前編
第二回評定、翌日。
サイフィルはスメイラのお使い、アメジは魔道具店、カルセは祝祷教教会、スメイラは書記局に書類の提出へ行っており、たまたまガーネとラズリは特務室内で二人であった。
「ラズリ」
「なーに」
ガーネがラズリを呼ぶと、ラズリは手元の雑誌から顔を上げてガーネに目を向けた。
「お前、明日公休だよな。予定あんのか」
「別に無いけど」
「なら午後から空けとけ」
「え、なんで」
そう聞こうとしたタイミングでスメイラが部屋に戻って来た。
「スメイラ、俺明日代休取る」
「わ、やっと休む気になったの!?君何連勤してたと思うのよ、そういう事務仕事してる私が怒られるんだからね!是非休んでよ!あと残業凄いから!」
「知らね。とにかく休むから、そういう感じにしとけ。あと今から下見の調整で打ち合わせしてくるから、ちょっと出る」
ラズリは意味がわからずに、ガーネの出ていった背中を見送った。
「…?先輩?」
「……なんでもない」
翌日、13時18分。
待ち合わせに指定された城下の噴水広場で、ラズリはちょこんと噴水の縁に寄りかかってガーネを待っていた。
完全オフモードの彼女は、普段の化粧よりも少し大人びたように見える顔立ちに、シックなアンティーク調の黒地の膝丈ロリータドレス。スカートはパニエでふんわりと広がり、仕事では無いため普段よりも高いヒールに、緩く巻いたハーフツインとレースのヘッドドレス姿。元々の顔立ちの愛らしさもあり、クラシック人形のような出で立ちであった。
待ち合わせは13時。ラズリはすっかり待ちぼうけを食らっており、非常に苛ついていた。
そうこうしていると、3人の男がラズリを取り囲んだ。
「ね、君可愛いね」
「知ってるわ」
「あはは、だよね。俺らずっと見てたんだけど一人でしょ。ナンパ待ち?どっか遊びに行かない?」
「行かない。アタシ、自分の顔鏡で見慣れてるの」
「は?それどういう」
「アタシに見合った男になってから出直しな」
ラズリの容赦ない返しに、一瞬男たちは顔を引きつらせた。しかし目の前にはヒール込で155cmにも満たない、小柄で華奢な見た目16歳前後の女の子一人である。
男の一人がラズリの腕を掴み、強引に引いた。
「んなこと言わないでさ。いいじゃん俺ら、可愛い子と遊びたい────」
「おい。俺のツレだ、気安く触んな」
ガーネがラズリの腕を掴んだ男の腕を軽く捻った。
「は?テメ…」
「こういうモンだが、それでもやるなら相手するけど」
胸元から警察手帳を取り出し、印籠のように男の前に翳す。
それを見て男たちは、蜘蛛の子を散らすように立ち去って行った。
「…遅くない?アンタ、自分で13時って言ったんでしょ。アンタが遅れなかったらナンパなんかされなかったわよ」
「仕事してたら時間過ぎてた、悪い」
「は………え、代休取ったんじゃなかったの」
「休みだから仕事片付けてたんだよ」
「……あ、そ…ていうかなんで警察手帳出すのよ、アンタ今警察官じゃないでしょ」
「勘違いすんな、凍結扱いなだけで俺はれっきとした警察官だよ。それにああいう場ではコレが一番手っ取り早いだろうが。わかりやすいし」
ラズリは呆れてものが言えなくなった。
「それより今日、いつもとなんか違うじゃん。背高いし大人っぽい」
「オフだからね。仕事じゃなかったらこんな感じよ」
「ふーん、可愛いじゃん」
遅れてきた癖に悪びれもなく、さっさと「行くぞ」と歩いて行ってしまったガーネを追いかけるように、ラズリも斜め後ろを歩いた。
「で、どこ行くの?」
「服屋。お前の。店どこだ」
「え、アレほんとだったの?」
「なんなんだお前、自分で買えって言ったんだろ。まあいい、わざわざ出て来たんだから行くぞ案内しろ」
性格と口の悪さはさておいたとして、黙っていれば見た目だけはいい男を侍らせて歩くのは存外気分は悪くない。ラズリはそう切り替えて、ガーネの少し先に出て道を歩いた。
「こっち」
「ヒールなんだから走るなよ、転ぶぞ」
繁華街から少し中通りの、落ち着いた高級店が立ち並ぶ通りに進んでいく。
