205話「衛兵の仕事」
襲撃直後、ガーネの怒号と指示が飛び交いすぐに全員が弾かれたように配置について動いた。
衛兵長はとにかく民間人の保護を最優先に、王城衛兵と辺境伯領衛兵と共に避難誘導に徹した。
「落ち着け!全員慌てるな!!」
衛兵長が声を張り上げるものの、このパニックの状態でその声掛けは無意味に近い。衛兵長自身もそれはわかってはいるし、王都で特務の補助で出動する機会の多い衛兵もさすがに多少の戸惑いが見て取れる。
「お前らがパニクってどうする!!民間人に伝播すんだろうが!!今日俺が連れて来てるのは衛兵の中でも俺が選んだ精鋭だぞ、自分の仕事しやがれ!!」
「衛兵長、均衡教徒はアタシたちが!民衆誘導お願い!」
ラズリが衛兵長に声を掛け、アメジと共に民衆に紛れて攻撃を仕掛けてくる教徒に向き直った。
「ラズリちゃん、アメジも頼んだぞ!俺ら衛兵は特務みたいに対邪教特化してねぇからな!」
「まっかせて衛兵長さん!ちゃんと皆、生きて返してあげるわ!このあたし、魔法少女エイミーがね!」
「…締まらねぇなァ、だが頼んだぜ。俺も、家で嫁と娘が待ってるからな!」
衛兵長はガーネが寄越した特務の『戦力』に笑みを浮かべ、本来の自分の仕事に専念出来ると自分の部下に声を張り上げた。
「衛兵隊!俺らはとにかく邪教一派に仕事をさせるな!連中の始末は特務に任せて民間人優先、特務の動きやすいように周囲見ろ!!」
民衆が逃げ惑う中、押し合いや転倒が発生し、誰かが誰かを踏みつけ兼ねない混乱の中で刃を持った影が潜んでいた。
「止まれ!走るな!!そこ動け誘導しろ!!」
衛兵長の怒号が場を叩く。
「前詰めんな!壁二列!子供と年寄り優先だ!!おいそこ後ろ押させるな!!」
即座に数名の衛兵が前に出て盾を並べ、人の流れを無理矢理切る。
別の衛兵が倒れた民衆を抱え上げ、動線の外へと運び出していく。
その隙を突くように、群衆に紛れていた均衡教徒が剣を振り上げた。
「チッ、ざけんなこの野郎…!」
衛兵長は躊躇う事無く、振り向きざまに剣を振るう。
その剣の切先が的確に均衡教徒の一人の喉元を裂き、その場に崩れ落ちた。
眼の前で人が死んだ瞬間に怯えた民衆は悲鳴を上げたが、そこに構っている余裕はない。
「とにかく進め!巻き添え食うぞ、衛兵の指示に従って落ち着いて避難しろ!」
混乱に乗じて教徒数人が隙間を抜けて行くが、衛兵長はそれを追わずに血のついた剣を振り払い広場へ視線を戻した。
「深追いするな!下がらせんのが先だ!」
斬り捨てた教徒の死体を列から引きずり、民間人の視線から外れる場所へと雑に蹴り転がす。
「右側、抜けられてるぞ!三人行け、囲め!押し戻せ!!」
衛兵長の指示で衛兵たちが即座に散り、教徒たちの動線を切り分ける。
狭められた空間に追い込まれた教徒の一人が、懐から呪具を取り出した。
「投げるぞ!」
「させるな!」
盾が前に出る。鈍い音と共に呪具が弾かれ、爆ぜた火花が空中で散った。
「アメジ!民間人保護、結界!」
「オッケーラズリちゃん!」
ラズリの指示でアメジが結界を張り、火花や破片が降り注がないように補助をする。
「今だ、押せ!」
押し返された教徒がよろめいた瞬間、別方向から伸びた刃が衛兵の一人に刺さる。致命傷では無さそうではあるものの、衛兵長は再度盛大に舌打ちを漏らす。
背後で別の気配を感じ、衛兵長が振り返るとすぐさま視線を周囲に投げ、アメジに指示を飛ばした。
「アメジ!子供連れて下がれ!左の穴託すぞ!!」
「りょーかいっ!」
アメジが転倒した子供を抱えて場から下がり、愛用の魔法の杖で敵の槍を弾いていなす。
子供を母親に託し、衛兵の避難誘導の邪魔をさせないように均衡教徒を相変わらずのフィジカルで列の外側に大きく弾き出した。
「あんたらの相手はこのあたし!光栄に思いなさい!」
混乱の中でも、指示は止まらない。
戦う者、守る者、運ぶ者────それぞれが役割に押し込まれ、場が徐々に『形』を取り始める。
「区画を絞れ!広げるな!」
衛兵長は剣を構えたまま、視線だけで戦場を切り分け続ける。
「そこは下がれ!前出過ぎるな、避難路が狭まる!転倒事故で二次被害が増える!!」
この場の指揮系統の頭が彼と理解した均衡教徒1人が衛兵長に向かって剣を振り下ろすも、衛兵長はその剣を受けて力任せに蹴り飛ばした。
「ラズリ!そっち二匹抜けてった!ガーネの方行かせるな!!」
「任せな衛兵長!」
ラズリが隙間を縫って中央に向かおうとしている教徒を追いかけに走る。
それを見て、今しがた衛兵長に蹴り飛ばされた教徒は完全に『見た目だけ』でラズリを判断しラズリの方に向かっていった。衛兵長相手では分が悪く、見た目だけであれば10代半ばに見えるゴスロリドレスの少女相手の方が、『戦果』として数えられると判断したのかもしれない。
「ラズリ!もう一匹そっち行った!任せるぞ!!」
正直なところ、衛兵長自身も何度か『特務』の出動の際のサポートには出た事自体は何度かある。だがそのほとんどは自分のかつての後輩であり教え子であるガーネが一人で相手していたため、実際にアメジとラズリの戦う様子は見たことがない。
しかし、近衛長に噛みつかれたあの評定の場で臆すること無く確固たる自信を持って自身の部下である特務の一同を評価していた。
使えない奴は『使えない』とあっさり切り捨てる側面のあるガーネが、自ら囲い怪我をさせないようにしているのは単に珍しく『仲間意識』を持っているだけでは無いことを、衛兵長は知っていた。
純粋に、全員がガーネにとって『使える』と判断された、優秀な面子だからに他ならない。
衛兵長は均衡教徒の始末はその特務に託し、自分の仕事に専念すべく、時に剣を振りながらひたすら声を上げ続け民衆の避難誘導に徹していた。




