209話「護衛最高責任者」
ガーネは敵に投げて突き刺さった剣を引き抜き、刀身に付いた血を振り払った。
周囲がしんと静まり返り、ガーネは周辺を警戒するように視線を投げ、敵の殲滅を確認して中央に歩んでから声を張り上げた。
「邪教一派の制圧は完了した!各自一般人の被害状況を確認!周辺の警戒は継続しろ!」
ガーネの声に、やや呆気に取られていた衛兵長が次いで声を出した。
「状況整理しろ、一旦全員会場内に退避させろ!」
「スメイラ記録!」
「はい!」
「サイフィル周辺警戒!」
「了解!」
「カルセ念のため浄化入れ!」
「かしこまりました!」
馬車に押し込まれていたカルセがガーネの声で降車すると、ディアマントも状況を確認しようと続けて踏み板に足をかけた。
「陛下!お待ちください、安全確認が済んでおりません!」
「…妾は平気じゃ、ガーネは」
「陛下、一度馬車に」
近衛長の制止も聞かずに馬車を降りようとするが、背後からヘルソニアに腰を抱かれディアマントは馬車内に引き戻された。
「ラズリ!一般人のトリアージ優先、宮廷医と連携!アメジは衛兵と一緒に見回り走れ、残党いたら処理しろ!!」
少し遠くに、ガーネの指示を飛ばす怒号だけが聞こえてくる。開け放った馬車の客室扉の向こうに、わかりやすく血溜まりや死体が転がっており、ディアマントが抱き締めたままのガーネの上着を抱く腕がかすかに震えていた。
「陛下」
「血が、…ガーネは、どのくらいの怪我を」
「まだわかりません」
「シャツが、真っ赤だった。…あの男はああやって、毎回自分を顧みないで怪我をしているのか、それを妾は…あの時、よく聞きもせずに叱責したのか」
「…陛下」
少しして、遠くの方で子供の泣き声や怪我人を呼ぶ声が聞こえてくる。
それに被るように、ガーネが方々に指示を飛ばす声が聞こえ、ディアマントはガーネが血塗れで倒れた時のことを思い出し小さく息を漏らした。
「…あれだけ怒鳴っていれば、平気でしょう」
「平気ではない!…あの日も…謹慎を破って現場に出る前も、ああやって指示を出しておった。帰ってきて、それからあの男は声も上げずに倒れたのを忘れたのか…」
「…忘れていませんよ」
時間差であの日の後悔を振り返り、小さくか細く呟くディアマントの背中をヘルソニアはそっと撫でた。小さく息を漏らし、自分だけでも先に降りて状況を確認しようかと顔を上げ、式典会場からこちらに歩み寄るガーネの姿を確認した。
近衛長も周辺の安全を確認し、「陛下」と声をかけてきた。ディアマントは弾かれたように顔を上げ、ガーネの上着を抱いたまま馬車を降りた。
ほんの少し離れた場所で、ガーネが額から垂れる血を雑に袖で拭ったが、数分で傷が塞がるはずもなくすぐにまた頬に向かって流れ落ちて来た。
それすら構うこと無く、ガーネは馬車の傍に歩み寄りディアマントの足元で片膝をついた。
「お怪我はございませんか、陛下」
「…大事無い、…妾は平気じゃ」
ガーネの顔を見てディアマントは震える手で預かっていた上着を手渡した。
「ガーネ、怪我は」
「特に無いです、額ちょっと切った程度です」
当たり前のようにしれっと答えたガーネに、近衛長も思わず口を挟んだ。
「血塗れではないか…!」
「俺の血じゃねぇ、俺のは額だけだ」
とにかく見た目のわりに大きな怪我はないと安堵したように全員が息を漏らすも、ガーネの中ではまだ終わっていなかった。立ち上がり、すぐにヘルソニアへと顔を向けた。
「ヘルソニア様、一刻も早く王都へ帰ります。往路と同じ第二ルートではなく、最短を取って復路は第一ルートの方で。陛下には多少無理をさせると思いますが、中継の宿泊は飛ばします。もちろん休憩は適宜挟みます」
「それでいい、お前に任せる」
「かしこまりました。近衛長、一旦この場任せる」
「…ガーネ…!」
ガーネはすぐに踵を返し、帰りの指示出しに動き始めた。
ディアマントがまだ何か言いたそうに名前を呼んだが、ガーネは既に小走りで式典会場の方へと行ってしまっていた。
「衛兵長!」
「なんだ!」
少し遠くから衛兵長を呼び、ガーネは先程ヘルソニアと近衛長に共有した内容を伝える。
「衛兵の動けるやつで早馬を。中継飛ばす報告と、汽車の時間調整だ。至急王都に帰る」
「おう」
「文官長!帰り支度しろ、機密だけ抜いてあとは送らせろ」
「かしこまりました」
「魔導師長、巫術官長!」
「皆まで言わんでわかる。我々は残って死体の確認をしよう」
「助かる、序列だけ先持ち帰ります。衛兵長、残す衛兵の指示頼みます」
ガーネは少し遠くで作業をしていたラズリを呼び、馬車寄せの方へ戻った。
「アメジ呼んで来い」
「オッケー」
捕縛し意識の無い序列持ちの教徒2名と、その場で処断した序列の死体を馬車に積み込む。
ガーネは戻って来たラズリとアメジに、生け捕りにした教徒と序列の死体、負傷者を同じ車列に振り分けるよう指示した。
「お前らに最重要任務だ。万が一不足の事態が起きてコイツらが手に負えないと判断した時は、容赦無く殺せ。いいな」
「わかったわ」
「ガーネ、アンタ血塗れだけどどこ怪我したの」
「額、最初の第一投の爆発で振ってきたガラスだと思う」
「他は?」
「全然」
「…応急処置だけするわ、すぐ終わるから」
ラズリが手早くガーネの傷口を確認し、血を拭って額にガーゼを当てた。
「ラズリちゃん、ガーネ様の傷の深さは?このかっこいいお顔無事?」
「無事無事。頭って傷の割に出血派手なのよ。王都に戻ってからもう少しちゃんと手当はするけど、ほとんど傷残らないわよ」
「よかったぁ」
「…なんでお前が安心すんだよ、俺の顔だろうが」
「だからでしょっ!んもう、乙女心がわかってないんだから!」
「乙女心っつーかお前はゴリラ」
漫才をしている暇はないと、手当を終えたガーネは怪我人と死体を2人に託して立ち上がる。
ある程度の帰り支度が終えたところで、輸送・厩舎責任者に声をかけて別の指示をしてから、再び中央へ戻る。丁度衛兵長も戻って来たタイミングで、ヘルソニアも交えて帰りの隊列についての最終確認が始まった。
「配置変える。ウチのラズリとアメジを魔導師・巫術官枠で後方に、怪我人と死体と一緒にさせる。細かい指示はして来た。特務は行きは陛下の馬車後方に置いていたが、索敵目的で前方に変える」
「…索敵?」
近衛長が思わず眉を寄せてガーネの顔を見た。
「連中、必ず生け捕りにした教徒の口封じに来る。自壊術式はこっちですでに剥がしてるしな。俺は馬で陛下の馬車に並走する。近衛長、一つ頼みがある」
「なんだ」
「カルセを陛下の馬車に同乗させろ、聖結界の建前でアレも護衛対象としてお前に託したい。『聖女』だ」
「…任されよう」
特務への指示を飛ばし最終確認を済ませ、ガーネは馬に跨った。




