187話「金平糖とミルクティー」
評定も無事に終わり、ガーネは息を漏らしながら用意した資料を片付けた。
「おうガーネ、昔より随分ちゃんとまとめられるようになったな」
「何年経つと思ってんだ、成長してないとやべーだろ」
「しねぇ奴もいっぱいいるんだよ」
衛兵長がガーネを褒めるように頭をぽんと撫でた。こうされるのは何年ぶりだろうかと思わず眉を寄せた。
「アンタの中で俺はいくつで止まってんだ」
「7つのクソガキかな」
「一生クソガキじゃん、親戚のおじさんかよ」
ガーネは小皿に残った最後の一枚のクッキーを頬張り、資料を抱えて評定の間を出た。
────大丈夫、衛兵長も褒めてくれた。問題なく、きちんとやれた。
そう思って、息を深く漏らして特務室に戻った。
「お疲れ様ですガーネ様、お茶淹れますわね」
カルセが駆け寄り資料を少し引き受けるように手にしながらちょこんと首を傾げた。
「…いや、…大丈夫。今茶ァ飲んできた」
「そう、ですか?資料こちら置きますわね」
「ああ」
ガーネも自席に資料をドサッと置くと、官服を脱いで真っ直ぐに窓際のソファに向かって靴を脱ぎ捨てて座面に転がった。
「…なに、ガーネ。アンタ具合悪い?あんまり顔色良くなさそうだけど」
ラズリが振り返って声をかけるも、なんとなく返答を返すのが億劫だった。しかし無視も出来ないかと、寝る体勢を整えるように転がり直してネクタイを緩めた。
「…眠い、ちょっと寝不足。疲れた。少し寝るから適当に起こして」
「……部屋で寝たら?ベッドの方がいいんじゃないガーネくん」
スメイラも少し心配そうに声を掛けたが、ガーネは小さく「へーき」とだけ返して目を瞑った。
少しして小さく寝息が聞こえてくると、どことなく全員安心した顔をしてカルセがそっと毛布を掛け、脱ぎ捨てた官服をハンガーに掛けた。
ガーネの寝顔を見て、少しだけ肩を竦めて自席に戻った。
「お疲れのようですわね」
「そりゃ、樹海行って帰ってきたらすぐに責任者会議呼ばれて、そのあとずっと特務の仕事と並行して外遊の仕事までしてれば…ねぇ?タフなあたしでもさすがにバテちゃいそうよ。多分まともに休んでないんじゃない?」
アメジが頬杖をついてソファに視線を投げ、やや呆れたように呟いた。
「ま、何でもいいわ。ガーネは寝てても全然うるさくないし」
ラズリが意味ありげにサイフィルとアメジに視線を向けると、スメイラとカルセも同意するように小さく頷いた。
「え?僕たち?なに?」
きょとんとしたサイフィルとアメジは互いに目を見合わせ、首を傾げた。
「アンタら、寝相は悪いしイビキは煩いし寝言は言うし」
「そうかなぁ」
「そうかしら」
そこから十数分もしないうちに、ガーネはむくっと身体を起こした。
「び、……っくりした…もう起きたの?」
たまたま視界の正面でガーネが起き上がったところを見たスメイラが遠慮がちに声をかける。
ガーネは小さくあくびを漏らしながら、身体にかかった毛布を外して靴を履き直した。
「あー……寝すぎたか」
「全然寝てないよ、30分も寝てない」
「そうか」
そのままガーネはソファから立ち上がり、毛布をソファに投げて自席に腰を下ろした。
「…カルセ、なんか茶ァくれ」
「はい、お待ち下さい」
「スメイラ、近日中に下見で多分一泊で出る。詳細決まったら共有するが頼んだぞ」
「わかった」
夜も更けた頃、緊急の案件も無いため特務人員は早々に上がらせ、ガーネは一人で特務室で作業をしていた。
一人になって、一息つく。また手が僅かに震え、手をきつく握り締めた。
胃が重いような、痛いような感覚も纏わりつく。
ガーネは立ち上がると、何か甘いものでも買いに行こうかと城内を歩いた。
ひどくぼんやりしていたようで、売店に向かっていたはずがどういうわけか女王の執務室の前に立っていた。
何故、ここに来たのかもわからない。
反射なのか無意識なのか、右手の第二関節でその重厚な扉をいつものように三回叩いていた。
しまった、と思った瞬間、部屋の中から「入れ」と聞こえ、ここに来た理由を探しながら仕方がなく扉を開いた。
「…失礼、いたします」
