193話「地雷」
馬車に戻ったガーネはヘルソニアに声をかけた。
「後始末だけします。出発15分待ってください」
「そんなものでいいのか」
「十分です、指示して来ました。文官長、記録だけ頼んでいいか」
「は、はい」
「御者はいつでも出せるようにしとけ」
文官長が馬車を降りて記録に向かうと、呪物や術式の確認を巫術官長を中心に行った後に魔導師長が焼却魔法を放って死体の処理をし始めていた。
ガーネはそれを見届け、ヘルソニアの隣にどっかりと腰を下ろした。
「あー、キモチワル。まぁだ視界揺れてますわ」
「あれだけ酔っていて馬車を降りて5分未満で酔いが醒めるとは到底思わんがな。どうだった」
「一回連中との対処挟んだんで、まぁ大丈夫でしょ。雑魚相手でしたけど。しかしまぁ、そんな弱くないですよ全員。頭も反応も悪くない。むしろウチの連中の方が戦力だけで見ると全然弱いです。まともに戦えるのなんざ、アメジとラズリだけですもん」
「あれだけ特務の人員を評価していたではないか」
「評価してますよ。ウチのにも言ってますけど、適材適所なんですよ。スメイラとサイフィルとカルセは確実に実践には向きませんし戦えないですけど、ラズリにもアメジにも俺にも無いもの持ってるんで。戦えるやつが戦えばいいんですよ」
それだけ言うとガーネは胃の不快感を押さえるように水を飲んで小さく息を漏らした。
「…ふ。陛下だけでなく私も、其方を統裁官に任じて良かったと思うよ」
「そりゃどーも。…あとは外交本番ですね、連中も今日は多分外交に向けての下見でしょうし。今日は俺の首持ち帰って序列持ち昇格したかったみたいですよ」
「ははは、容赦のない男だ」
「容赦してたらこっちが死ぬんで」
ガーネは胸元にしまった懐中時計を確認する。丁度15分経過するかしないか程度の時間で、ガーネの読み通り全員が戻ってきた。
「回収した遺留品は」
「身元の割れそうなモンは特にねーな。呪符とかそういうのは、魔導師長と巫術官長で保管してんぜ」
「そーか」
衛兵長が「どっこいしょ」と座面に腰を下ろし、回収した死体を荷台に積んで術式保管をかけた魔導師長と巫術官長も馬車に乗り込んできた。最後に、近衛長が馬車に乗り込み、ヘルソニアの横で悠然と足を組んで『雑談』をしていたガーネを睨みつけ明らかに苛立ちを抑えきれていない顔で盛大な舌打ちを漏らした。
「統裁官」
「なんだ、戻ったならさっさと座れ近衛長。時間押してんださっさと出発するぞ」
「…何故、最初から動かなかった」
「あん?『見てた』んだよ」
「無駄に危険を増やして、あれだけ『見て』何をしていたと聞いているんだ!」
近衛長の怒号に、車内はしんと静まった。
それを受けてもガーネは想定内とばかりに一切動じた様子も見せずに近衛長へと視線を投げて静かに口を開いた。
「別に、お前らの誰も死なせてねぇだろが。本番で使えないと困る」
「そういう話しではない!」
「じゃあどういう話しだ。そも、お前は俺に『王都で留守番でもしてたらどうだ』とか言ってたな。これがもし本番だったらどうしてたんだ、あんな雑魚相手に…陛下に怪我でもさせる気か。俺が手出しするまで一分もかけてないぞ」
ヘルソニアは第一回評定の際のディアマントと同じように、口元に薄く笑みを浮かべたままゆっくりと目を伏せて『口を挟むつもりはない』というポーズを取った。
近衛長自身、正直苦戦していたとは言え一人の教徒はその手で斬り伏せることができており、完全に『何も出来ていない』訳ではない。ただ、圧倒的にガーネの戦果が高く、競っている訳ではないがプライドがひどく傷ついたらしく評定で噛みついた時以上に感情的にガーネに声を荒らげていた。
ガーネはそれを受けても表情も態度も一切変えずに冷静な態度で近衛長を見ていたが、それが一層近衛長の自尊心を傷つけたようだった。
「フン、さすが異界対策統裁官。伊達に律衡家の本家の息子ではないということか。通りで、陛下にもヘルソニア様にも気に入られるわけだ」
近衛長のその一言に、ガーネの表情が初めて動いた。
衛兵長や魔導師長、巫術官長は、近衛長の口から出た『律衡家の本家の息子』の言葉に反応して少しだけ身を乗り出した。
ヘルソニア自身も、近衛長がガーネについて嗅ぎ回っていたのは把握してはいたが『そこまで』調べていたとは思わなかった様子で視線を向けた。
律衡家、位相管理官の家系。
『世界の調律』を監視・運用する、表向きは『数百年前に滅んだ旧家』という扱いにはなっている。しかし、その家系が存在しないと世界の均衡は傾く。いわゆる暗黙の了解、というもので表面上『滅んだ扱い』になっているというのは、多少の見識があれば察せる者には察せる。
その家系の『本家の息子』が、ガーネであると露呈した。
ガーネの表情からもそれは確実であった。
しかしその家系の息子となれば、均衡教徒が女王だけでなくガーネを狙う理由も、ガーネがこれだけ均衡相手に戦える理由も、女王が『寵愛人事』と言われようとガーネを『異界対策統裁官』の立場に据えて『王命執行最高責任者』の権限まで与えたのか、すべて説明がついて線で結ばれた。
衛兵長たちは『なるほどな、だからかこの優秀さは』と静かに納得していたが、当のガーネはその事情を全くポジティブには受けていない顔だった。
たっぷりと数秒沈黙したあと、一気に冷えた目で近衛長を見据えた。
「言いたいことは、それだけか」
「……は…」
「どこでその情報を仕入れたのか知らんが、それが事実だとして…お前は本気でそれを言ってんのか」
「…え…いや」
ガーネの様子に、近衛長もさすがに地雷を踏んだのかと自覚したが、すでに遅い。
口から出た言葉は、消すことは出来ない。
「俺は別に好き好んでグリーチェウト家に生まれたわけでもないし、望んで本家の一人息子になったわけでもない。お前だって望んで『伯爵家の次男』に生まれたわけじゃねーだろうが」
それを言われ、近衛長は閉口した。
ガーネの言う通り、彼自身も自ら望んでジェスチェルト伯爵家に生まれたわけでも、ましてや次男として生まれたわけではない。その出自に関して、自身でも思うことも言われたくない言葉を浴びせられ何度も嫌な思いをして来たことを、ここに来てようやく思い至った。
「くだらねー尺度でしか話せない奴と話すことは何もない。さっさと座れ、帰るぞ」
姿勢を直すように座り直し、足を組み替えたガーネは御者に指示をして馬車を出させた。
しんと静まり返った車内で、衛兵長たちは初めて知ったガーネの出自を均衡に狙われる理由になっていることはさておいたとして比較的前向きに受け取っていたため、『これがコイツの地雷なのか』と密かに思いながらガーネの姿を眺めた。
ヘルソニアは横目でちらりとガーネを見て、小さく溜息を漏らした。
まるで葬式帰りかのような道中を過ごし、無言のまま汽車に乗り、王都・王城へと重い空気のまま帰り着いた。




