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断罪ディストーション  作者: 梦月みい
第二十五章『叙任』

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215話「役立たず」

ヘルソニアはソファの背凭れに寄りかかり、深く盛大な溜息を漏らした。

「陛下」

「なんじゃ!」

「あの男は『役に立てない』と言いましたね。私は貴女に前も言いましたよ、『謝ったから終わり』ではないんです。『拗れますよ』と伝えた結果です。…とは言え、あの男の性格ですし最終的には受けますよ。ただ、『気持ちよく受けるかどうか』は…陛下次第ですよ」

「わ、妾が悪いと申すか!」

「…あの男、更迭の件引きずってます」

「妾は更迭なんかガーネに命じておらぬ!」

「あの時のあの言い方は更迭以外にないんですよ。ちゃんと貴女、それ理解して謝ったんですか」

「あ、…謝ったもん」

「なぜそこで小娘になるんですか。本当に知りませんよ私は」

ディアマントはむくれたような顔でヘルソニアを睨みつけ、ふいとそっぽを向いてしまった。


彼女の中では、あれだけ自分に対して尻尾を振るまさしく『犬』であるガーネがまさか騎士の任命を断るなどとは、微塵も想定になかったのであった。



特務室に戻ったガーネの顔は酷く疲れ切ったような顔をしていた。

「ガーネ様、なにか難しいお話でしたの?」

「……いや、なんでもない」

「なんでもないって顔じゃないじゃんガーネ、具合悪い?疲れてる?」

カルセに続けてサイフィルも心配したような顔でガーネを見て声をかけた。

「…尋問が…ちょっと神経使っただけだ」

「ラズリちゃん、呼ぶ?それとも…今日はもう休んだら?」

アメジの言葉に少しだけ言葉を詰まらせ、ガーネは珍しく素直に頷いた。

「…悪い、今日は休む。スメイラ戻ったら言っといて」


スメイラとラズリがいなくてよかったと、若干見当違いな安心をしながらガーネは自室へと戻った。

部屋の扉を閉め、雑に近くのソファに官服を脱ぎ捨ててベッドに転がった。

天井を眺めて深い溜息を漏らす。

目元を手で覆うと、明らかに手が震えていた。

それに気が付きはするものの、いつものように無理矢理抑え込む気力も無く目を固く閉ざす。

胃の奥が外遊前から重かった症状が、明確に痛みに変換されたような気がして胸元のシャツを握った。

ふう、と漏れた吐息が、わかりやすく震えていた。



翌朝、珍しくいつもの時間に身体を起こせずにいると、侍女であるエナが少し心配そうにベッドサイドまでやって来た。

「ガーネ様、お加減悪いですか?宮廷医かラズリ様、お呼びしましょうか」

「…いや、…悪い、平気。多分外遊の疲れだと思う。起きれる」

「ご無理はなさらないでください、ただでさえ公休の日もお仕事なさっているのに。朝食はいかがなさいますか?」

「今朝はいい」

「……かしこまりました」

ガーネは重だるい身体を無理矢理起こし、着替えるために立ち上がる。

胃が重く痛むのを感じ、着替えを整えていたエナに視線を向けた。

「…エナ」

「はい」

「…医務室で、胃薬だけ貰って来い」

「かしこまりました、すぐに」


エナが出て行ったあとに、シャツに袖を通す。ボタンを留めようとする手が震え、『あとで売店で甘いものでも買うか』と考えながらネクタイを結ぶ。

小走りで戻って来たエナから胃薬を受け取り、特務室へと向かった。


特務室に入ると、すでに全員が部屋にいてものすごく珍しいものでも見るような顔でガーネを見た。

「おはようガーネ、珍しいね一番最後なんて」

「…ちょっと寝坊した」

サイフィルが声をかけ、一瞬なんと返そうかと考えるものの上手い言い訳も出てこずあながち嘘でもない解答をした。

寝坊したわけではない。起きてはいた。むしろ、眠れてもいなかった。

机に積まれた書類を手にし、無言で仕事を始めたガーネを見てカルセが立ち上がった。

流し台でいつものようにヤカンに湯を沸かし始め、湯が沸いたら全員分の茶を用意する。

少し甘めに味を整えたミルクティーを入れたカルセが、順に全員のところにカップを置いた。

普段であればいの一番にガーネのところへ持ってくるカルセだったが、今日に限っては『いつもと違う』ガーネに気付いて様子を見るように最後にガーネの席へとカップを置いた。


「なあ」

ガーネの低い声が、特務室に小さく響いた。

誰に向けた呼びかけかわからず、カルセが小さく首を傾げた。

「いかがなさいましたか?」

「…俺、今回の仕事…役に立てなかったと思うか」

突拍子もない、予想だにしない問いかけに、誰もすぐに返答が出来ずに一瞬しんと妙な間が空いた。

「………はぁ?」

スメイラのやや呆れたような声が、ガーネの胃の奥に刺さるようだった。

「ガーネなに言ってんの?」

同じようにサイフィルもどこか呆れを孕んだ声を漏らし、ガーネは僅かに震えた手を隠すように書類の束を数枚まとめた。

「なんでそう思ったのかわかんないけど、『そう断じるのは早い』んじゃないの?」

アメジの『なに言ってんの』と言わんばかりの声に、『まだそうかもしれない余地があったのか』とガーネは受け止めた。

「…スメイラ、封筒取って」

「これ?はい」

ガーネは受け取った封筒に今しがたまとめた書類をしまい、席を立った。

「ちょっとガーネ、どこ行くのよ」

ラズリが声をかけると、ほんの一瞬だけ視線を向けすぐに目を外した。

「警察署。こないだの外遊の、協力要請に関する事後書類」

「『そんなこと』、わたくしが行きますわガーネ様、お部屋にいてくださいまし」

「……いや、ちょっと行くとこあるから」

カルセの申し出を断り、ガーネは来たばかりの部屋を出た。


「…え、なに、あれ。どうしたの」

スメイラが困惑したようにラズリに視線を向け、ラズリも首を傾げる。

「昨日の尋問では『いつも通り』キレッキレだったけど」

一同は訳がわからなそうに、閉じられた扉を見つめた。


────『こんなことも任せられない役立たず』なのかもしれないと感じ、ガーネは封筒を握る手に僅かに力が入り、王城を出て警察署へ向かった。

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