後編
対面で座った衛兵長・近衛長の間、真ん中のいわゆるお誕生席に座らされたガーネにジョッキが3つと菜のおひたしが先付けとして配膳された。
「はいかんぱーい、はい外遊おつかれー」
衛兵長の雑な乾杯の音頭にガーネと近衛長もジョッキを合わせる。
「げ、まぁた草かよ。なんでこういう店って草出すんだよ」
ガーネは先付けのおひたしに文句を付けて当たり前のように衛兵長の前に小鉢を押しやると、さっさとジュースに切り替えようと一気にジョッキの中のビールを煽った。
「教官、あんま飲みすぎんなよ。また奥さんに怒られるぞ」
「いいんだよ、怒った顔が可愛いから」
「あっそ」
呆れたように返事をしたガーネと、どう会話に入っていいかわからない近衛長を見て、衛兵長は話題を振った。
「近衛長は彼女とかいねぇのか」
「かの…いや、まあ…そうだな」
「はー、モテそうなのになぁ。な?ガーネ」
「どうだろうな、野郎の顔面に興味ない」
「…そういうガーネこそ。随分城内の女性人気があるようだが」
「忙しくてそんな暇ねぇよ、今日だってあの書類の山見ただろ。な、オッサン」
近衛長の台詞にあからさまに肩を竦め、否定は特にしなかったガーネが最後にじとりと衛兵長に視線を向け、楽しそうに笑いながら衛兵長はジョッキを傾け中身を半分程空けてから口を開いた。
「でもほら、お前もある程度各部署に割り振ったんだろ。そりゃ責任者としてやることはあるだろうけど、上長としては部下にも仕事振らねぇと。お前ばっかやっても駄目なんだぞ」
「……」
言われることがもっとも過ぎて反論出来なかったガーネは、さっさとジョッキを空にしてジュースと適当につまみを注文した。
「ま、とは言えな、実は特務の女の子連中から言われてたのもあるんだけどな。お前何連勤してる?」
「あの女共…余計なこと言いやがって」
「しかしガーネ、特務なかなか優秀ではないか。特にあの補佐官」
「だから言ってんだろ、お前が散々噛みついてくれた第一回評定でウチのは優秀だって。ただ書類とかそういう方面の仕事はスメイラかラズリ以外はてんで駄目だな、特にバカとゴリラが壊滅的だ。カルセもあんまり複雑なことさせると頭抱えるし。そうなると必然的に俺かスメイラかラズリしか捌けるやつがいねぇ、教えて育てる根気と時間もない」
「つーか、近衛長とガーネいつの間にか仲良くなったようでオジサンは安心したよ」
衛兵長がまた親戚のおじさんのような顔でだし巻き卵をつまみ、正面と斜め横に座った顔をそれぞれ見た。
「そうかぁ?」
真っ先にガーネが否定とも肯定とも取れない返答をし、近衛長もなんと返していいかわからなそうに視線を僅かに泳がせた。
「…衛兵長は、何故そう思ったのか」
「名前」
「…名前?」
「お前さん、いつからガーネの名前呼ぶようになった?」
それを指摘され、近衛長は思わず硬直した。
名前を呼んでいる自覚がまるでなかったのである。
いつから彼を『統裁官』や『君』ではなく、『ガーネ』と呼ぶようになったのか。
ぐるぐると考えていると、ガーネも小さなおにぎりを手にしながら衛兵長を見た。
「俺が女王のこと、コイツにぶん投げた直後」
「な、そう…え?」
そんなタイミングだったのか、やら、そういえば陛下をよくも投げたな、やら、よく記憶しているな、やらと色々と出かかって近衛長は言葉に詰まった。
「ガーネは近衛長のことなんて呼んでるんだ」
「お前」
「そこは名前呼んでやれよ〜!」
「なにこのオッサンめんどくさ」
「…いや、すまない。完全に無意識だった」
「……別に、名前くらい良いんじゃねぇの。俺ンとこの部下なんて誰も俺のこと役職で呼ばねぇし。つーか、魔導師長と巫術官長ですら俺のこと名前で呼んでたぞあの時」
ガーネは指先についた米粒を食みながら、焼き魚の皿を手にして当たり前のように衛兵長の前に置いた。
「骨取って」
「ハイハイ。…ほら、せっかく俺が気を使って誘ったんだからよ、俺が骨取ってる間に若い2人で盛り上げてくれよ!」
「見合いかよ。…言うてそんな話題ないんだけど俺」
「そ、そうだな…休みの日は何を」
「だから見合いかよ!仕事だよ!」
ガーネのツッコミが思わず入り、思わず近衛長はぎょっとした顔を見せた。
「し、仕事?休みも?」
「特殊なんだよウチは。部屋で寝てても飯食ってても『特務案件です』って衛兵が来るから」
「そりゃすまんな」
悪びれもなく衛兵長が笑いながら骨を取った焼き魚の大皿を真ん中に置くと、ガーネは箸を取って一口食べた。
「そういうお前は休みなにしてんだ」
「鍛錬」
「聞いたか教官。コイツもつまんねー男だぞ」
「お前らマジで彼女でも作ったらどうだ。近衛長はどんな女が好きなんだ」
近衛長は、衛兵長から投げられた質問に腕を組んで考え始めた。
思い浮かんだのは白銀の髪の美しい、一国の王であるディアマントの顔であった。しかしすぐに首を振り、真面目な顔をして悩み始めた。『好み』と言われると難しかったからである。
