186話「第二回外遊警備評定」
翌日、第二回外遊警備評定。
ガーネ含む、通達で呼ばれた王城各部門責任者は先日と同じ評定の間へと集まった。
「お疲れっす」
少し先に来ていた衛兵長に軽く会釈をし、衛兵長もガーネの声に振り返った。
「おう、荷物すげーな」
「5年分漁ったら意外と結構な量になりまして」
配布用の資料と合わせてどさりと机に置いて、近くの文官を呼んだ。
「悪い、これ人数分各席に配布。こっちは前に貼っといて」
「かしこまりました」
他の細かい準備を済ませ前回と同じ座席に腰を落とし、机に置かれたクッキーとグラスの茶を眺め、ひょいと一枚クッキーを口に放り込んだ。
数分後、同じようにそこそこの資料を抱えた近衛長が再度隣に来ると、わかりやすく何かを牽制するような視線をガーネに向けて着席した。
「どーも」
「ああ」
それ以上のやり取りは挟まず、ガーネはグラスの茶を一口飲んだ。
数分後、女王がヘルソニアと侍従と共に現れ、全員が起立して一礼する。
それからヘルソニアの着席の声と共に席に腰を下ろし、評定が始まった。
「これより第二回評定を始める。議題は、外遊における行程・行路・会場および事前視察について。前回評定にて統裁官を護衛最高責任者と定めた。以後の実務進行は統裁官に任せる。……ガーネ、進めろ」
ヘルソニアの声にガーネが立ち上がり、前に出た。
「はい、では失礼して。本日詰めたいのは大きく三つ。第一に往路復路を含めた行程候補の絞り込み。第二に中継地・宿泊地・会場周辺の危険箇所確認。第三に、その上で事前視察で何を確認するかの確定です」
ガーネが各席に事前配布した資料を手にして示すと、会場内でぱら、と紙を捲る音が小さく響いた。
「先に結論をお伝えします。候補ルートは二本まで絞りました。本命は第二候補、予備が第一候補。最短最速だけを取るなら第一候補で汽車と馬車を繋げて丸一日で到着は可能です。ですがそれはあくまで強行軍の話だ。陛下の御身体と到着後の公務を考えれば現実的ではありません」
その言葉に、同席していたディアマントが資料から顔を上げてガーネを見た。
「ガーネよ、妾はそのくらい」
「陛下」
「…まあ、よい。続けよ」
ヘルソニアの静かな制止にあからさまにむっとした様子で背凭れに寄りかかり、クッキーを一枚手にして一口齧った。そのまま視線は元々ガーネが着席していた席へ流れ、ガーネの席のクッキーが一枚減っているのを見て小さく笑みを零した。
「…汽車と馬車を半々で繋ぎ、乗り換えも含めて丸一日で押し込むこと自体は出来ます。だが到着直後に式典へ入るのは愚策です。道中の不測も考えれば、途中の中継地で一泊挟む前提で組むべきです」
ガーネの言葉に、輸送・厩舎責任者が頷いて口を開いた。
「その点は同意いたします。馬の負担、車輪交換、補給の面から見ても一泊を前提にした方が安定いたします」
「ありがとうございます。では第一候補から。こちらは所要時間が最短、街道の整備状況も比較的良い。ただし中盤以降、見通しの悪い区間が多い。特にこの一帯」
正面に貼り出した地図を指し示し、懸念箇所に印を付けた。衛兵長も手元の資料と地図を見て少し考えるように声を上げた。
「南東の渓間沿いだな」
「はい。最新版の地図だけ見ると問題無さそうに見えますが、ここには数年前に潰れた旧道がある。今の地図には載っていないが、警察の旧街道管理記録と所轄の巡回報告に残っていた。地元民が抜け道として使っていた形跡もある」
そこで近衛長が挙手をして口を開いた。
「潰された旧道だと?それが今も使える保証はあるのか」
「完全に車列を通せるとは見ていない。だが人が潜むには十分だ。しかも見通しが悪い。ここで均衡に待ち伏せされた場合、馬車列は横へ逃がせない。前後も詰まれば終わりだ」
