199話「庶民のクレープ」
「妾は次あっちの店に行きたい!」
「小娘ーッ!!」
優しい顔をしてやった瞬間にすぐに興味の対象が移ったディアマントにすっかり振り回されるガーネだった。
ディアマントはすでに別の店に行ってしまっており、追いかけながらガーネはヘルソニアに嫌味混じりに問いかけた。
「ヘルソニア様…小娘どういう躾してるんですか…!」
「元々小娘ではあったが、陛下の小娘化が顕著になったのは比較的最近だ。大元は陛下の自業自得ではあるが、一端は其方のせいでもあるぞガーネ」
「は?俺?」
肩を竦めて返すヘルソニアに、ガーネは閉口した。
思い当たる節があるとすれば、件の『更迭未遂騒動』でガーネ自身が必要以上にディアマントに距離を取った頃合いであろうと考える。しかし、ガーネにしてみればそんなこと知ったことではなかった。
気付くと止める前に店の扉に手を掛けてしまっており、ガーネは慌てて駆け寄って扉を開いて中へ促した。
「配置はさっきと同じ、店内は最小限だ」
ガーネに続いてヘルソニアや近衛長・衛兵長と侍従が店内に入り、先程の店と同じように予告も無しに来店した女王とその護衛に宝飾店の店主は表情ごと固まってしまった。
「ふむ、なかなか良い品を揃えておる」
「あ、あ、ありがとう存じます…」
さすが女王だけあって目利きはかなりのもので、店内の宝飾の類は世辞でもなんでも無くどれも一級品以上であった。辺境伯領の裕福さも、町並みや店頭で取り扱う商品から伺い知れるようでもあった。
ディアマントが先程までと異なり熱心に何かを見ていたため、欲しいものでもあったのかとガーネが近寄ると、それに気付いたディアマントは顔を上げてその場を離れた。入口に向かう姿を見遣り、ちらりと直前までディアマントが視線を落としていた先に目を向けるとガーネは店主に「邪魔したな」と声を掛けてから追いかけて店を出た。
ガーネも疲れてはいたが、道中から比較的雑に振り回されていた近衛長を筆頭にすでに全員緊張と疲労で目が死にかけていた。
それもお構いなしに、ディアマントは次に目を付けた店先に走って行ってしまい、さすがのガーネも舌打ちが漏れた。
「…今度はなんですか」
「ガーネ、これはなんじゃ」
「クレープ」
「クレープ!城で食べるのとは違う!」
城でいわゆるおやつに出されるクレープは、皿に上品に盛り付けられていてナイフとフォークで食べるものである。それしか見たことがないディアマントは、今まで以上に目を輝かせてガーネに初めてねだった。
「食べたい!食べてみたい!」
「はぁ?もうすぐ夕食なんですよ」
「欲しい!」
「………ヘルソニア様、与えていいんですか」
「…まあ、構わないが。しかし陛下、食べ切れるんですか」
「わからぬ、ガーネどれが美味しいやつじゃ」
「あー、うーん…俺ならいちごのやつですかね」
「ならそれじゃ」
ガーネはしれっと自分の好みを押し付けつつ、眼の前の『令嬢』が女王だと気付いている店主はガチガチに緊張した様子でクレープ生地を焼き始めた。
初めて見る光景にディアマントは興味深そうに店主の手元を眺める。
ガーネは周辺に視線を這わせ、特務に指先で合図を送る。
もはや付き合いの深さ故か、目線と手の動きで『そこの広場、押さえろ』を察した一同は衛兵と近衛と共にすぐ近くの広場の確認に走った。
それを見た衛兵長が感心したように呟いた。
「はー、良い連携するなぁお前ら」
「ふん、そりゃ俺の『仕込み』の賜物だよ。…釣りはいらん、取っておけ。急に悪かったな」
「い、いえ。ありがとうございます」
ガーネは自分の財布から最高額紙幣を取り出して店主に支払うと、受け取ったクレープをディアマントに差し出した。
包み紙に巻かれた、食べたことのない形のクレープに嬉しそうな顔をしたディアマントを誘導するようにガーネが少し先の広場を指さした。
「さすがに立ち食いとか食べ歩きはやめて下さいよ陛下。あっち押さえさせたんで、せめて座って食べてください」
ディアマントを近くの広場に誘導し、座らせて警備に支障が無さそうなベンチを見つけるとガーネはそこに自分のハンカチを広げて促した。
