212話「誉」
外遊総括評定、翌日。
外遊から帰還した2日後、女王付侍従が近衛長ジェレイドの元を訪れた。
「近衛長殿、陛下とご側近様がお呼びです。ご側近様の執務室へとのことでした」
「承知しました」
いよいよか、と近衛長はあからさまに身構え、無意識に背筋が伸びた。ついでに、隠しきれずに僅かに口元が緩んだ。
それを見た近衛の隊士の一人が、そっと近寄ってきて小さな声で話しかけた。
「近衛長、『おめでとうございます』ですかね」
「…いや、まだわからん。全然別件かもしれんぞ」
そうは言ってもあからさまに足取りが軽く部屋を出た近衛長の背中を、近衛執務室にいた隊士一同揃って見送った。
ジェレイドはヘルソニアの執務室前にたどり着くと、白い隊服のボタンを確認したり埃がないかを確認してから、小さく息を吐いて扉をノックした。
中から「入れ」とヘルソニアの声が聞こえ、ジェレイドは静かに扉を開いて一礼した。
「失礼いたします」
「うむ、座れ」
応接スペースのソファにはヘルソニアとディアマントが並んで座っており、ジェレイドは指し示された正面に腰を落とした。
「近衛長、まずは先の外遊大儀であった。褒めて遣わす」
「陛下、勿体ないお言葉にございます」
その一言を告げ、ディアマントはヘルソニアへと視線を投げた。その視線を受けたヘルソニアはジェレイドの顔を真っ直ぐに見つめ口を開いた。
「何の件で呼ばれたかは、わかっている様子だな。先日私から伝えた件…人事についてだ。正式発令は半月後、昨日評定の際にも其方たちに伝えた『労いの会』に合わせ論功行賞式を行う。それまでは他言無用だ」
「承知いたしました」
ジェレイドはわかりやすく緊張した顔で唾を飲み込んだ。
「まず、其方の騎士叙任の件だが…」
「はい」
「…陛下と協議した結果、今回は見送りとする」
「………」
ヘルソニアからの言葉に、ジェレイドは思わず無言になってしまった。それを見かねたのか隣のディアマントが口を開いた。
「近衛長よ。妾が先日お前に話した通り、お前の『働き』そのものに不足はない。お前は本当によく働いたと思う。均衡を2匹も始末した手腕は本当に大したものじゃ。しかし、ヘルソニアからも言われていたかと思うが、妾は騎士に『強さ』だけを求めたわけではない。評価も、そこだけを切り取って評価したわけではない」
「…はい」
「今後は王権の在り方として妾は外に出ざるを得ない機会が増えよう。そこで、近衛の役割は今のままでは不足と判断し、新たに『近衛総監』の位を置く。妾はお前に、その初代を任じたい。これは、妾がお前の力を買っているからこその評価じゃ」
「…陛下、ありがとうございます。…騎士内定は、…ガーネ…いえ、統裁官でしょうか」
「そうじゃ」
「彼は、なんと」
「知らぬ」
「………え?」
「妾もヘルソニアも、あの男にはそも『騎士候補』であったことすら話しておらぬ。自分が、その対象で査定されていたことも、本人は知らぬ。人事の件も、何も話しておらぬわ」
「ふ…ははは、……失礼いたしました。そうですか」
自分が、『騎士候補』であると張り切って過ごした約一ヶ月。
第一回評定でガーネが『警備最高責任者』に任じられたあの瞬間、いや、その前から、すでに査定は始まっていたのか。詳細はわからないが、あの瞬間までは間違いなく自分が最有力候補であったことは間違いがない。その張り切りのあまり、彼も『候補の一人』と察し、いかに蹴落とすかを考えた。しかし対するは、それを跳ね除けて『仕事』を全うしたガーネ。
『騎士』という餌が目の前にぶら下がっていない状態で、あれだけの仕事をした。
その統率力も、手腕も、強さも、長としての在り方も、部下や他部署の使い方も、盤面形成も、何もかも彼には敵わない。
純粋に、完敗だった。
そう思うといっそ清々しかったし、負けた相手がガーネで良かったとすら思った。
ジェレイドは思わず笑みが溢れ、深々とディアマントとヘルソニアに頭を下げた。
「『近衛総監』の位、有り難く就かせていただきたく存じます。今後も御身の剣となり盾となり、任を全ういたします。大変な誉にございます」
「期待しておるぞ」
ヘルソニアの執務室を出て、廊下を歩く。
少し先の方で、いつの間にか見慣れた赤毛の男の後ろ姿と、彼に並んで歩く聖女の姿が見えた。
声を掛けようか、しかし今何を話していいかわからず、少し考えながら距離が詰まらないように歩いていると、前方の方から若い衛兵が走ってきた。
「統裁官!捕縛した均衡教徒、1名ですが意識が戻ったそうです!」
その声にガーネだけでなく周辺もわかりやすく空気がひりついた。
「地下牢運べ。喋らせてやる」
ガーネの低い声に僅かに肩をビクつかせた衛兵が敬礼をし、再び走り去っていく。
そのまま上着を脱いでネクタイを外したガーネは隣のカルセにそれを手渡し、「ラズリを呼べ」と短く命令をし、カルセも「かしこまりました」と返事をした。
袖を捲りながら地下牢の方向へと足を向けたガーネと、官服を抱えて特務室へと小走りで戻るカルセ。
周囲にいた人間の視線も、ガーネの背中を見て誰もが『この男が敵側の幹部で無くて良かった』という畏怖と安堵を孕んでいた。
ジェレイドは小さく息を漏らし、その様子を見つめた。
「…彼はすぐに『仕事』、だな。こんなことで一喜一憂しているのは私だけだ。…彼で良かった」
来たる論功行賞式という名の叙任式を、今はただ静かに待とうと思いながら、ジェレイドは近衛の執務室へと静かに戻っていった。




