192話「迎撃」
辺境伯領を出て元の中継地点の街へと戻る一行。中継地で軽く休憩を取り、ここからは『本命ルート』で駅までの道を行くことになる。
「さて、ここからが本番だな」
ガーネの小さな呟きに近衛長が反応した。
「君の馬車酔いがか」
どこか小馬鹿にしたような、真面目に言っているのか定かではないような物言いではあったが、おそらく他意はなさそうな顔であった。しかし当のガーネはすでに辺境伯領からこの中継地までの道中で酔っており、やっと収まったと思えばまた酔わなければいけない地獄の行程である。
「お前も馬車に酔えばいい」
「君と違ってそんな軟弱な身体はしていないのでな、生憎と」
「あっそ」
どいつもこいつも、と喉元まで出かかった言葉を飲み込んで地図を広げる。事前に評定の際に確認していた懸念箇所を指先でなぞり、ガーネは眉を寄せた。
少し遠くから「そろそろ出るぞ」という声がかかり、まだ馬車酔いが完全に治まり切っていないまま馬車へと乗り込んだ。
「……ガーネ」
「ハイ」
「吐くなよ」
「ハイ」
十数分後、顔を真っ青にして完全に口数が減ったガーネを一瞥し、ヘルソニアは真顔で声をかけた。
「おい大丈夫か、一回止まるか?」
衛兵長もこの狭い車内で吐かれてはたまったものではないといった様子で隣に座るガーネに声をかけると、他の責任者も全く同じことを思っているのか一様に頷きながらガーネを警戒するように見た。
それだけ危うそうな顔色をして冷や汗をかいていた。
「…カルセに優しくされたい。スメイラに冷たいお絞り渡されたい。ラズリに助けてもらいたい」
この場にはいない『特務・お母さん』への思いを馳せながら消え入りそうな声で呟くガーネに、一番最悪の事態を想定した文官長は慌てて紙袋を用意した。
その瞬間、ガーネは勢い良く立ち上がって御者席と客室を隔てる小窓を叩いて乱暴に開けた。
「止めろ、今すぐ」
「え!?は、はい!」
御者はガーネの鬼気迫る様子に慌てて手綱を引き、少し拓けた場所に馬車を停車させた。
その様子に一同は『ついに吐くのか』と身構えたが、ガーネは客席のドアを開けて右手に銃を構えていた。
「ほう、ガーネ。其方この距離で『拾う』か」
「何回仕掛けられてると思ってるんですか。おい出ろ!迎撃!」
酔いなのかなんなのかわからない据わった目で声をかけ、ガーネは馬車を降りた。
その様子に『均衡教徒か』と察した近衛長と衛兵長、魔導師長、巫術官長が続いて馬車を降りた。
「ヘルソニア様」
馬車の客席窓を叩いてガーネが声をかけると、見物する気満々のヘルソニアがいつものように薄く口元に笑みを浮かべながら窓を開けた。
「なんだ」
「連中、序列持ちかどうかわかりますか。いつもカルセに見て貰ってるんで判別つかないです」
「…ふむ……いや、『序列ではない』な。弱い」
「そうですか、じゃあ全部始末します。御者、お前は一旦客室入ってろ」
そう言ってガーネは馬車に近い場所で銃を構えながら『戦力』となる、共に降車した四人に指示を出す。
「魔導師長、巫術官長。アンタらは術式の警戒と呪術・呪物の対処中心に、馬車守りながら上から俯瞰で俺らの補助。近衛長は右とヘルソニア様警護、衛兵長は左。残りは俺。手加減はすんな全部殺せ」
「はぁ?無茶言うぜ、お前と違って俺らは術者慣れしてねぇんだよ」
「うるせーよ、さっさとやらねぇと殺されんぞ『教官』」
事前に『地形的に潜伏するならここ』と睨んでいたポイントであった。視線の先の森蔭から、複数の気配が一気に動く気配がする。
足元に薄い術式が広がり、視界に軽い歪みが生じる。それに乗じたように呪符が飛ばされ、近衛長は即座に前へ出て馬車側を半身で庇い、衛兵長は逆側に開き包囲されないラインを作った。
「下を踏むな!」
巫術官長の声が響き、魔導師長が即座に防壁魔法を展開して視界の確保は出来たが、衛兵長と近衛長は足元の拘束術で踏み込みが一瞬遅れる。その隙をついたように数人が攻撃を仕掛けて来て、衛兵長は抜いた剣で斬りかかるものの術でズラされているのか完全に斬撃が入りきっていない。