ラズリの数歩後ろを歩くガーネの視線を感じながら、どこか落ち着かない様子で周辺を見て歩く。ショーウィンドウの中に飾られた靴やアクセサリーなどを見ているうちに、その落ち着かなさも次第にこなれてきてガーネを置いて楽しみ始めた。
「おにいさん、一人?」
その声を拾ったラズリが顔を上げ、すっかり忘れていたガーネの存在を思い出し少し後ろを振り返ると、二人組の女がガーネに声を掛けていた。
どう対応するのかと興味本位で遠巻きに眺めてみる。改めてガーネを見ると、確かに背は高く顔も相当に整っており、着用したスーツの上からでもわかる均整の取れた無駄のない身体をしている為、いい意味でも悪い意味でも目立つ男だった。
「一人じゃねーよ」
「でもさっきからずっと一人じゃない?」
「ツレいるから、そこ。店見てるだけだ」
「彼女?」
「違う」
「じゃあ良くない?今だけ一緒に遊ぼうよ」
「遊ばねーよ、あっちの方が可愛いし。おいラズリ、さっさと来い」
ガーネに呼びつけられ、どことなく気まずい顔でラズリが傍に寄る。
顔面偏差値は圧倒的にラズリに軍配が上がったのを確認した女は、やや気不味そうに大人しく引き下がっていった。
「ったく、ちょろちょろしてんなよちっせーのに。ほら行くぞ」
雑に言いながら女に見せつけるようにガーネが左肘を差し出したため、ラズリは空気を読んで右手を添えた。
ラズリをエスコートするような形で道を歩き、ガーネは面倒そうに小さく呟いた。
「はー、最初から肘掴ませておけばよかった」
「なにそれ」
「ナンパ避け」
「あー…スメイラの肩も抱いてたっけ、温泉街で」
「スメイラはもう少しタッパあるけど、お前チビだから肩に腕回すと捕獲してるみたいになるだろ。歩きにくいし」
「アンタがデカいのよ!好き嫌いばっかしてるくせに!お店ここ!」
「はいはい」
ラズリが指した店を確認すると、ガーネが先に一歩出て当たり前のように扉を開いてラズリを促した。
「ほら、好きなの選べ。買ってやるから」
「別に、アタシだってお金ないわけじゃないし。アンタのオペであの女から特別賞与貰ってるし…大体、ここいくらすると思ってるのよ。一着最低8万はするのよ」
「うるせー女だな、さっさと試着でもなんでもしろよ」
近くのソファにどっかりと腰を落としたガーネを見遣りながら、ラズリはとりあえずせっかく来たしとお気に入りの店の新作を中心に手に取り鏡に当て始めた。
「ラズリ様、今日ご一緒の方彼氏さんですか?かっこいいですね」
「か、彼氏じゃないけど。まあ、見た目はそうね…アタシの隣歩かせても恥ずかしくないっていうか」
常連の店であるために、顔を見知った店員と会話をしながらちらりとガーネに視線を向けると、ガーネは足を組んで窓の外に視線を投げていた。もはや癖なのか、腕を組んで右手が服の下に入っているのは、恐らく銃をいつでも取れるようにしている為だろうと想像する。
さすがに『買ってもらう』のは色々な意味で冗談としても、せっかく来たので1、2着買おうかとラズリは鏡の前でドレスを当てていた。
「最初の方」
「え?」
ガーネの声にラズリが鏡越しに視線を投げると、鏡を通じてガーネと視線が合った。
「最初に当ててた色のほうが、お前肌白いし似合うよ」
「え、そ、そう?」
「気になったやつ試着してくれば」
「え…でも、アンタロリ服って脱ぎ着時間かかるのよ」
「別に構わねーよ。そのつもりで来てるし」
ラズリも最初は少し遠慮がちに試着室に入って着替えてみたが、好きな洋服を着るとやはりテンションが上がったらしく次第に楽しくなった様子で店員とファッションショーまがいのことをして時折ガーネに向かってポーズを取った。
一辺倒に「可愛い」とは意外と言わず、「もっと色の濃い方が似合う」だの「そのスカート丈だと野暮ったく見える」だのとわりと的確な意見を返して来たため、見る目があるなと感心していた。
「おい、店員」
「はいなんでしょうお連れ様」
「アイツが試着室で着てたやつ、全部包んでやって」
「え、すべてですか」
「値札だけ切っとけ、会計これで」
「か、かしこまりました」




