214話「内々示」
「ガーネ様、陛下の侍従の方が『終わったら来るように』と伝言されてましたわ。ヘルソニア様のお部屋にとのことです」
「あー、そういや呼ばれてたな。わかった、このあと行ってくる」
ガーネは特務室に設置された流し台で、血のついた両手を洗いながらカルセの話しを聞いて何度か『呼ばれて』いたのを思い出す。
しかし、状況については向こうもわかっているため特に咎められることもないだろうと、粗方汚れを落とすとカルセに預けていた官服とネクタイを受け取り、一度自室へと向かった。
汚れたシャツを脱いでシャワーを浴び、顔や髪に跳ねた血を洗い流す。その後はいつも通り着替えをするも、尋問のことを思い出して無意識に手が震えた。
────大丈夫だ、間違えていない。
『処理する判断が早かったか』『まさかあの情報を吐くと思わなくてラズリを同席させたのは間違いだったか』と少し不安を覚えたが、震えた手をぎゅっと握りそれを押し留めた。
誤魔化すように髪を雑に拭いて乾かしながら小さく息を漏らし、ネクタイを結び直して官服を羽織った。
その足でヘルソニアの執務室に向かい、ガーネは扉をノックした。
一拍だけ置いてから「入れ」とヘルソニアの声が聞こえ、扉を開いた。
「呼び立ててすまないな、そこに座れ」
「はい。…陛下もいらしたんですか、丁度良かったです」
「なんじゃ」
「お聞き及びかと存じますが、捕縛した教徒の1人が起きたので尋問して来ました」
「何か吐いたか」
ガーネはとりあえず促された場所へと腰を下ろし、正面に並んで座るディアマントとヘルソニアの顔を見た。
部屋には他に文官や侍従はおらず、3人のみである。
それを確認してからガーネは口を開いた。
「正直大したことはなにも。陛下が、外ではただの小娘であると連中は知っていたようですね。ただ、『序列上位からはそれ以上のことは聞いていない』と。とにかく俺を潰せとの命令だったようで、あの編成だったらしいです。ついでに、万が一失敗したら『助け』が来ると…口封じだと知らずにいたっぽい顔ではありますね。この辺はもう1匹が起きてみないとなんとも」
「ふむ…まあ、妾の力を封じたのはそも連中じゃ。知っていても不思議はなかろうかとは思う」
「一応、尋問中ラズリを伴っていたのでその点に関してはあいつには口止めをしてあります、『余計な詮索をするな』と。あの女なら問題ないかと思いますが…万が一漏れるようなことがあれば、責任を持って『処理』します」
「ラズリなら、問題ないかと思うがな。アレは陛下に対していい感情は持ってはいないが、弁えることは出来る女だ」
「俺もそこは評価しています。引き続き、もう1匹が起きたら…情報突合含めてしっかり『喋らせます』のでご安心を。では、失礼します」
ガーネは自分が呼ばれた側にも関わらず、要件が済むとさっさと腰を上げた。
「いや、待てガーネ。私も陛下もお前に話しがあって呼んでいる」
「え、今の尋問の結果聞きたかったんじゃないんですか」
「呼んでおる最中に尋問もとい拷問中だったのはお前じゃガーネ。座れ」
「ハイすんません」
ガーネは浮かせた腰を再び下ろし、何を言われるのかと少しだけ身構えた。
「身構えるな。人事の件だ」
「…はあ」
人事の件、と言われ、『更迭』の記憶のあるガーネは身構えるなと言われても無意識に身構えた。ヘルソニアがそれを見透かしたかのように肩を竦め、紅茶を一口飲んでから口を開いた。
「まず此度の外遊での働き、特務一同を評価する」
「…ありがとうございます」
「その上で内々示である、上長であるお前から部下に内示しろ。タイミングは内示以降であればお前に任せる。正式発令は、半月後に出す」
「かしこまりました」
「まずはラズリ。あの者は昇進という形ではないが…現状は王命付特務医の肩書であるが、ここに『特務巫術医官』の肩書を追加する」
「はい」
「それとスメイラだが、スメイラは昇進だ。正式にガーネ、お前の補佐官として任命する。『総監補佐』だ」