「ガーネ。どうした」
執務机から顔を上げたディアマントの目の前には、書簡や書類が並べられており夜も遅いのに執務中だったことが伺えた。
しめた、と思いながら、ガーネは頭を下げた。
「いえ、お忙しい所失礼いたしました。急用ではございませんので、改めます」
「構わぬ。妾も休憩をしようとしておった。…少し付き合え、『命令』じゃ」
「……はい」
ディアマントは机の魔法鈴で侍女を呼び、茶と茶菓子の用意をさせた。
「そこに座れ」
「はい」
ガーネは大人しくソファに腰を下ろすと、『理由も無く来た』などとても言えるはずもなく回らない頭で必死に『それっぽい理由』を考えた。考えれば考えるほど手が震え、それを誤魔化そうとして手を力一杯握り締めた。
少しして、侍女がミルクティーと金平糖を机に置いて立ち去った。
二人きりになり、しんと静かになった執務室で女王の足音が響き正面のソファに腰を落とした。
彼女は『何の用だ』とは一言も言わず、正面で足を組んでティーカップを持って口に運んだ。
こく、と喉を通過する小さな音が聞こえ、ガーネはディアマントの顔を見た。
「冷めるぞ。飲め」
「…はい」
促されるままにティーカップを持ち、一口飲んだ。
女王に言われたからなのか、甘味が事前に付けられており渋みが無く飲みやすい味だった。
思わず小さく息を漏らして、ガーネはカップをソーサーに置き戻して金平糖を一粒摘んで口に入れた。
ぽりぽりと咀嚼する音が聞こえ、女王が膝の上で頬杖をついてガーネを見つめた。
「…なんじゃ、評定…緊張でもしておったのか」
「ちげーよ」
「衛兵長も褒めておったろう。ヘルソニアも感心しておったぞ、この短期間でよくあそこまでまとめてあったと。下見までもう一回は評定を挟む予定だったからの」
「別に、緊張したわけじゃないですって」
それだけぽつりと返すと、もう一粒金平糖を摘んだ。
理由が説明出来なかった。
緊張したわけでもなければ、気負っているわけでもない。────とは、自分では思ってはいるが、重責は感じる。それは否定しない。
だからといって『こう』なるかと言われると、自分でもそれを言葉に出来なかった。
「…資料、あれは何年分…どの範囲のものじゃ」
「…基本は直近三年分、重大事件と要人警備系は五年。事件記録、危険地点、…正式受理だけじゃなく、巡回報告と警ら日誌。地図は古い版も含めてと…まあ、ざっくりこんな感じですかね」
「ほう。お前一人でか」
「まさか。スメイラ主導で地図やら呪物・異物の流通拠点、市場、狙撃・投擲・伏兵向きポイントや毒物・薬物記録とか…その辺は特務の連中です。俺はコネ使って警察署で写し取ってまとめて来ただけなんで、俺だけであの短時間であの量はさすがに無理があります。通常任務もありますし」
「……ふん」
小さく鼻を鳴らして笑った顔のディアマントと視線が合い、ガーネは物言いたげな顔をしながら再度金平糖に手を伸ばした。
「なんじゃ」
ガーネの顔を見てにんまりと笑みを浮かべるディアマントに、ガーネはその顔の意味がわからず眉が寄った。
「…最近、小娘みたいだな」
「は?」
「いや、こっちの話」
「小娘とはなんじゃ」
「可愛いなって話だよ」
無意識に視線が手元に落ちる。
手の震えが収まっているのを確認し、小さく息を漏らした。
────低血糖か。
忙しさにかまけて、まともに食事を取らずにいたことを思い出す。
腹が多少膨れればいいや程度に何かを詰め込むだけの数日に、今日に至っては評定で出されたクッキーと今の金平糖くらいしか食べていないことを思い返した。
飯は、明日からちゃんと食おう。
いつものように雑な反省をしながら、ディアマントの顔を見つめた。
「……なんじゃ」
「可愛い顔」
ミルクティーを飲み終わり、小皿に盛られた最後の一粒の金平糖を齧った。
「ご馳走様」
「もう行くのか」
「アンタ執務中でしょ、俺も仕事中なんだよ」
ガーネはそれだけ言うと、最後に頭を下げて部屋を出た。
ぱたんと静かに閉まる扉を見て、ディアマントは肩を竦めて小さく息を漏らした。
「────…『理由も無く』妾の部屋に来たのは、初めてじゃな」