衛兵長もその言葉に頷き、自前で用意した資料を確認するように捲って眺めた。
「実際、この近辺は平時でも積荷狙いが出る。俺の方でも記録がある」
それを受けてガーネは改めて資料に視線を落とし、再度貼り出した地図に記した第二候補ルートの行程線を指した。
「第一候補は速い。だが速いだけです。次に第二候補。こちらは距離がやや伸びる代わりに街道幅が安定している。中継地も広く、宿泊と警備の両立がしやすい。ただし問題が無いわけじゃない。この区間、開けすぎている」
「隠れる場所が少ないなら、逆に見通しは利くんじゃないか?」
「半分正解」
衛兵長の問いかけに視線をそちらに向け、小さく頷いたガーネは改めて言葉を続けた。
「しかし、隠れられない分、こちらからも見やすい。だが遠見と投擲には弱い。高所を取られれば厄介だ。だからこそ事前に見て潰せる。第一候補みたいに『見えない死角』よりは対処しやすい」
「……直近護衛の隊列を組み替えるなら、確かに第二の方が扱いやすいな」
近衛長が納得したように小さく呟くと、ガーネは近衛長に視線を投げた。
「会場入りの隊列も第二候補前提で組むつもりです。近衛長、直近護衛の目線で聞く。中継地での乗降と会場入り、どちらが守りやすい」
ガーネの端的な問いかけに、少しだけ意外そうな目をして顔を上げた近衛長はすぐに表情を変えて地図の第二候補ルートに目を向けた。
「第二だ。第一は出入口が狭い地点がある。陛下を降ろす瞬間に隊列が詰まる。第二候補の中継地なら、正面と側面で二層に分けて守れる」
「よし、ならそこを採る。では第二候補を本命に据えるが他意見は」
ガーネが目を向けると、文官長が挙手をして指名する。
「中継地で一泊とするなら、到着予定はどの程度で組む」
「王都発を早朝。先に汽車区間を使い、そこから馬車に切り替えて日暮れ前に中継地入り。翌朝改めて出立し、昼過ぎまでに辺境伯領到着を想定しています。多少の遅れが出ても、式典前に体勢を整えられる時間を確保する」
「その行程なら馬の交代も現実的です。無理は出ません」
「加えて、第二候補の中継地は施療所、水場、搬送経路も安定している。第一候補は何かあった際の搬送先が遠い。宿泊地としては第二が上です」
輸送・厩舎責任者も同意し、資料の行程案にメモを書き込む。
「魔導師、巫術官両名は」
そこでガーネが魔導師長と巫術官長に話を振り、一息着くように一旦席へ移動してグラスの茶を半分ほど飲んだ。それを見計らったように控えていた女官がガーネの席の茶をグラスごと取り替え、ガーネはまた一枚クッキーを口に放り込んで茶を飲んだ。
「術式の観点から申し上げると、確認優先箇所は会場出入口、来賓控室、宿泊地の井戸と水場、馬車寄せ周辺です。人の流れと術式設置箇所は重なりやすい」
「地相の悪い地点が二つある。こちらの旧祠跡と、この中継地裏手の林だ。不浄や媒介物を置くには向いている」
巫術官長の言葉に、ガーネは持参した資料を開いて付箋のついた箇所を探す。
「…警察の警ら報告でも、そこは夜間に近付く者が少ないと出ている。視察時の重点確認地点だな。メモしとけ」
書記代わりに据えた文官に、正面に貼り出した地図に書き込みの指示をしたタイミングで衛兵長も声を上げた。
「俺からも一つ。第二候補のこの広場、平時は荷運びで賑わうが、逆に群衆が溜まりやすい。陛下の顔見せをやるなら封鎖線を広く持たねぇと押されるぞ」
「同意見です。では会場拡大図を」
衛兵長の言葉にガーネも頷いて別の資料を文官に差し出す。受け取った文官はそれを正面に貼り出し次の指示を待つように脇に控えると、変わるように小休憩していたガーネが前に出直して会場図を指し示した。
「……陛下導線はこの線。来賓導線はこっちで分ける。正面で見せ場は作るが、退避路は別に確保する。近衛はここ、衛兵はここからここまで外周と群衆整理。魔導師と巫術官はこの位置で固定。確認後に多少動かすが、叩き台はこれです」