「二人とも素直に喜ばなそうですけどね。ですが評価いただいてありがとうございます。後日、本人に伝えます」
「正直私も陛下もそう思うが、対外的にそうもいかないだろう。特務の、お前の部下の話は以上だ」
「はは、まあそうですね。わかりました」
では、と再び腰を上げかけたガーネをディアマントが止めた。
「なんじゃお前は、忙しない」
「以上だって言われたんで」
「まだお前の話しがある」
ディアマントに言われ、ガーネは一瞬息が詰まった。
今回は、どれを間違えたのかわからない。
額を怪我したことだろうか、それとも盟約術を行使した際に想定以上に手を深く切り過ぎたことだろうか。教徒の処理が遅かったのか、そもそも第一撃を投げさせる前に止められなかったことだろうか。どれを、間違えたのか。
ガーネは小さく息を飲み、ディアマントの顔とヘルソニアの顔を見た。
「なんじゃその顔は。お前も昇進じゃ、ガーネ」
「…昇進?なんでですか」
昇進などする理由がわからず、ガーネは真顔で聞き返した。
今回の外遊でのことは、普段の業務の延長に過ぎない。
いつもやっている当たり前のことを、どう評価されて昇格の判断に至ったのかが純粋にわからなかった。それと同時に、『役に立たなかった』と言われたわけではないと知り小さく息を漏らした。
「『特務総監』として、今後も特務の長として邁進しろ。今後は妾も、外に出なくてはいけない機会が増える。お前の言う『引きこもり』では、均衡の連中のせいで立ち行かないことが出てきた故な」
「…それ、仕事増えます?」
「まあ、『結果』増えはするな」
妙な含みを持たせてヘルソニアがディアマントに視線を投げ、ディアマントはどこか満足そうに笑いながら肩を竦めた。
「権限も増える」
「権限?言いますけど、今だって俺結構ほぼほぼに近いくらいは権限持ってるじゃないですか」
「…『別の』権限じゃ。ガーネ、お前を妾の『近衛騎士』に、正式に任ずることにした」
「……………え?」
「此度の働きを評してのものじゃ」
「え、待ってください。俺、近衛長が候補者って小耳に挟んでいましたけど。どこから俺が出てきたんですか」
ガーネは戸惑いを隠せずに楽しそうな顔で笑うディアマントを見つめて問いかけた。
「お前の言う通り、近衛長は『最終候補者』の一人ではあった。…だが、あの男は今回は見送りじゃ」
「…俺、騎士なんて話初めて聞きましたけど」
「今、初めて話したからの」
「…いつから、俺も候補だったんですか」
「最初からじゃ。お前には軽く話したであろう。第一回評定で、お前の王都留守番が決した際は…その瞬間、ガーネは騎士候補脱落じゃ」
「………」
ガーネは無言で、真顔で固まった。
視線は中央のローテーブルに置いてある茶器に落ち、無意味に茶器の図柄やソーサー、ティースプーンの水滴を眺め、小さく息を飲んだ。
公務員の端くれである以上、この話をされた時点で『確定』していることであることは理解していた。
ガーネは僅かに震えた手を膝の上で握り締め、視線を上げてディアマントを見た。
「……お言葉はありがたいのですが、辞退させてください」
それまで笑っていたディアマントは打って変わって戸惑いの色を瞳ににじませた。
「何故じゃ、妾の」
そこまで口を開いたところで、ヘルソニアの手がディアマントの唇を押さえ塞いだ。
「一応、理由を聞こう。其方にこうして内々示の時点で、ほぼ覆らない人事であることは其方もわかっているであろう」
「…俺には、ふさわしくありません。…『役に立てません』」
「……わかった。5日後、内示の予定だ。それまで少し考えろ」
「………はい。失礼、いたします」
ガーネが退室し、静かにドアがぱたんと閉まった。
足音と気配が完全に消えてから、ヘルソニアはディアマントの口元から手を離した。
「何故じゃ」
ディアマントの第一声は、納得など到底していないものだった。