「4、5、…7匹か。向こうも下見かね」
小さく呟きながらガーネはその場から一歩も動かず、敵の数を数え視線を全体に投げていた。
「統裁官、今日はお守りの仲間は留守番か。なら今日はお前のその首を手土産に俺らの序列昇格祝いだな」
「ぬかせ、特務の連中がいてもいなくてもどうせお前らいつも俺一人にフルボッコにされてんだろうが。昇格祝いじゃなくて葬式の支度でもしとけ」
煽るような均衡側の物言いにも鼻で笑うようにあしらう。
一応銃は構えてはいるものの、動く様子のない姿に近衛長はあからさまに舌打ちを漏らした。
「統裁官!貴様は動く気はないのか!」
「ほら近衛長、前見ろ死ぬぞ」
術で姿を暈しながら近衛長に向かって死角から迫る一人に向け、容赦無く引き金を引いて射殺したガーネが雑に返すと、均衡側の方もガーネに対し舌打ちを漏らした。
近衛長も衛兵長も、完全な奇襲ではないが『対人戦ではない』初動に明らかに戸惑いが滲んでいる。
しかし、術によって噛み合わない様子であるが、二人とも間違いなく技量はある。
であればとそれの『補助』を指示した魔導師長と巫術官長であるが、ベテランだけあってこういった手合いへの対処はそれなりではあるが『連携』という意味ではいま一歩である。対応は出来てはいるが、連携不足による『後手』を感じる。
敵である均衡教徒側も、一人一人はそこまで強い訳ではないが向こうの方が『連携』の意味では上である。近衛長や衛兵長の対処を補助するように、中衛の術者が視界妨害の魔法を放ったり後衛の均衡教徒がちまちまと撃ってきたりと、なかなかにいやらしい。
近衛長もその状態でなんとか一人は対処してはいるが、次の一歩で足止めを食らい、ヘルソニアの護衛も兼ねている為判断が『守り』に寄っている。
衛兵長は衛兵長で、対人戦だけで見ると間違いなく強いが術の優先順位が読み切れておらずどこを潰せばいいかの判断に遅れが出ている。経験はあるのに『均衡教徒慣れ』していない。
だが、ここまではガーネも多少は想定内だった。
その中でも近衛長の守りの癖や、衛兵長のライン取り、魔導師長の術の展開速度、巫術官長の警告精度などを眺めていたが、1分にも満たない時間で見切りを付けた。
そして、近衛長側で一瞬の隙が生じた。横から呪符が飛び、魔導師長がそれを魔法で弾く。しかしその間に距離が詰められていた。
「…大体わかった」
ガーネは小さく舌打ちを漏らし、構えていた銃の銃口を近衛長側に向けて引き金を引いた。
近衛長に迫っていた教徒の眉間に精度高く命中し、倒れた所で術で剣の入りが甘かった衛兵長側の教徒も容赦無く射殺する。
「残り4匹か、これ使うぞ」
敵が散発的に敷いた術式に触れ、少し前に禁書庫から『借りてきた』本で読んだ術式反射の応用理論を参考に敷いた本人に返す。相変わらず出力がおかしいためか、本人だけでなくその周辺にいた二人を巻き込み一気に三人始末すると、残りの一人に銃口を向けて引き金を引いて即断した。
ガーネが手を出してから僅か十数秒程度の出来事に、全員無言でガーネを見つめていた。
周辺に残党や潜んでいる均衡教徒がいないか確認するように銃を向けて警戒しながら森の方へ向けて歩いていく。
対象は全て殲滅したことを確認すると、中衛で術を使用し全体に一番声を出していた男の死体に歩み寄り口の中や身体の刻印の確認をして立ち上がり、足元を蹴った。
「これだけ持って帰る。魔導師長・巫術官長、保管頼む。衛兵長と近衛長は他の死体から所持品だけ抜け、あとは焼くなり埋めるなりしろ。呪いの残滓だけ巫術官長見てくれ」
ガーネはそれだけ指示すると、馬車へと一人戻って行った。
その背中を一同は無言で見つめていたが、ここで時間を割くわけにはいかないと衛兵長の声掛けで一斉に動き出した。