近衛長が立ち上がり、ガーネの指した箇所を示して真面目な顔で口を開く。
「その配置では近衛の折り返しが遅れる。陛下の背後を取る者が出た場合、こちらの一列は半歩下げた方がよいのではないか」
ガーネはそれを素直に聞くと、少しだけ考えたように腕を組んだ。
「……そうすると内導線が一つ空くな」
「衛兵をこっちへ寄せりゃ、外周の穴も塞げる」
「よし、その形に修正する。近衛を半歩下げる。衛兵はその分こちらを厚く」
衛兵長の助言に小さく頷き、文官長も再度声を上げた。
「各部署の責任境界は明文化を」
「俺の方で文面を起こします。視察後、最終版に落とす」
「ガーネ」
「はいヘルソニア様」
それまで黙っていたヘルソニアがガーネを呼び、ディアマントの隣で腕を組んでいたヘルソニアに視線を向けた。
「事前視察はどう組む」
「本命の第二候補を重点的に視ます。往路で第一候補、中継地、会場を確認。復路で第二候補を本命として確認。机上で見える範囲はここまでです。実際の道幅、踏み跡、見通し、退避経路はこの目で確認しないと最終判断はできない」
「…妥当じゃな」
それを受けて珍しく真面目な顔をしていたディアマントも頷いて了承した。
「視察同行は俺、近衛長、衛兵長、魔導師長、巫術官長、輸送責任者。必要なら文官長も同席を。ヘルソニア様が同行くださるなら、その場で実務判断まで詰められます」
「同行しよう」
「かしこまりました。ではその前提で進めます。確認項目は四つ。街道幅と死角、中継地の出入口と周辺導線、会場の退避経路、術式・呪物・霊的異常の有無。加えて、地図に載っていない通行痕と、逆に地図には無いが退避に使える小道の有無も確認する」
「ガーネ、地図に無い道を退避路に使うのか」
衛兵長の問いかけに、用意していた資料の写しを机上に広げたガーネは該当の箇所を指差す。
「使えるなら使う。例えば第二候補のこの区画、表道は一本だが、地元の荷運びが使う細道がある。新しい地図には載っていないが、三年前の荷運び台帳には残っていた。幅は狭いが、人だけなら逃がせる。予備退避路として使える可能性がある」
「では、第一候補の旧道は『敵の潜伏路』として見る一方、第二候補の小道は『我々の退避路』として見るわけか」
ガーネの指した箇所を見つめ、近衛長の小さく呟きながら納得したように頷いた。
「そう。使える道は使う。ただし決めるのは見てからだ。机上で決め打ちはしない」
「その判断は妥当かと」
「異論はない」
「実務面も問題ありません」
魔導師長、巫術官長、文官長が同意して頷く中、近衛長が懸念を確認するように顔を上げてガーネを見た。
「一つ。第二候補のこの区間、開けているがゆえに逆に護衛の見栄えは立つ。女王陛下の外遊としては悪くない。だが天候悪化時は足を取られる可能性がある」
「雨が続けばぬかるみますな」
輸送・厩舎責任者も近衛長を見て頷いてからガーネに視線を投げた。
「なら視察時、天候変化込みで地面の状態も見ます。必要なら予備板も積ませる。そこは輸送側で計画を」
「承知しました」
「俺からは異議なしだ。第二本命、第一予備でいいと思う」
「同意します」
「異論なし」
「私も異論はありません」
衛兵長の同意の言葉に、他の部門の長も同じように同意した。
本日の評定の締めの頃合いを見計らったヘルソニアが立ち上がり、一同は姿勢を正した。
「では、ルートは第二候補を本命、第一候補を予備として実地確認に入る。詳細は統裁官の指示に従え。本日の評定は以上とする」
────…なんとか、無事に会議が終わった。
そう思った瞬間また僅かにガーネの胃の奥方が痛み、それを誤魔化すようにグラスに残った茶を一気に飲んで小さく息を漏らした。