「どうぞ、お掛けください陛下」
「お前、そういうことが出来る男なのか」
「当たり前でしょ、俺を誰だと思ってるんですか」
少し意外そうに呟いたディアマントをベンチに座らせ、広場周辺に警備を配置させる。ディアマントの一番近くに近衛長が立ち、半歩離れた場所にガーネが立つ。その少しだけ先に衛兵長とヘルソニアが立ち、真ん中のディアマントはクレープをどう食べていいかわからなそうな様子で眺めていた。
「ガーネ、これはどう食べるのじゃ」
「どうって、齧って食えばいいでしょ」
「齧る…」
小さな口でクレープに齧り付いたディアマントの顔を見て、近衛長は一瞬あからさますぎる程に視線を逸らしたが、すぐに視線を戻してなんでも無いような顔をしていた。
「うむ、美味しい!ヘルソニア、城でもこれが食べたい」
「わかりました、戻ったら厨房に伝えます」
しかしどう見ても食べ慣れていないのは明白であり、包み紙をどうしていいかわからなそうにもたついていた。近衛長自身も良い所の生まれであまりこういうものの食べ方には詳しくないのか、一番傍にいるにも関わらずどう手を出していいか困ったような顔をしているのを見かねて、ガーネが傍に寄って足元にしゃがんだ。
「貸せ、ほら」
「うむ」
ディアマントは素直に食べかけのクレープをガーネに差し出すと、ガーネは慣れた様子で包み紙を少しずらして食べやすいように位置をずらしてやった。
そのままクレープを差し出して、受け取ったディアマントの顔を見ると、口元に明らかに食べ方に慣れていないことを象徴するようにクリームが僅かについていた。
それを見つけたガーネはディアマントの口元に手を伸ばすと、当たり前のように親指の先でそのクリームを拭っていつものようにぺろりと自分の指を舐めた。
「「え」」
衛兵長と近衛長だけでなく、ほぼ全員が同時に困惑した声を漏らした。
動じていないのは、女王本人とヘルソニアだけであった。
ガーネ自身も、「あ、やっちまったな」とは思いはしたものの、やってしまったものは仕方がないと開き直った。なんでも無い顔をして立ち上がり、元の立ち位置に下がった。
「ガーネ」
「今度はなんですか」
「コルセットがきつくてもう食べられぬ」
「………晩飯入らなくなるからもう残せ」
「あとはお前が食べよ」
ディアマントから食べかけのクレープを受け取り、しれっと自分もおやつにありつく。
近衛長がものすごく物言いたげな顔でガーネを睨んでいたが、女王が直接『食え』と寄越したのを見ている手前何も言えずに、食休みをするディアマントの横に無言で立っていた。
────わかりやすい男だな。
ガーネは近衛長の顔に出やすい所を改めてそう評価しながら、食べ終わったクレープのゴミをくずかごに捨てた。それから時計を見て、残りの制限時間を確認する。
「ガーネ、時間はあとどのくらいじゃ」
「少しだけおまけして、あと15分未満って感じですかね。疲れたんじゃないですか」
「疲れはしたがもう少し見て回りたい!」
「…外交先じゃなくて、まずは自分のお膝元の王都から始めた方がいいんじゃないですか…辺境伯領の人、全員アンタが女王だって気付いてますけど」
「王都は王都じゃ、ここは滅多に来ない。だからもう少しゆっくり見たい。ガーネ次はあっちの、」
「駄目だ」
指先がざわつくのを感じ、ガーネはディアマントの言葉を遮って彼女の前に出た。
「サイフィル!来い!」
表情と声の変わったガーネにディアマントは思わずびくりと肩が跳ねた。
駆け寄ったサイフィルに耳打ちをし、ガーネが懐から銃を取り出したのを見て近衛長と衛兵長がディアマントの傍を固めた。
「陛下、今日はもう中止です。…わかりますね、今は俺の言う事聞いてもらいますよ」
「……わかった」
「よし。…全員、配置を変える!特務は前、衛兵と近衛は左右で陛下の横固めろ!近衛長と衛兵長は後方殿!」
幸いにも、迎賓館に帰るまでの間に『仕掛けて』は来られなかったが、明確に『狙われている』という嫌な気配と感覚だけを全員に残して、束の間の女王のお忍び散策は終了した。




