194話「外交の始まり」
「スメイラ。話しがある、ちょっと来い」
外交下見から戻って数日。ガーネはスメイラを呼び出し小さな会議室に入った。
「……なに、また一人でどっか行こうとしてる?」
スメイラは南の樹海に行く前のガーネの行動を思い返し、会議室の椅子に腰を下ろして怪訝そうな顔でガーネを見つめた。
「そんなんじゃねーよ。お前にだけ事前に頼んでおきたいことがある。今度の外交についてだ」
「…うん?」
「基本、今回俺は護衛最高責任者として陛下の傍中心にあちこち動くことになる。特務で付きっきりにはならねぇ、つまるところある程度はお前に任せる場面も当然出てくる」
「まぁ、そうだろうね」
「そこでだ。カルセも『護衛対象』として見て動け。理由はわかるな」
「……聖女、だから?」
「そうだ。国唯一の聖女だ、死なせるわけにはいかない。ただ…カルセにもプライドはあるだろう、万が一の時はお前ごと近衛のところに押しやるから、陛下ごと護衛しろ。本人には知られないように……いいな」
「了解。……ところでその近衛長と、揉めたんだって?内容までは知らないけど…何があったの?」
「揉めたっつーかなんつーか。耳がはえーな。心配すんな、向こうも子供じゃねぇ。『そんなこと』で色々疎かにはしない」
「…大丈夫?ガーネくん。ご飯食べて休んでる?やつれたんじゃない?」
「……外交が無事に終わったら、二連休くらい取ろうかな……それより、『例の件』は大丈夫だろうな」
「え、あ、う…うぅん…うーん」
煮えきらないスメイラの返答に、ガーネは間近に控えた外交のとある一点に小さな不安を残した。
数日後。ゲルブ辺境伯領への国境交易路安定化の共同宣言、および近隣諸領・対外使節に向けた王権の承認表明を目的とした今回の『国境宣誓外交』への出立の日。
早朝から、王城前で馬車が何台も停車し、準備に追われていた。
すでに広場前には、早朝だというにも関わらず80年以上振りの女王の外出とあって多くの民衆が詰めかけていた。衛兵と警察で群衆整理をしているのを窓から確認し、ガーネは小さく息を漏らした。
「おい」
ガーネの不機嫌そうな声が小さく響き、特務の、特にサイフィルとアメジがきょとんと首を傾げた。
「なんだお前らその格好。俺言ったよな、『正装』だと」
「正装してるじゃん」
「正装よこれ」
「なんでお前らは『ほぼいつも通り』なんだよ!舐めてんのか!スメイラどういうことだ!」
「だから『うーん』って言ったじゃない」
「まじかよ勘弁しろよ…!」
「ガーネこそ、キメすぎなんじゃない?」
サイフィルが笑いながらおちょくるように肩を竦めて言うのを聞き、あからさまにガーネの眉間に皺が寄った。
「キメてるんじゃなくて正装なんだよクソバカが!!」
まあまあ、と近寄ったカルセがガーネの肩章や飾緒を整える。
「ガーネ様、髪はどうされますか?」
「時間ねぇ、あとで頼む」
「かしこまりました」
「いいか、この後もう陛下が出るんだ。くれぐれも、くれぐれも!!恥ずかしい真似すんなよバカとゴリラ!!スメイラ、ラズリ、カルセしっかり見とけよ!」
「任せなって」
「お前らに任せてコイツらの服装『こんな』なんだがな!!」
最後の調整と準備と身支度に忙しくする中で、出発直前のサイフィルのほぼいつものパンクなのかロックなのかよくわからない服装と、アメジの少女趣味ないつもよりもフリルの多いワンピース姿。二人ともいつもよりある意味では装飾品など含め『整えてはいる』が、ガーネの想像の斜め上を遥かに飛び越えていた。
諦めたように『せめて粗相をさせるな』と女性陣に言い含めたところで、同じように正装をした近衛長がガーネの傍に寄ってきた。
「統裁官、少しいいか」
「なんだ」
下見の際にガーネの地雷を思い切り踏み抜いたせいか、ガーネの返答は必要以上に端的だった。
スメイラ経由で何となくの事情を聞いていたらしい特務の面々も、自分の上司であり『仲間』であるガーネに対しての近衛長の態度を含めたらしく、少し警戒したような様子で近衛長を見た。
近衛長はその視線を感じつつ、少しだけ躊躇いつつも口を開く。
「…先日の、」
「待て。ここでする話しじゃない。向こうで聞く」
ガーネは近衛長を引き連れ、少し離れた場所へ移動した。
「…先日は、申し訳なかった」
「なにが」
小さく頭を下げた近衛長に、ガーネは何に対しての謝罪か理解しつつもつっけんどんに返答をした。
近衛長はそれでも真摯な態度で、ガーネの目を見て素直に謝罪の言葉を続けた。
「……自分の矜持のために、君の出自を軽んじたことだ。少なくとも、あの場であのような物言いをするべきではなかった。申し訳ない」
ガーネは小さく溜息を漏らし、冷ややかな目で近衛長を見据えた。
「………口から出たモンは、取り消しが利かねぇ。俺は家のことを言われるのが死ぬ程嫌いだ。お前の目に俺がどう映っているのかは知らんし、俺自身周りから寵愛人事と言われていることも知っている。だからこそ、俺は俺なりに血反吐吐く努力と仕事をして来たつもりだ。家の話一つでそれが全部ひっくり返るのは、お前が一番わかるだろ。それ以上は言うつもりはない、仕事は切り替えろ。その顔で陛下の横に立つつもりか」
最後にもう一度頭を下げて持ち場に帰っていった近衛長の背中を見つめ、ガーネは深く息を漏らした。
苛立ちからなのか、手が僅かに震え胃の奥が僅かに痛んだ。
しかし同時に、あの自尊心の塊のような男が素直に頭を下げたことは純粋に感心はしたものの、ガーネは半分腹落ちしない何かを覚え震える手をギュッときつく握り締めてから白手を嵌めた。
城内でのやり取りであり、女王には当然今の会話は筒抜けていたし、先の下見の際の状況も事細かにヘルソニアから報告を受けていた。
女王・ディアマントは身支度の最後に頭にティアラを載せ、鏡で全身を確認して小さく笑みを浮かべ部屋を出た。
「ヘルソニアよ」
「はい陛下」
「連中の様子は逐一妾の耳に入れよ」
「勿論です」
そしてガーネと近衛長の会話を『聞いていた』のは、ディアマントだけではなかった。
「…近衛長、ガーネ様に出自の件で暴言を吐かれたみたいですわね。その謝罪でいらしたみたいですわ」
カルセが小さな声で、特務のメンバーにそれを共有した。
この数日のガーネの不機嫌はそれかと一同合点がいき、サイフィルが肩を竦めた。
「やっぱガーネ、『家』の件は地雷だよね」
「ま、あのクソガキもプライド鬼高だしね。たぶん、アイツの努力とか研鑽全部『家のおかげ』みたいな言い方されたんじゃない?」
「ラズリさんの言う通りっぽい感じでしたわ。…近衛長、少し注意した方がいいかもしれませんわね」
それだけ静かに告げると、カルセも正装として身なりを整えようと、二人の会話の声を拾って揺れていたうさ耳を隠すようにウィンプルを被った。
そして、一同は広場前に整列の準備をして『外交の始まり』に備えた。




