191話「辺境伯領」
翌朝、明るくなってから全員で再度宿含め周辺環境の確認を実施していく。
ガーネは宿全体と外周をざっと見ながら、夜の確認で拾った違和感の答え合わせと、女王の部屋から退避地点までの秒数や配置位置の最終確認。
近衛長は女王動線に絞って、宿泊部屋から出入口までの導線、護衛位置、狭所や曲がり角での隊列の組み直し確認。
衛兵長は外周、裏道、塀や植え込み、野次馬や不審者が溜まりやすい位置の確認。
魔導師長は窓・扉・水場・出入口まわりの術式や呪具の痕跡確認、巫術官長は井戸や古い祠跡、地相や不浄の有無の確認。
輸送・厩舎責任者は馬車の配置、出発動線、旋回や切り返し、厩舎まわりの安全確認。文官長は待機しつつ各報告を地図と記録に落とし込み、問題点の整理と通達準備を行った。
それを終えると一同は馬車に乗り込み、辺境伯領を目指す。
再びガーネは約4時間半の地獄の行程を耐え、ようやく辺境伯領の検問所へと辿り着いた。
「はぁー…長かった…これ、陛下も馬車酔うんじゃね?大丈夫か、もう外遊やめさせた方がいいんじゃね」
「残念ながら、陛下は乗り物の類はわりと平気だ。心配には及ばない。無論道中少しコルセットを緩めさせたりと対策はするがな。其方程酔う者もなかなかおらんから心配はするな」
順番待ちで停車している間に文官長からもらった水を飲み少し酔いを落ち着かせながら、自分の乗り物酔いを棚上げして小さく呟く。
しかしヘルソニアの楽しそうに笑みを浮かべながらの反撃に息を漏らし、ガーネは今回の警備最高責任者として一人馬車を降りた。
「王城より、異界対策統裁官のガーネ・ディーム・ロットだ。今度の外遊に伴う事前視察で来ている、責任者を呼べ」
「かしこまりました。お待ちください」
王城の紋章の入った馬車とガーネの名乗りと身なりに、詰め所の衛兵が敬礼をして下がって行った。
数分して責任者と名乗る男が現れ、ガーネに歩み寄った。
「お待たせいたしました。外遊の事前視察と伺っております」
「そうだ。検問通過時の動線、警備配置、待機場所を確認する。案内してくれ」
「承知いたしました、ご案内いたします」
「まずは検問通過時、女王の馬車を一旦どこで止める」
「当日はこちらで問題ございません」
「随行をどこまで通せる」
他、待機列が溜まるならどこに流すか・不審者を止めるならどこで止めるかなどを確認し、立ち位置を変えたりしながら適宜馬車の中の他の責任者に目配せをする。
「この先は領内の案内役を付けます。宿泊先と式場まではすでに辺境伯家側へ通達済みです」
最低限の確認を終え、ガーネは馬車に乗り直しそのまま辺境伯領へと馬車を進めた。
女王の宿泊予定地と式場を先に押さえるべきだと判断し、ガーネは地図を片手に次の確認箇所へ向かった。
「いやぁしかしガーネ、お前ちゃんと『責任者』できるんだなぁ」
「なんでアンタたまに親戚のおじさんみたいになるんだよ。警察官時代だって、下っ端ではあるけど一応責任者なんだけど」
しみじみと呟いた衛兵長を面倒そうに一瞥し、ガーネは椅子に腰を下ろして地図を広げた。
「なんでもいいけど、ここはそんな長居出来ねぇ。見る箇所事前に分担すんぞ。細かくはあとでまとめる」
事前に確認する箇所を決め、まずは式典会場から視察をする。
入口前の馬車寄せから動線、実際に女王が立つ場所、入口の数や間取りの他、視線の抜け・死角や高所からの見通し、人の滞留場所、警備配置、建物構造や魔術・結界の有無と干渉のしやすさなどの確認を済ませる。
それから辺境伯領での宿泊予定場所である迎賓館へと移動し、各自分担しながら確認をしていく。
ガーネはヘルソニアと共に最終確認をしながら歩いていると、従者や護衛の衛兵を伴った男がこちらに歩み寄ってきた。
「ヘルソニア殿。遠路はるばるご足労痛み入ります」
「久しいなゲルブ辺境伯」
声をかけた中央の男に返答をしたヘルソニアの言葉で、領地の主である辺境伯であると悟りガーネは一歩下がって軽く一礼をした。
「此度は陛下のご外遊、辺境の地としても光栄の至り」
「その言葉通りであることを期待しよう」
「陛下は息災ですか」
「ああ、特に変わりはない」
ほんの数言の会話のラリーであるが、ガーネは妙な違和感を覚えちらりと横目でヘルソニアの顔を見た。珍しく、ほんの一瞬ではあるが彼女の表情が曇ったのを見逃さず、ガーネは少しだけ目を細めた。
「……で、『アレ』が例の?」
辺境伯の視線がガーネに向き、どこか挑発的な笑みを向けられる。
ガーネは姿勢を正して正面から辺境伯に視線を向け直した。
「異界対策統裁官、ガーネ・ディーム・ロットと申します。今回の外遊警備の責任者を務めています」
「辺境伯トーパス・グロウヴ・ゲルブです。以後お見知りおきを。お噂はかねがね、話には聞いていましたが随分とお若いですね」
黄色に近い明るい金髪に、背丈はガーネと同じか少し高いくらい。年齢は見た目だけで言えばそこそこ若く、24、5歳くらいにはうかがえる。
かなり仕立ての良い礼装寄りの濃紺のスーツに、宝石をあしらったタイピンが目を引く。端的に言ってしまえば上品な金持ちの出で立ちではあるが、ガーネに向く視線は挑発的かつ値踏みをするようなそれであり、近衛長がガーネに向けるものよりもずっと気分が良くないものであった。
「まあ、年齢で警備は出来ませんから」
「ははは、間違いない。…ではヘルソニア殿、挨拶のみだが今日はこれで。当日はよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしく頼む」
簡単に挨拶だけ済ませ立ち去って行く辺境伯へ、形だけ礼をして見送る。
ヘルソニアと二人きりになってから、わざと小さく溜息を漏らした。
「わからんではないな」
「俺、初対面のハズなんですけどね」
辺境伯に対しての言いようのない引っ掛かりを覚えるも、ここで考え悩んで答えが出るものではない。
言語化出来ない違和感のようなものを残し、他の責任者と合流して辺境伯領を後にした。