「………し、静かで…落ち着いた女性…?」
「女王真逆じゃん」
近衛長はガーネのツッコミに思わずぎょっとした。
「な、なぜそこで陛下が出てくる。しかもそれは陛下に対して無礼では…」
「だってあの女、静かでもないし落ち着いてもないだろ。『女王』してる時だけだアレは。小娘みたいになった時をお前も見ただろうが」
それを言われ、行きの汽車の中での振る舞いや『お忍び』と称した辺境伯領突発散策の様子を思い返し、同時にガーネとディアマントの距離ナシの振る舞いを思い出した。
「そ、そういう君こそ、どういう女性が好みなんだ」
「俺?年上で顔が可愛くて足が綺麗な、生意気そうな女。泣かせ甲斐のある女がいいね」
「…年上好きとは意外だった、君のようなタイプは聖女様のような付き従うタイプの年下女性が好みかと思っていた」
「ははは、わかってねぇな」
「それで、陛下をお慕いしているのか」
核心をついた近衛長の質問に黙り込んだのは、衛兵長の方だった。
距離感のバグり方や、約1ヶ月半前にガーネが大樹海へ行く前の謁見の際にディアマントの首元にしっかりと残っていたキスマークや歯型とガーネの『鏡見ていい子で待ってな』という匂わせにもなっていない匂わせの台詞に、どこまでいったのかは定かではないにせよ、大半の者が2人の間になにかしらかの関係があるのは見て取れていたし察していた。女王の部屋から出た後に口元に紅を移していたという話も、一度や二度ではない。
当人同士が合意の上であれば、2人とも『大人』なので何ら問題はない。女王がそれを問題視していないことからも暗黙の了解のような扱いになっている。
問題は、『ガーネが完全に無自覚である』ということであった。
衛兵長は恐る恐るガーネに視線を向けると、案の定頭の上に疑問符を浮かべたような顔をしていた。
「…いや、俺のは『忠誠心』だろ」
隠しているわけでもなく、至って本人の中では至極当然といった顔での返答であった。
ガーネは中央の焼き魚をもう一口食べ、少し首を傾げてテーブルを見回し、近衛長に目を向けた。
「おい、醤油取って。『ジェレイド』」
近衛長の名前を呼んだのは、ガーネなりの歩み寄りのつもりだったのかもしれない。
素直に醤油を手渡し、おじさん役である衛兵長はにっこりと笑みを浮かべた。
「早く帰って嫁の顔見たくなったよ」
「アンタの奥さん美人だもんな」
「…衛兵長の奥方はそんなに美人なのか」
「世界一美人に決まってんだろ!」
「めっちゃ綺麗だけどめっちゃ怖いぞ」
そこから少し時間が経ち、近衛長が立ち上がった。
「すまない、今日は少し実家の方に寄りたいのでこの辺で失礼する」
「んじゃもう帰ろうぜ教官。俺もまだ仕事残ってんだけど。つーか嫁に怒られんぞ」
「…うーん、仕方ねぇな」
まだ飲み足りなそうな衛兵長を無視してガーネがいの一番に立ち上がると、さっさと伝票を持って会計に行ってしまう。
全員分を当たり前のように払うと、先に店を出てしまった。
「…代金」
近衛長がガーネを追いかけ、慌てて財布を出して声をかけた。しかしガーネは面倒そうに一瞥し、首を振った。
「あ?あー、いいよ別にめんどくせぇし」
「やったラッキー、サンキューガーネ」
「はいはい、じゃあ帰るぞほら」
適当な所で近衛長と別れ、帰り道が同じガーネと衛兵長は連れ立って王城方面へ歩いた。
「教官」
「んぁ?なんだ」
「特務の女連中に言われた以外に、なんの魂胆あったんですか」
「はは、気付くか」
「そりゃまあ、付き合い長いし」
衛兵長はポケットに手を入れて道を歩きながら、隣のガーネに視線を向けた。
「人事の件だよ」
「人事?」
「近衛長。『近衛騎士候補』だったっぽい話、知ってるか?」
「ああ、まあ。スメイラ経由で」
「今回の外遊での『働き』が、最終査定だったらしいぞ」
スメイラからの報告と合致する『噂』だが、周りを良く見ている衛兵長が言うのであればほぼ間違いないだろうと小さく頷いた。
「みたいですね。内定確定なんじゃねーの?均衡2匹潰して陛下守ってりゃ、上々以上でしょ。まして『近衛長』なんだし」
「お前なんか聞いてるのか」
「なんかって?陛下から?…さすがにそういう、他人の人事ぽろっと言う程あの人も小娘じゃないでしょ」
「……いや」
衛兵長は肩を竦め、前を向き直った。
「…あーあ、飲み足りねぇなー」
「家で飲め、家で」
「────…以上ですね、陛下の『耳の届かない範囲』の話は」
「ふん、聞くまでもなかったわ。確定で、誰も文句はないと思うがの。お前は忖度無しでどう思う?ヘルソニアよ」
「そも、私は最初から反対はしておりません。建前は必要かと存じますが。…十分でしょう」
「なら決まりじゃ。明日、近衛長を呼べ」
「はい、陛下」
慌ただしかった外遊も、諸々の後処理はあるにせよ、本日の『総括評定』を持って形だけは無事に終了した。




