に立った』とは言わなかった。
客観的に見ても、そういうことなのだろう。
ガーネは深く息を漏らし、『呼ばれた』なと反応し、椅子から立ち上がる。
身なりを整え、部屋を出て女王の執務室へと向かった。
「来たかガーネ、座れ」
「はい」
先日と異なり、部屋にはディアマント一人であった。
ソファに促され、静かに腰を落とす。
「先日の話じゃ」
「はい」
「『考えた』のか」
「はい。…やはり、辞退したく存じます」
ディアマントは足を組んでガーネをまっすぐに見つめた。
視線を合わせることが出来ず、ガーネは僅かに逃げるように視線を外し、少し遠くの方に視線を投げてから自分の手元に目を落とした。
「一応聞くが、『断る余地は正直無い』ことはわかった上での言葉か」
「…一応は」
「わかった。ならば、お前が『本当に嫌なら』妾の権限で考え直そう。その上で問うが、ガーネ。お前は妾の騎士になることが不服か」
「…そうではないです」
「なら、何故話を蹴る。妾を守ることが嫌だと申すか」
「そんなわけねぇだろ」
「…もう一度問う。ガーネ、妾を守るべきは誰じゃ」
「俺以外いないだろ」
ディアマントは小さく溜息を漏らした。
「ガーネ」
「…はい」
「妾の騎士になるのが、嫌なのか」
ガーネは言葉に詰まった。
騎士が嫌ではない、それを上手く言葉に変換出来ず、小さく首を振る。
子供じみた所業であることは自覚していたが、言語化出来なかったためそれ以上のことが出来なかった。
「妾は、守ってもらうのならばお前と決めた。その妾の選択を、お前は否定するのか。お前は誰を守る?誰のために戦う?」
「……俺が、守る女は…一人だけだ」
ガーネの絞り出した言葉が、室内に静かに響いた。
「ならば、その一人の女は妾であるべきじゃ」
「…お前以外、守りたい女なんかいねぇよ」
ようやくガーネと視線が合ったディアマントは、肩を竦めて小さく笑った。
「妾はお前を、騎士にしたい。これは内示じゃ、受けてくれるか。本当に嫌なら、先に伝えた通り白紙にする」
「…他の男を隣に立たせるつもりかお前」
「ふ。お前が断るのなら、そうせざるを得ないかも知れぬ。前にも言ったが、均衡教徒の動きが活発化しすぎておる。妾は王として、今まで通り城に引き籠もってばかりはおれぬ。さて、どうする?ガーネよ」
「……謹んで…お受けいたします」
ガーネの内示の受諾に、ディアマントは安堵したように笑みを零した。
勝ち誇ったような笑みではなく、純粋に安堵し嬉しそうな、花の綻ぶような愛らしい笑みだった。
「ディアマント様」
「なんじゃ」
「ちょっとだけ、隣座ってもいいですか」
「いつも了承も無く座るくせになんじゃ、構わぬ」
とんとんと隣の座面を叩き、ガーネはディアマントの隣に移動した。
隣に座ったからと言って何をするわけでもなく、部屋の中をぼんやりと眺めた。
ディアマントはキスでもされるかやら、膝枕をねだられるかやらと小娘じみたことを考えてはいたものの、何も手出ししてこない隣のガーネの横顔を眺め小さく首を傾げた。
「ガーネ」
「…なんだよ」
「『叙任式』といった形では、通達は出さぬ予定じゃ。論功行賞として、昇進人事を発令する」
「…そうか」
その言葉の意味を、ガーネは静かに噛み締めた。
最後まで、『犬』としての自分はもういらないのか、その一番聞きたいことだけは結局口に出来なかった。




